第3話 みすてりーサークル
翌日、念のため2つアラームをセットしておいた目覚まし時計を止め、ナマケモノのようにゆっくりした動きで布団から這い出る。
「今日は寝坊せずに起きれたわ。飯行くか」
外行き用の服に着替え、おぼつかない足取りで食堂へ向かう。食堂はすでに多くの学生で溢れていた。
「はぁーすげえな。みんな朝早い」
司は素直に他学生の規則正しい生活に感嘆しながら、カウンターへ向かう。食堂のおばちゃん達が次々と料理を載せていく。今日の朝食は、焼きしゃけ、卵焼き、ご飯に味噌汁というオーソドックスながらもバランスのとれた献立だ。適当な席に座り箸を進めていると、歩いてきた男子学生に声をかけられた。
「お、ここ空いてるやん!反対側座ってもええか?」
「ん、別にいいけど」
朝から陽気な関西人に絡まれて面倒だな、と司は内心思ったが、湯汲に比べれば全然マシなので、甘んじて受け入れることにした。
「俺は阪田佳浩っていうねん。多摩新大の1年生やで」
「俺は成海司。俺も多摩新大の1年だから同級生だな。こっちは法学部だけどお前は?」
「お、俺も法学部やで!じゃあ今日一緒に大学行こうや!授業のオリエンテーションやらサークルやら回ろうぜ」
「丁度一緒に回るやつが欲しかったんだ。行こう行こう!」
話してみると意外といいやつと思ったので、食事を終えた後、一緒に行動することにした。寮のエントランスで待ち合わせをし、大学へ向かった。
「いやあホンマに広い大学やなあ。8号館までエラいかかるで」
「この移動距離のせいで授業遅刻するな多分」
大学のオリエンテーションは大教室のある8号館で行われるらしいので、二人は軽いウォーキング感覚で目的地へと歩を進める。
キャンパス内には9号館まで施設が存在する。先程確認した案内看板によると、1号館は教職員棟、2から7号館は各学部棟、大教室のある8号館、そしてセレモニー等で使用されるすり鉢状のホールを備えた9号館と用途分けされているようだ。
棟の数字が増えるほど、駅からの距離も比例して遠くなる。
阪田と雑談しながら歩いていると、8号館が見えてきた。8号館の中には8つの教室があり、入り口も入り組んでいるため、迷いながらオリエンテーション会場を探しだした。
「この大学は脱出ゲームでもやらせようとしてんのか…」
「俺もう疲れたわー。飲み物買ってくればよかったわー」
阪田は少しぽっちゃり体型のため、息を切らして机に突っ伏していた。
「オリエンテーションて言ってもただ授業の紹介くらいやろ?」
「まあそうみたいだな。必要な単位の説明とかもしてくれるみたいだな」
高校と違い、大学は必要単位を修めなければ進級、卒業ができない。単位は各授業の一定基準を満たすと獲得することができる…らしい。
「まあ、普通に授業出てれば大丈夫だろ」
「せやなせやな〜。まあなんとかなるやろ」
そうこうしていると、事務局の人が登壇し、授業等の説明を一通りしてくれた。
想像よりも授業数が多くどれを履修すればいいか分からず、阪田と二人で8号館を後にした。
「正直訳わからん…。もう適当にフィーリングで授業きめようかな」
「いや、それはやばいで…。世の中には楽単と呼ばれるそれはそれは素晴らしいものがあるんやで」
「楽単?なにその単語帳みたいな名前」
「楽に取れる単位のことや!もはや生徒に教える気あるんかくらいの意欲の教授はな、単位をばら撒くようにくれるらしいで」
「え、じゃあ楽単ばっか取ってれば余裕になるんじゃ…!」
「まあ全部が全部じゃない。それにな、情報がないと我々には楽単を見極めることもできへん」
「そこまで言うからには、情報を得る手段に心当たりはあるんだろ?」
「もちろん!色んなサークルに顔出して手当たり次第情報をもらう!これしかない!丁度どのサークルも新入生獲得のために躍起になって勧誘してるから余裕やで」
「んおーいい話きいたんさぁ」
ん、どっかで聞いたことある声がしたぞ…。
「俺も混ぜて欲しいんさぁ」
間違いなくあの湯汲だった。
「阪田、全力で逃げるぞ」
「え、お前どうしたんや急に」
「あいつだけは関わりたくない」
「同じ寮のよしみじゃんか。待つんさぁ」
阪田と全力で逃げるも、あの頭おかしい野郎、異常に足が速い。すぐに追いつかれてしまった。
「成海達と同じサークル入るんさぁ」
「お前と同じサークルには絶対入りたくないわ…」
「まあしょうがないし3人で回ろうや」
やれやれ、という表情をしながら、司は深くため息をついた。
ーーーーー
キャンパス内の通路部分にはサークル勧誘の先輩達が所狭しと並んでいる。
「是非、我がダンスサークルへ!」
「バスケでいい汗かきませんかー」
「時代は映画!一緒にアカデミー賞を目指しましょうぞ!」
次々とサークルのビラを受け取りながら3人で構内を散策する。
この大学はサークル活動に力を入れているようで、実にバラエティに富んでいる。何でも数人からサークルが作れるようで、現在進行形で増加しているそうだ。
「しっかしこんだけ数があると迷っちまうなあ。2人はもう決めたんか?」
「いや、全然。例の授業の情報も早めに手に入れたいしどうするか」
「取り敢えず、どのサークルでも飲み会やってるみたいだし適当に顔出してみるのはどうなんさ?」
「湯汲にしては珍しくまともなこと言うな。それもそうだな。その辺で勧誘してる人に聞いてみるか」
取り敢えず直近で新入生歓迎会を開くサークルを探しながらふらふらと歩いていると、見た目の派手な2人組の女性に話しかけられた。
「ひょっとしてサークル迷ってるのー?そしたらうちのサークル見て行かない?」
「新入生歓迎会も今日夜やるしさ!どう?」
「行かせてもらうんさ」
「キリッとした表情で即答すんじゃねえよ」
湯汲のやつ完全にこの先輩達目的で行く気だな。現金なやつめ。
「ちなみにお姉さんらのサークルは何やってるんや?」
「んー。うちはねえ、テニスサークルだよ。”Double Fault"っていうの!」
「へえー何とも言えないネーミングセンスしてますなあ」
とんでもなく弱そうな名前である。テニスは詳しくないが、Double Faultは確かサーブミスを連続で2回してしまうことだったと思う。何となく地雷臭のするサークル名だ。
「で、どうする?新入生は飲み会代無料だよー」
「遠慮なく行かせてもらうんさ」
「だから決断早いな。でもまあ無料ならいいか。阪田もいいか?」
「俺は問題ないで」
「そうしたら決まり!このお店に7時に集合ね!じゃあまた」
陽キャの先輩達は、司達に飲み会の案内ビラを渡すと、また別の新入生を勧誘しに行った。
「絶対彼女候補見つけてやるんさ」
「相変わらず謎に意気込んでるな湯汲。なんか当初の目的と違ってきてるけどまあいいか」
司も年頃の男子だ。色恋に興味がないと言えば嘘になる。せっかくの華の大学生活なのだから彼女の一人でも作りたい気持ちはあった。
「夜まで時間あるし、学食で飯食いながら時間潰すか?」
「「賛成ー」」
阪田の提案で、3人で学食へ向かった。飲み会というものは未経験のため、少し不安はあったが、初の大学生らしいイベントに参加できることになり、感情の起伏の少ない司も少し胸を躍らせていたのであった。
第3話目です。ついに大学生の醍醐味、サークルの登場です。
どのサークルもあの手この手を使って、新入生を入れようとしますよね。今思えばなんであんなに必死だったのだろう。
歓迎される側とすれば、ただ飯に毎日ありつけるのでありがたかったですが笑。
とはいえ、サークルは小さな社会なので、司たちが勧誘されたDouble Faultにも今後色々あるようです…。
ではまた!