第4話 入ってみたらマーライオン
阪田、湯汲と食事を済ませ、キャンパス内を散策した後、新入生歓迎会に向かうため、多摩新都心大学・悠山大学前からモノレールに乗り込む。飲み会会場の最寄駅はここから3駅先にある《多摩ターミナル》駅のようだ。この多摩地域の何のターミナルになるのか分からないネーミングだ。何故この駅名にしたのだろうという駅が度々あるが、もう少しネーミングセンスのある人に依頼できなかったのだろうかとつくづく思う。
そんなことに思い耽っているうちに、駅に到着した。
「飲み屋の名前は何やったっけ?」
「ビラには《がんこオヤジのひと絞り》と書いてあるな。なんか暑苦しい名前だな」
この駅周辺には変わった名前が溢れているのだろうか。
「取り敢えず行ってみるか。てかあれ湯汲は?」
「そう言えば同じ電車に乗ってきたはずやけど見てへんなあ」
「どこ行ったんだ…」
スマホを取り出し、チャットアプリの《twine》を起動させる。
「しまった、湯汲のID聞いてなかったわ。てか大学入ってから誰とも交換してない…」
「マジか。ワイも交換してないわ」
飲み会の集合時間まで時間が迫っているため、2人で周囲を見回していると、付近のゲームセンターから聞き覚えのある声が聞こえてきた。足早に向かうと当の本人はクレーンゲームをしていた。
「あーまたとれなかったんさぁ」
「飲み会の時間近づいてきてんのに何やってん…あれ?お前それ《バンソニ》のフィギュアじゃん!」
「そうなんさぁ。これ欲しかったんさぁ」
「お前意外と分かるやつだったんだな」
《バンド&ソニック》通称は高校生女子5人がバンド活動をしていくアニメで、最近は音楽ゲームにもなり、人気を博しているコンテンツである。
まだカミングアウトしていないが、司も結構なアニメ好きであり、受験が終わった後は、我慢していた作品を一気見していた。アニメ好きが高じて、実家の自室にはアニメフィギュアが大量に並べられている。大抵はゲーセンのクレーンゲームで獲得したものであり、数をこなしていくうちに、無駄にクレーン操作の技術が向上していった。
「最近よくあるアームで少しづつずらしていくタイプか。このタイプはアームの力が弱いから、昔ながらの持ち上げる動作ができないんだ。ちょっと代わってみろ」
司は財布から100円玉を何枚か取り出し、コイン口に投入する。慣れた手つきでボタンを操作する。クレーンの右アームを上手くフィギュアの箱に引っ掛け、筐体左側の景品取り出し口に寄せていく。同様の手順を数回繰り返し、見事にフィギュアを獲得する。
「お前すごいんさぁ。ちょっともう一個取って欲しいんさぁ」
「任せろ。こんなの余裕だわ」
「司まで一緒に何やっとんねん!あと10分しかないぞ!」
「やべ…つい熱入ってしまった…」
阪田に止められなかったら永遠に100円を投下していたかもしれない。
「てか場所確認してなかった。阪田分かるか?」
「さっき地図アプリで見た感じやと、この道バーっといってドン突きに当たったら、ピッと曲がればあるっぽいな!」
「え、なになに?何の呪文なんだそれ」
「逆に分からんのか?バーっといったらピッやで?簡単やろ?」
「お前頭おかしいんさぁ」
「湯汲だけには言われたくないわ!」
関西人は美容院等でも、いい感じとか、シュッとしてとか、非常に難解な注文をすると聞いたことがあるが都市伝説じゃなかったのか。これでイメージ共有できるあたり全員シックスセンスでも持っているのだろうか…。
とりあえず阪田が地図アプリを開いていたので、ナビを頼りに飲み屋に向かった。
今度から阪田には道案内させないでおこう。
3人で慌てて会場まで向かうと、店の入り口にはビラを配っていた、女子大生2人が立っていた。
「遅いよキミ達ー。他の子達もう席についてるから。じゃあはいこれ」
白いガムテープとマジックを渡されたが、司達3人の頭には?マークが浮かんでいた。
よく見ると先輩の胸の部分に、マジックでそれぞれ名前が書かれていた。なるほど、簡易的な名札を書けと言うことのようだ。最初会った時は、両方茶髪ロングで見分けが付きづらかったが、ゆるいウェーブの方がマリンさん、カチューシャのように編み込んでいる方が奏さんと言うらしい。
3人はそれぞれガムテープに成海、阪田、ゆくみと書いた。湯汲だけひらがなで書いていて、本人のアホっぽさが出ていた。
飲み屋に入り、席番が書かれたくじを引き、それぞれの座席に向かう。
司のテーブルでは、すでにメンツは揃っており、名札を確認すると、なるほど各学年が均等になるように配置されているようだ。
「初めまして、成海司と言います。法学部の1年生です。」
「「「よろしくー」」」
司は軽く挨拶し、席に座る。ふぅ、と一息つき、何の気なしに隣に目を向けると、セミロングの黒髪に、大きな目が特徴的な美少女がいた。童顔だが、左目下の泣きぼくろが得も言えぬ色気を醸し出している。
彼女の美貌に目が離せずにいると、向こうから声をかけられた。やばい変なやつだと思われただろうか。
「どうしたと?あ、分かった。緊張しとっちゃん」
「あ、いやごめんごめん。そう!こういう場初めてでさ」
「うちもやよー。あ、私は華宮恵那っていいます。うちも法学
部だよ。福岡から上京したばっかりだから方言抜けなくてごめんなぁ」
「あ、俺は長野出身。よろしく」
「よろしくなぁ」
何とか会話できたものの、内心緊張仕切っていた司は事前に用意したトークデッキの内容も忘れてフリーズしてしまっていた。何か話題を出さないと気まずくなると焦り、空回りする思考を何とか制御する。
「あ、そうだ。授業何受けるかって決めてる?」
「それなあー。正直迷うとー。このサークル授業の情報いっぱいあるって噂で聞いたから頼ろうと思ってるんだ」
「やっぱそうだよね。俺も全然決まってなくてさ」
「じゃあさ、一緒に先輩に聞き行かない?一人じゃ不安で」
「う、うん!全然!行こう行こう」
何とか会話を続けることができてよかった。でも、ここだけの付き合いにしたくないな。どこかのタイミングで連絡先でも聞けないものか。
司が思案していると、幹事と思しきマッチョな先輩が応援団のような大声をあげた。
「みんな集まっているかー!じゃあ乾杯するぞー!ジョッキを持てーい!」
「よっ!マスラオさん!」
「いいぞー!」
マスラオ?さんという先輩の号令と共に、各テーブルの先輩方がピッチャーを持って、次々とジョッキに琥珀色の白く泡立った液体を注いでいく。
あれは金曜日のお父さんたちを魅了する例の飲み物なのでは…。
「あ、あの俺まだ未成年…」
「大丈夫!これは最近流行りのクリームソーダだから!」
「え、でもなんか俺の知っているクリームソーダじゃないような」
「まあ取り敢えず一杯!」
「は、はあ」
場の雰囲気に呑まれ、ジョッキを受け取ってしまった。
「いくぞー!かんぱーい!!」
「「「かんぱーい!!!」
マッチョ先輩の号令で皆クリームソーダ?を口にする。
金色のジュースは、とても美味しいと思えず、苦い炭酸飲料と言うのが、正直な感想だった。新入生の表情を見る限り、皆俺と同じ感想を抱いているようだ。対照的に、先輩達はぷはぁー、と声を漏らしながら満足げな顔をしている。味覚がどうかしているのだろうか。
「初めて飲んだけど美味くないなあこれ」
「美味いと感じるやついるのかねえ」
司の発言に反応したのは、隣にいた細身のイケメン男子だった。胸のガムテープには新堂と書かれている。
「お前も1年生か?俺は成海だ」
「1年生だぞ。新堂だよよろしく」
「既に顔赤いぞ大丈夫か?」
「1杯も飲んでないけど、なんか頭ぼぅっとするわ」
「あ、うちもそんなに得意じゃないとー」
「華宮さんもかー。あんまり飲まない方がいいよ」
「成海くんは大丈夫と?」
「うーん。今のところ何ともないなぁ」
1杯も飲んでないのに顔を赤らめたところを見ると、華宮さんと新堂はそこまで耐性がないようだ。
「おおー!成海お前いける口かあ!」
「どんどん飲め飲め!」
同じテーブルにいた吉祥寺、銀さんという先輩に声をかけられた。先輩たちはもはやジョッキではなくピッチャー持ち歩いており、とてつもないハイペースで飲んでいた。
飲み続けていくと意外といけるものだな、と感じながら成海も先輩に促されグビグビと飲み進めていく。
「んおおおおおお」
「おおお!いいぞ1年!」
隣のテーブルも盛り上がっているようだ。視線を向けると、湯汲がピッチャーを一気飲みしていた。予想を裏切らず、化け物である。
「どんどん持ってこいさぁ!」
「飲め飲めー!」
絶対隣のテーブルには関わらないようにしよう。命がいくつあっても足りない。
「あ、司なんさぁ。お前も飲むんさ」
「ワタシ、ツカサジャナイヨ」
「何訳分からんこと言ってるんさ。頭おかしいんさ」
「お前だけには言われたくねえわ!」
クソ、一番関わりたくないやつに見つかってしまった。
「成海くん呼んでるよ。知り合いなんじゃない」
「ううん、そんなことないとないよ。こっちでゆっくり話してよう」
湯汲のびっくり芸に付き合わされるよりも華宮さんと話している方が有意義に決まっている。このままこっちのテーブルで親睦を深めよう。
「何だお前ら両方いける口なのか!二人ともこっちに来い!」
マスラオ先輩の強靭な腕でホールドされて一番やばそうな席に連行された。見回してみると、湯汲以外には上級生しかおらず、テーブルには大量のピッチャーと瓶が並べられている。
「有望そうな新入生が来てくれて嬉しいぞ!みんなで盃を交わそう!」
「おおお!いっぱい飲むんさ!」
ゴクゴク、と音を鳴らしながら一斉に飲み始める。
成海も渋々、雰囲気に飲まれて、ジョッキを傾けた。不思議と飲み進める毎に気分が良くなり、テンションが上がっていった。
「ぷはぁー、うめえええ」
「おおー、司に負けてられないんさ」
「いいペースだな!盛り上がってきたところでゲームでもやるか」
マスラオ先輩の提案で8人で2人ずつペアを作り、ペア山手線ゲームをすることになった。
山手線ゲームとは、お題に対して、順番に回答していき、は同じ答えを2回言ったり、途中で答えを言えなくなったり、お題に該当しない答えを言った人が負けとなる飲み会で伝統とも言えるゲームである(司調べ)。
敗者は何かしら罰ゲームを受けるが、今回はジョッキ一気飲みとのこと。もちろんペアの片方がミスしたら連帯責任で飲まなければならない。
俺は湯汲とペアとなった。湯汲実力は未知数だが、こういった場に慣れていそうだし、意外と戦えるかもしれない。
「お題は《国名》ね。じゃあスタート!ハイハイ、イギリス」
「ハイハイ、アメリカ」
マリン先輩の合図を皮切りに、リズムに乗りながら、カナダ、ドイツ、イタリア…とそれぞれ回答していく。
「ロンドンなんさ」
湯汲はやはり湯汲だった。うちの大学はある程度の難易度なのだが、こいつはどうやって試験を突破したのだろうか。
「じゃあ、成海くんと湯汲くんにはこれあげるね。どうぞー」
奏さんにジョッキをもらうと、二人で一息に飲み干した。だんだん意識が朦朧としてきた司と対照的に、湯汲は飲めば飲むほど元気になっていった。
「さあ2回戦だよー。お題は《お金持ちそうな名前》ね。フリップに書いて出していってね」
マリン先輩急に趣向変えすぎじゃないか。朦朧とした頭じゃ、この大喜利を乗り越えられる気がしない。
「じゃあいくよー。ハイハイ、西園寺麗華」
「ハイハイ、財前夏彦」
「ハイハイ、伊集院翼」
もはや基準も分からないお題だが、それよりもこれ以上飲むとまずい。軽く意識が飛び始めている。そして俺の番が近づいてくる。
「か、金満豊!」
「んーまあいいでしょう」
司は思考を空回りさせた結果、裕福そうな文字列を組み合わせて何とか回答した。
まあマリンさんの判定をなんとか越えられてよかった。とりあえず1周は猶予ができたが、次の回答者は湯汲…。でも逆に知識が必要ないお題ならば、ネジの外れた頭でも突破できるのでは。
司は淡い期待を抱きながら湯汲の行く末を見守る。
「大首領殿原金蔵なんさ」
大どんでん返しきたー。なんか当て字もあるし、どこかの組の輩みたいだし。まあある意味お金持ちではあるのか?
「うーんアウトー!何かちょっと怖いし…。じゃあこれあげるね」
湯汲2連続アウトで、もう既に俺のキャパはオーバーしていた。うぷ、と言いながら辛うじてジョッキを空にする。もう限界と思っていたのだが、寧ろ気分が楽になってきた。苦しさを乗り越えた後に訪れる全能感は例えるならば、ランナーズハイといったところか。今ならば、何杯飲んでも大丈夫な気がする。
「しゃあ!まだまだぁ!」
「おおーいい感じなんさ司ー」
「いいぞ1年!まだまだいくぞー!」
「おおよー!」
もはや何をしているのかも分からないままゲームは継続した。
意識が戻ると4月の寒空の下、生垣に頭を突っ込んで寝ていた。湯汲と二人で。
やっと第4話目になります。大学生といえば飲み会!
初めてビールを飲んだときは、「全然美味しくねえじゃん!みんな舌がバグってんのか?」と思ってましたが、
今はとりあえずビール飲まないといけない体になっています。怖いですね・・・
でも舌がお子様なので、最近はカフェに行ってフラペチーノ飲んだりしています。昭和ブームが再来しているとのことでクリームソーダとかもよく見るようになったので、今度探しにいきたいと思います。
ではまた次回お会いしましょう!