秋の恋文
男子高校生と小説家のやり取り、手紙
「秋の恋文」
山中千
梨が、大好物だ。
僕は、朝食を済まして、梨を食べていた。
彦根梨を包丁で、皮を剝いた。シャリ、という瑞々しい音。歯ごたえのある粒粒。
JAに並ぶ彦根梨は、即日に売れきれる。美味しいからだ。
「行ってきます」
と言って、家を出る。学校の準備は、昨日の晩に済ませていた。
なので、時間があった。
郵便物を確認すると、一通の手紙があった。
時透優さま。
崩れきっていない格好のいい文字で、そう書かれていた。
開封してみる。
秋の風が、夏の終わりの風鈴の如く、もの淋しく、心地よい心にさせてくれますね。
時透優さま。いかがお過ごしですか?
私の名前は、紫野しずく。
はじめまして。これから文書を通じて、お互いの近況報告と致しましょう。
手紙は、夜中にこっそりと見させて貰います。
どうか、心地よい秋をお過ごしください。
手紙をスクールバックのクリアファイルに、そっとしまった。
しずくさんはどんな人なんだろう。気になった。
JR西日本の米原駅で乗り換えをして、伊吹高校へと向かう。
伊吹高校から見渡せる伊吹山は、とても綺麗だ。これから秋へと衣替えをするのだが、優の心もまた、恋色へと衣替えするのであった……。
野ウサギが書斎から、見える。
なんと、ほほえましいのでしょう。
今日は、一段と弾んでいるように見えた。
しずくは、脳を文章の方へ、集中させた。
もう一度、手紙を読み返す。
しずくさんへ
お手紙、ありがとうございます。
しずくさんの紡ぎ出す言葉に感激して、僕もこの手紙を書こうと思いました。
失礼でなければ、ご年齢と何をなさっているのか教えていただけると嬉しいです。
僕は、17歳で高校生です。バレーボール部に所属しています。
僕は、恋人ができたことがないのが、コンプレックスです。こんなこと相談されても困りますよね?
返事を楽しみにしています。
時透優より
なんて可愛らしい文章を書かれるお方だこと。
紫野しずくは、若手女流作家である。
今日も、書斎に籠もり、文学に励む。
返事が来た。相手は、勿論、しずくさんだ。
スクールバックを玄関に置いて、急いで階段を駆け上がった。
時透優さま
お手紙ありがとうございました。
優さんの文章は、陽だまりの小鳥のよう、可愛らしいですね。
私は、27才で小説を書いています。
処女作『夕刻』次作『雪牡丹』で、共に芥川賞の最終審査まで進んだのですが、結果は落選でした。残念。
芥川賞を取るのが、私の側近の夢になります。
恋人ができたことがない時透優さん。あなたには、あなたにしかない魅力があります。自信をお持ちください。
では、ごきげんよう。
凄い人だ!!優は思った。
彼は、自分の悩みなんぞ小さすぎて、恥ずかしくなった。
勝手にしずくさんの姿を妄想して、連絡を取り合っていると思うと、ニヤけてしまう。
よし、返事を書こう。
勉強机の前で、何度も推敲して、文章を作成した。
しずくは、茶を飲んでいた。
優の手紙には、こう書かれていた。
しずくさんへ
お手紙、ありがとうございます。
まさか作家さんだなんて、驚きました。
僕は、小説をあんまり読んだことがありませんが、漫画ならよく読みます。
ONE PIECEが大好きで、チイサイ頃は穴があくほど、読んだものです(笑)。
しずくさんの好きな作家、作品は何ですか?
教えてください!
優より
茶が体を解き、優の文章が心を解く。
漫画というのは何だろうか?紙芝居のようなものだろうかしら?
筆をはしらせ、伝書鳩へ、恋という未来へ飛んでゆけ!
時透優さま〜大切な事柄
実は、私は大正時代から手紙を書いています。
代々、時透一族にはお世話になっています。
令和の日本も楽しそうなこと、と優さんの身の回りのお話を聞いて、そう思いました。
お体にお気をつけて、ご機嫌うるわしゅう。
紫野しずく
時によって隔たれた相手に恋をしていたとは……、しずくさんからの手紙に僕は生活を彩られていた。テーブルに置かれた華のよう。
図書館へ行った。
紫野しずくさんのデビュー作『夕刻』を読もうと思ったからだ。
YOASOBIさんの大正浪漫をモチーフにしました