第2話 入学したら貧乏神と出会った
うっ、と声を漏らしながら司は目を覚ました。
「すげー眠い…。てか目覚まし時計鳴ってたか?」
ふと目覚まし時計を覗くと7時半を指していた。今日ばかりは行儀の悪い自分の手を恨めしく思う。
一気に眠気が吹き飛び、布団から起き上がる。優雅に食堂で朝ごはんを済ませてから入学式に向かう予定であったが、もはやそんな余裕はもうない。
やばい…まずい…、とブツブツ呟きながら、超特急で歯を磨く。
昨日必要なものを準備しておいた点だけは救いだった。
ストライプの入ったダークグレーのスーツに袖を通し、黒リュックを背負い、玄関へ向かう。軽く躓きそうになりながら靴を履き行き良いよくドアを開ける。
寮のエントランスに近づくと、寮母さんがニコニコしながら話しかけてきた。
「あらぁ、朝ごはんはいいの?」
「ごめん寮母さん!晩御飯はもらうから!」
「そうー。気をつけて行ってきてねぇ」
寮母さんに軽く手を振りながら司は駅に向かって猛ダッシュする。
駅に着くと、丁度ホームに電車が到着したところだった。降車する乗客を躱しながら電車に飛び乗る。
ギリギリ入学式の時間に間に合う電車に乗れたことに安堵しながらスマホを操作する。流行の曲を聴きながら、気持ちを
落ち着かせる。
車窓に目をやると、見慣れない景色が吹き飛んでいく。ビルやデパート、大型商業施設など、地元ではまず見られない光景だった。
時間ができたらちょっと行ってみようかな、などと考えながら電車に揺られていると、大学の最寄駅に到着した。
駅は多摩新都心大学と悠山大学という、2つの大学の最寄駅となっており、駅名も《多摩新都心大学・悠山大学前》とそのままのネーミングだった。
改札を出て、右側に向かい、多摩新都心大学の校門を潜る。
すでに多くの新入生で賑わっており、皆会場である大講堂に向かっている。
「まあ他の新入生に着いていけば大丈夫だろ」
キャンパスの敷地面積は千葉県にあるテーマパーク「東京ニャッキーランド」と同等の面積を誇り、各施設が点在としているため、正直初見殺しと言う他なかった。
故にこの他力本願も致し方ないだろう、と自分を正当化しながら他の生徒の後を追う。
「久しぶりじゃーん!学部どこにしたんだっけ?」
「高校の卒業式以来だっけ?私文学部にしたよ。そっちは?」
「私は商学部だよ」
前を歩く女子二人組の会話が聞こえてくる。恐らく附属高校からの進学組だろう。この大学は附属高校が3校あり、一定数の学生はエスカレータ式に大学に入学する。周囲を見回すと複数で固まっている人と、一人で歩いている人とで半々くらいの割合だった。後者は恐らく俺と同じ一般入試組なのだろう。
(流石に初対面からグイグイ話しかけるのは厳しいよなあ)
司は内心早く友人を作りたいとは思っていたが、結局誰にも話しかけられないまま、入学式会場である大講堂に着いてしまった。
高校の体育館の倍は優にありそうな会場に、所狭しとパイプ椅子が並べられている。
会場の広さに舌を巻いていると、案内係の恐らく、学生と思われる男性に話しかけられた。
「席の指定はありませんので、ご自分の学部の場所へ向かってください。校歌の歌詞カードも置いてあるので、事前にご確認ください。あと、事前にお手洗いは済ませておいてくださいね」
「あ、はい。わかりました」
確かに入学式は2時間弱の長丁場みたいだし、先にトイレ言っとくか。
司は、案内係の学生にトイレの場所を聞き、いそいそと向かう。
トイレの洗面所で前髪をいじり、スーツに付着したほこりを取り、身だしなみを整える。何の気なしに視線を下に向けて、思考が停止した。
「やべえ…間違ってスニーカー履いてきちまった…」
司は、下ろしたての革靴ではなく、高校の頃から履き潰した白いスニーカーを履いてきていた。昨日のうちに準備はしていたが、寝坊したせいで焦って玄関で履き慣れたスニーカーを選んでしまったのだろう。
内心穏やかではなかったが、今から寮に帰る時間もなかったため、仕方なく会場に歩みを進めた。
パイプ椅子に腰掛け、リュックを足元に置き、できるだけ靴をみられないようにした。側から見ればもじもじしている変なやつだったが、周りのことを考えられる余裕などなかった。
ただ時間が過ぎるのを待っていると、ふと会場から大きな声が聞こえてきた。
「んあんあんあんあー!財布おとしたんさぁー!」
「君!ちょっと落ち着きなさい!こっちに来…」
「もう一文無しなんさぁー」
新入生と思われる男子と、先程の案内係の学生が鬼ごっこしていた。財布を落とすとは可哀想に。俺の靴なんかかわいいもんか。
急に靴のことがどうでもよくなった司は、パイプ椅子の上に置いてあった校歌の歌詞カードに目を通す。
先程の騒いでいた財布男は案内係に捕まったようで、どこかに連れて行かれたようだ。
そうこうしていると、司会のアナウンスが流れ、学校長の挨拶、新入生代表挨拶と式次第に沿って順調に進んでいく。
ふと気がつくと、さっきまで空いていた隣の席に、件の財布男が座っていた。
「んあーまにあったんさぁ。あ、俺は湯汲圭佑って言うんさ」
「あ、どうも。成海司です…」
「よろしくなんさ司。どこから来たん?」
「え、長野だけど…」
まだ式の最中なのに、関係なしに自己紹介してきた…。なんかやばいやつに絡まれたな。自己紹介した後もどうでもいい話を延々とされ、司は正直フラストレーションが溜まっていた。
「これから、校歌斉唱を行います。新入生の皆さんは起立してください」
財布男の話を聞き流していると、司会の声が響いてきた。
校歌斉唱ということはもうすぐ終わりだな。やっとこいつから解放される、と司は胸をなでおろしながら起立する。
歌詞カードを開き、伴奏に合わせて歌っていると、隣から爆音が聞こえてくる。爆心地はもちろんあの財布男だった。音程が所々ずれており、大変見事な不協和音を奏でていた。
最後の最後まで人をイラつかせる天才なのかこいつと思いながら、司は平常心を保つよう努めた。
やっと入学式が終わり、会場を出ると、前が見えないほどの大雨が降っていた。
「靴を間違えるわ、財布男に絡まれるわ、悪天候に見舞われるわ最悪すぎる。幸先悪すぎないか…俺…」
今後の大学生活を暗示するかのような不運の連続に気持ちが落ち込んでいたが、とりあえず帰らねば、とリュックを傘代わりにして駅に向かう。しかし、無駄にキャンパス内が広いため、駅に着くまでにびしょ濡れになった。
スニーカーの中まで雨水に浸食され、大変気持ち悪かったが、我慢して新入生で満員の電車に揺られる。
何とか希望寮に辿り着き、エントランスでカードキーをかざし、自動ドアを開けた。
「あらあら大変だったわねえ。ほらこれで拭きなさい」
「あ、管理人さんすみません。ありがとうございます」
寮に入ると管理人さんがタオルを持ってきてくれた。ありがたく濡れた体を拭いていると、背後からどこかで聞いたことのある声がした。
「んああああー!濡れたんさあー。あれ、お前」
「あー、他人の空似じゃないかなあ。ではこれで」
「ナルコなんさ」
「成海じゃぼけえ!」
「やっぱりあってたんさ」
「やべ、ついツッコんでしまった…」
背後から話しかけてきたのは、人をイラつけせる天才、湯汲だった。二度と会いたくないと思っていた司は絶望した。
「同じ寮だったんさぁ。これからよろしく!」
「全然よろしくしたくないですはい」
「部屋何号室なんさ?」
「んーおぼえてないなあ。じゃ」
「成海くんは503号室よ」
「管理人さん余計なこと言わないで!!」
せっかく湯汲からの追及を躱していたのに、管理人さんが簡単に口を割ってしまった。
「俺は403号室だから近いんさぁ。遊びいくな」
「いや来なくていい。フリじゃなくて来なくていいから」
足早でエレベーターへ向かい、閉ボタンを連打する。
「あ、俺も一緒にいくんさ」
「いや、このエレベーター一人用だから」
「なに訳の分からんこと言ってるんさ」
エレベーターに迫る湯汲から間一髪で逃げ切り、自室に避難する。
濡れたスーツをハンガーに掛け、部屋着に着替える。
「散々な目にあった。もう少し経ったら夕飯に行くか」
気づけば陽も傾き、部屋は薄暗くなってきていた。テレビを付け、昨日録画しておいた今期のアニメを見ていると、ピンポーン、とインターフォンが鳴った。不吉な予感がして、扉の覗き穴から外を見ると、そこには案の定湯汲がいた。
やはり来てしまったか、と司が頭を抱えていると、何度もインターフォンが鳴る。
「開けて欲しいんさー」
湯汲の大きな声が響く。
外に凶悪犯罪者がいる時ってこんな気分なのだろうか。早く帰ってくれないものか。
「腹も減ってきたし、早く帰れ帰れ帰れ」
「んあああー。早く開けて欲しいんさー」
その後も湯汲は居座り続け、司の断食が決定した…。
趣味程度に始めた投稿も2話目まできました。
三日坊主で終わらなくてよかったと思ってます。世間は入学シーズンで新入生達を街の中でよく見かけるようになりました。成海や湯汲も運命的?な出会いをし、これから波乱の大学生活を送っていくことでしょう。
大学は人生のモラトリアム期間と言われるように、自分で何もかも自由に決められるので、遊ぶも勉強も人それぞれです。私自身、学生時代は遊び呆けておりましたが、大人になってから遊びを覚えるというのも、実際はかなり難しいと思います。どのような生活を送ったとしても、大学時代の経験は今後の人生の大きな糧になると感じました。今の大学生達も全力でキャンパスライフを謳歌してもらいたいなと思います。
成海は主にメンタルが鍛えられそうですが、それもまた今後の大きな強みになるのでしょう(多分)。
これからもゆるりと投稿していきますので、よろしくお願いします!