第1話 新生活の号令
ゴトンゴトン…、という揺れで成海司は目が覚めた。父優作は目的地東京に向けてワゴン車を走らせている。
今日は3月31日。明日はこの春、進学予定の多摩新都心大学の入学式である。受験後、新居をのんびりと探していたせいで、こうして間際に弾丸引越しをしているのである。
「まったく早く不動産屋に行かなかったせいで、こんなギリギリで引越しすることになったじゃんか」
口を窄めて不機嫌そうな顔で司が呟く。
「あら、あなたが率先して新居を探してもよかったのよ?鬱憤ばらしとかいってずーっとゲームばかりしてたじゃない」
間髪入れず発言したのは母の陽子である。
多くの家庭では、親が率先して引越しの準備をしてくれると思うが、陽子は、
「これから一人暮らしをするのにそんな甘い考えではやっていけない」と司に自立するよう促していた。
正直、受験が終わってからグダグダしすぎていた事は否めないため、ぐぅの音も出ない。しかし、大学受験という戦を通り抜けた者なら分かるはず。見たいアニメやドラマ、やりたいゲームをグッと我慢して受験勉強に勤しんできたこの苦しみが。かく言う司も全部終わったら積みゲー全部消化するんだ…とフラグ発言をしながら机に向かっていた。
そうして日々を過ごしていた結果、気づいたらもう入学が迫っていたという訳である。
大学へのアクセスが良い、家賃が安いといった好条件の物件は当然ながら先客がいた。
そのため、司の新居は大学へ電車を2回乗り継ぎ、片道1時間半かかる学生寮となった。
「まあ何とか引越し先は決まったんだからいいじゃないか。朝、晩とご飯も出るみたいだし、初の一人暮らしにはちょうどいいんじゃないか?」
優作がまあまあ、と言いながらフォローする。
「そーだそーだ。こちとら長きに渡る受験戦争で疲れ果ててたんだから少しは労われー。」
そんな問答を繰り返していると、新居《希望寮》が見えてくる。
車を駐車場に停め、積んでいたキャリーケースを下ろし、寮のエントランスに併設された管理人室に向かう。
管理人室の前に立っている警備員に話を通してもらうと、年配の寮母さんが出てきた。
「初めまして。本日からお世話になる成海司と申します。こんなギリギリの引越しになってしまいすみません。こちらつまらないものですが。」
地元の銘菓「雷鳥の呼び声」を管理人に手渡しながら挨拶を交わす。今後の生活を快適に過ごすためにも、こういう時は第一印象が肝心だ。
「ご丁寧にどうもどうも。これからよろしくねぇ。ここは色んな大学の子が通っているからお友達もたくさんできると思うよぉ」
寮母さんはそう言うと、寮を案内してくれた。
初対面なので大分緊張していたが、気の良さそうな人で安心していた。
この寮は大規模な学生寮で、300人程の学生が暮らしている。寮の東館は男子、西棟は女子と分断されており、両棟の行き来はご法度。異性の交流の場は中央棟にある食堂のみ。不純異性交遊を防止しているのだろう。
寮母さんと寮内を歩いていると、派手そうな女子大生三人組と出会した。正直あまり得意なタイプではない。
「寮母さんこんにちはー。その子新しく入る子?よかったらあたしらが女子棟案内してあげよっか?」
「こんにちは。この子は男の子よ」
「え、マジ?嘘でしょ?」
寮母さんの言葉に三人組は顔を見合わせてざわついている。
俺は渋い顔をしながらこくこく、と頷く。
俺は母親似で中性的な顔をしており、女子に間違われることがあった。この顔のせいで高校時代にとあるトラウマがあったが、平静を保つよう努めた。
「可愛い顔だからつい。ごめんね♪」
ひらひらと手を振りながら三人組は去っていった。
「じゃあ司さんの部屋に行きましょうかね」
「はい、お願いします」
とんだ嵐に遭ったものだ。やれやれ、と小声で呟きながら姦しいパリピパーティを見送る。
寮母さんの後を着いて行き、司が今後生活を送る、403号室に入った。
部屋には机、ベッドが備え付けられており、予め実家から送っていたテレビ、冷蔵庫も届いていた。
「何か聞きたいことがあれば、部屋にある電話で呼び出してくれればいいからね」
「はい。何から何までありがとうございます」
そう言うと寮母さんは部屋から出て行き、やっと一人の時間ができた。
今日1日で引越しをしたため、司の体も疲れがピークに達していた。
「もう夕方だし飯でも食いに行くか」
部屋のカードキーを持ち、中央棟の食堂へ向かう。既に多くの学生が食事を楽しんでおり、周囲から談笑する声が聞こえる。
カードキーを食堂入り口のパネルにタッチすると、食堂のおばちゃんがトレーにテキパキと料理を載せてくれる。今日のメニューは和風ハンバーグのようだ。味噌汁はお変わり自由で、ご飯の量も指定できるので、痩せの大食いの司は当然のごとく大盛りを注文した。
引越し初日で話す相手もいないので、ワイヤレスイヤホンを着け、スマホで動画配信サービス「MyTube」を再生しながら箸を進める。
食事が終わり、返却口に食器を返すとそそくさとエレベータに乗り込み、自室へと向かう。
寮母さんには大浴場を案内してもらったが、そこまで行く元気がなかったため、自室のユニットバスで軽くシャワーを浴びた。
「明日の入学式の準備でもしておくか」
キャリーケースから、大学の入学祝いに親に買ってもらったスーツ一式を取り出し、軽くシワを伸ばしながらハンガーにかける。
歯を磨きながら、入学式のパンフレットに目を通し、必要な書類等をカバンに詰め込んでいく。
「大体こんなもんだろ。色々あって疲れたし早めに寝るか」
司はそう呟くと、目覚まし時計を6時半にセットし、電灯を消した。
1話目投稿させていただきました!
最近は気付けばVtuberの沼にハマり、執筆作業中も常に横で再生しています。あの中毒性は何なんですかね…
小説と一緒にVtuberにコメントを打つ日々です。