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63話 都大会四継続決勝・集う実力者達

 長身と跳躍力を活かした大きなストライドで、蒼はどんどんとスピードに乗る。

 しかし2走はエース区間、そんな蒼を相手にしても勝負できる選手は3人いた。

 

 1人目。

 先頭を走るのは冬の谷。

 関東6強の筆頭にして全国最強のスプリンター『絶対王者(クイーン)』最上理音を起用。

 今大会では初の出走だ。

 

 2人目。

 夏の森と競り合う3位には春の丘。

 100m準決勝で11秒95を記録した成野ひとが追い風に乗っている。

 100mのときとは逆に、バックストレートなので持ち味が活きるオーダーだ。


 3人目。

 春の丘と並ぶように、4位は立身大付属。

 2年生の松下幸(まつしたさち)は地区大会では麻矢を上回るトップスピードを見せつけた選手。

 しかし加速の遅さが目立ち、都大会では準決勝で敗退している。

 決勝で敗退し関東大会の切符を手に入れられなかった宗とともに、リベンジマッチと言わんばかりの猛追を見せていた。


(なるほど……これほどとは。まったく、怖い後輩達ですね)


 蒼は自分と競り合うライバル達を横目に見つつ、素直に感嘆する。


(特に理音さん……全国最強と謳われるだけの走力はもちろんですが、怖いのはその走りに”尖り”がないこと。これは、瑠那さん達はこれから大変でしょうね)


 蒼は走りながら、理音の怖ろしさの本質を見抜く。


 速い選手達には、それぞれ特色がある。

 ひとは追い風を活かす走法が、幸はトップスピードと粘り強さが。

 他にも、大河には加速の精緻さ、瑠那はロスのないフォームなど、トップ級の選手にも特筆すべき長所や特技があり、逆に言えば、それ以外の面では”普通”な場合が多々ある。

 彼女達はその”武器”をもって、”普通”の領域から外れた存在となっているのだ。


 しかし、理音にはその”武器”と言えるような目立った点がない。

 同時に、弱点と言えるような点もない。

 レーダーチャートを描いたなら、キレイな正多角形になるようなステータスだと言えるだろう。

 それでいて、それぞれの分野で細かく見ていけば、理音よりも上の、一芸を極めた選手がおり、理音には成長の余地がある。

 そして全てのステータスを足し合わせたとき、並外れたトータルスペック、そして伸び代となるのだ。

 

 一芸に頼るわけでもなく、完成されているわけでもない。

 弱点もなく、限界もない。

 どこまで速くなるのか底が見えない、どんな速さを身につけるのかも分からない。

 将来像が無限に想像できる、理音はそんな選手だ。


(強い武器には、相応の代償が伴います……しかし、彼女にはそれがない。それこそが、最大の強みなのでしょう……)


「相変わらず女王サマは怖い走りするっスねぇ。乙姫、周りとタイミング近いっスよ、つられないように注意っス!」


 春の丘の4走、昼寝がインカム越しに叫ぶ。

 100m決勝とは打って変わって、ひとは好調な走りをしている。

 追い風と、バトンを握った責任感がそうさせているのだろう。

 2走での中では『蒼炎』をも上回り、2位の速さだ。

 それでも、理音には及ばない。


「了解! サポートお願い!」

「練習よりも若干速いっスよ! タイミングサポート、3、2、1、GO!」


 先頭で理音が飛び込んだのを皮切りに、他3チームの3走はほぼ同時に飛び出した。


 冬の谷の3走は100mで4位の『番犬』戌亥律子(いぬいりつこ)

 冬の谷の2枚看板の間を繋ぐ仕事人のポジションだが、あまりにも贅沢な人選だ。

 

 夏の森は美咲が慣れたバトンワークで繋ぎ、依然2位を走るが、すぐ後ろには立身大付属の宗がつく。

 春の丘の乙姫は本職が800mということもあり、ここで2位争いからは遅れ始めた。

 

「いいっスよ乙姫、冷静に、そのポジションをキープしてくればOKっス」


 自分が遅れだしたことを視線で確認した乙姫に、昼寝がインカムで指示を入れる。

 春の丘のオーダーで、昼寝が4走なのには理由がある。

 200mを専門とする実力者のため、2〜4走までどのポジションでも適性があるが、昼寝には司令塔の役割がある。

 専属のオペレーターがおらず、そのうえバトンパスの精度が低い春の丘にとって、全体を俯瞰できる司令塔は不可欠。

 経験豊富で実力も十分な昼寝は、自分の出番を最後にせざるを得なかったのだ。


(昼寝……レースに出ながら、それも予選からフル出場で、挙げ句オペレーターまでするなんて! 私がいれば、あんたが立身大付属にいれば、そんなことはさせなかったのに!)


 3走区間が終わりに近付き、スタートを待つ4走が見える。

 昼寝の姿を見た宗は、かつてのチームメイトの姿に憤りを感じた。


(くっ、ここでさらに加速するなんて! でも、私は練習通りに繋ぐ!)

 

 速度を増した宗に驚きながら、美咲はペースを乱さずに瑠那のもとへバトンを運んだ。


 先頭の冬の谷は大河がバトンを受け取ると、独走状態に入る。

 それを追って夏の森と立身大付属が同時にバトンを受けた。


「行けっ瑠那! 行けーっ!」


 1走を走り終えた陽子はゴール地点に戻り、正面から瑠那に声援を送った。

 地区大会では、僅差で立身大付属に負けたものの、今大会は互いにオーダーを変更している。

 4走に渡ったところまでは差がつかなかったが、夏の森は4走に『磁器人形(ビスクドール)湖上瑠那(こじょうるな)を配置している。

 立身大付属の4走、部長の渋沢栄子(しぶさわえいこ)は400mを専門とするロングスプリンターだ。

 いくら3年生とはいえ、100mで名を馳せる瑠那を相手にするのは分が悪かった。


 それでも3位、立身大! 立身大!とスタンドから声援が飛ぶ中、後方から昼寝が現れた。

 一瞬、かつてのチームメイトの姿に動揺したのか、声援の足並みが崩れる。

 

(栄子センパイ……チームの柱として、本心から尊敬してたっスよ。だからこそ、”立身大付属の流儀”で、全力をもって勝たせてもらうっス)


 横に並んだ昼寝は、栄子を一切見ない。

 真剣に、正面のゴールラインのみを見据えて抜き去る。


(昼寝……それでいい。よくここまで来た、本当に、よく頑張ったな)


 栄子は、少しホッとしたように、チームを抜けた後輩の後ろ姿を見送った。


「2位だーっ!」


 瑠那がゴールすると、待っていた陽子が駆け寄る。

 手を挙げ、ハイタッチをする。

 地区大会のときよりも0.7秒ほど遅いが、夏の森は47秒41だった。

 麻矢が抜けた分だけタイムは遅くなってしまったが、ベストメンバーでない中では上出来だ。


 同じくベストメンバーではない状態で臨んだ立身大付属は、3・4走間のバトンパスが若干詰まってしまったことでタイムを落としてしまっている。

 もっとも、地区大会の攻めたバトンパスが上手く繋がり過ぎていたのだが。

 少し安全めに距離を詰めていたところ、宗が予想以上のスピードで入ってきたため、詰まってしまったようだ。


「最後、接戦だったと思う。陽子のリードがなかったら勝てなかった」

 

 ゴーグルを外しても相変わらず笑顔はないが、少し興奮したように頬を紅潮させて瑠那が言う。

 陽子は照れて「頑張ったから」とだけ、頭を掻きながら応えた。

 実際、瑠那の後方には昼寝が迫ってきていた。

 4走にバトンが渡った際の差がなければ、瑠那は逃げ切れなかっただろう。


「瑠那っち、相変わらず速いっスねー」


 3位でゴールした昼寝が声をかけてくる。

 関東大会出場権を確保できたからか、生来の気性のせいか、レース後だというのにマイペースにのんびりと歩いてくる。


「お前の足音が近付いてくるのは聞こえてたぞ。もし同時にバトンを受けていたら、”今日”は負けていた」


 瑠那は淡々と事実から答える。

 それでいて、必ずしも実力で負けているとは思ってはいない口調で。


「おーけーおーけー、分かってるっスよ。自分は今日1本目、瑠那っちは100mと合わせて3本目っスから。フェアじゃないってんでしょ?」


 まぁそうだな。と瑠那がうなずく。


「ま、自分も勝ったとは思ってないし、負けたとも思ってないっスよ。来週の200m、楽しみにしてるっス。こっちのテリトリーに入るってことは、”そういうこと”っスよねえ?」


 楽しそうに、昼寝は瑠那に問いかけた。

 

 「当然。決勝で会おう。それから、言っておくと陽子も出るぞ」

 

「あ、いや、私はまぁ、出るには出るけども」


 400mでは早速予選落ちしたんだから、やめてくれ。と陽子は思う。

 200mでどこまで進めるか分からないが、少なくとも決勝は難しいという認識はある。


「当たったときはよろしくお願いするっス」


 意外にも礼儀正しく言われるが、眼中にないからか。と陽子は察する。

 瑠那はイマイチ、自分達の実力差を分かっていないんじゃないか。と思うことが、陽子はたびたびある。

 しかし、すぐに期待されているからだ。と思い直す。

 なぜなら、自分達は瑠那に並び立つ存在になり、関東6強に挑むと約束してしまっているのだ。

 いずれ陽子が対等な実力を持つ選手に成るのならば、今からそう扱うことも大差ないことだと、瑠那は思っているのだろう。

 

「200mもだけど、マイルもね。当たったらよろしく」

 

 陽子は、相手の存在感に呑まれぬよう、昼寝の目を見て言った。

 

「なるほど、ロングスプリンターっスか。それなら、これから3年間、リレーで長い付き合いになるっスね」


 それじゃ。と昼寝は仲間のもとに戻っていく。

 途中、大河に絡まれ「100m出ろよ!」と言われているが「リレーの予選と被るから無理!」と断っている。

 中学時代からの付き合いだからか、先程とは違い、2人の距離感は近い。


「あれが、リレーで倒したい相手……だよね」

「あぁ。強いぞ」


 陽子と瑠那は、じゃれつく大河と昼寝を見ながら話す。


「速い選手は大勢いる。が、やつらの強さは別格だ。だからこそ、倒すことに意味がある」

「ナマで見て、一層ヤバさは分かったよ。けど、だからこそ意味がある、か。いいね、やろう」

「あぁ」


 こうして都大会の前半戦は幕を閉じた。

 1週間の平日を挟み、次の週末に後半戦だ。

 実力者達の出会いにより、戦いはより一層、激しくなっていく。

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