遊園地
三題噺もどき―ひゃくきゅうじゅうろく。
お題:不可抗力・赤い風船・ジャージ
くるくると回る馬の行列。上へ下へと跳ねる椅子。はるか上空で揺れるブランコ。巨大なうねり曲がる蛇。モーター音を響かせながら走る鼠。真黒な口をあけ人々を恐怖へといざなう箱。
そのすべてに、人が並び、蠢いている。
そこは、とある遊園地。
名前は、何ともそれらしいような名がついているが。そんなもの誰も気にしていない。ここに来るのは、現実を忘れ、名も忘れ。
ただ遊び、声を上げ、悲鳴を上げ、大いに楽しむことだけが目的の、そんな人間が来るところだ。
施設の名など、どうでもいい。
ここに、奇妙なうわさが流れている事なんて、もっとどうでもいい。
そんな遊園地に。
1組の家族が訪れた。
父と母。その母に抱かれる小さな子1人。手を放さずにはいられない少女が1人。
母は赤子で手一杯。父もそれの手伝いで、どうやら少女には意識半分という所。
―少女は、白い可愛らしいワンピースのようなものに身を包んでいた。その頭には、ねだって買ってもらったのか、遊園地のマスコットの耳がついたカチューシャが乗っている。その小さな肩には、可愛らしいポシェットまで持って。いかにも、お出かけスタイルという感じだろうか。
実際、少女自身、この日をとても楽しみにしていたのだろう。きっと。
だからこうして、彼女なりの精一杯のおしゃれでもしてきたのだろう。
そんな少女が、片手に持っているのは、赤い風船だった。
ヘリウムの入ったそれは、ふわふわと浮かび、白い紐で少女の手に繋がれている。
この遊園地、不思議なことに、この赤い風船しか配っていない。入場と同時に子供たちに渡されるそれは、決まって、赤。水色や桃色など可愛らしい色はない。必ず、赤。
―血のような。赤。
その少女が手にした風船は、なぜかドンドンの奥へと進んでいく。
その傍らには、もちろん父が居るはず―だったが。
少女は、自ら父の手を離れ、1人で歩いていた。
しかし、それに誰も気づかない。
父も、母も、母に抱かれる小さな子も。周りを歩くその他の大人も、子供も。
赤い風船なんて、子供がみんな持っている。
それが1つ離れて動いていたところで、迷子だとか、はぐれたとか、そんなことは思いもしない。
少女の父の視界には、しっかりと赤い風船が映っている。
―他の子どもの風船が。
少女は、何も知らず。何も気づかず。
ただひたすらに、風船片手に歩いていく。走っていく。
目的地なんてものはない。あってないようなものだ。少女はただ遊園地に来た、それだけで嬉しくてたまらないのだ。
できたころから、行きたいとねだり。しかしすぐに下の子ができたせいで、そんな間もなく。ようやく来ることができた遊園地だ。
嬉しい以外の何が、少女を支配しようか。
―1人でいることの恐怖なんて、もってのほかだろう。
そうして、ただひたすらに、奥へ奥へと進んだ少女は。
いつの間にか、人ごみを抜け、建物と建物の間のような。狭い場所に立っていた。
さすがの本人も、はたと気づき、突然立ち止まる。
ここはどこだ。
父は。母は。下の子は。
しかし気づくのが、あまりに遅かった。
父も母も。本人も。
「?」
できもしない現状把握に努めようと。立ち止まり、あれこれと考えていた少女の前に。
その目の前に。
いつの間にか、1人の大人が立っていた。
突然できた影に、少女はただ、ことりと首をかしげる。
園の職員か何かだろうか。
その割には、ラフな格好をしている。寝起きだと言われてもおかしくない。ジャージ姿の大人。
男とも女とも想像もつかぬ大人。頭にはキャップを被り、その陰で表情は見えない。
普通であれば、そんな大人に近づくべきではないが。
少女はもう。
何もかもが遅いのだ。
愚鈍な父のもとに生まれた少女は。
それ以上に愚かで鈍いのだ。
「―ごめんね」
それは少女の言葉ではない。
目の前に現れた、大人の言葉。
それは、いつの間にか少女の目の前でかがみ。
その言葉と同時に。
少女の小さな可愛らしい唇を。
その大きな掌で覆い。
―声を発することを封じ。
そして、その柔い腹に。
何かを押し込むしぐさを見せた。
「 」
声は上がらず。
身をこわばらせるだけ。
―真白な服に、赤が広がる。
その後のことは誰も知らない。
父も母も。下の子も。
他の大人も子供もみな。
ただ、少女の手から離れた風船が。
不可抗力に従って、空へ上ったのを。
見たものは居たのかもしれない。
『ここは、ハーメルンランド。お子様から目を離さぬよう、ご注意ください。』