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60話 都大会100m決勝・強者の証明

 レースは中盤を過ぎ、トップスピードに到達する。


(横には瑠那、後ろには先輩達か! ちゃあんと置いていかれずに追ってきてるじゃねーか!)


 先頭を走る大河は周囲を確認すると、少し嬉しそうに口元を緩める。


(やっぱりレースはこうじゃないとな……! さぁ、そろそろ行くぜ。シフトチェンジ……4thギア!)

 

 大河がフォームを変化させ、より回転を速める。

 大きく飛び出すような動きではない。

 しかし僅かなトップスピードの差が、ぐぐぐ……と大河を集団から前に押し出していく。


 残り20mを切った頃、集団の中で差がつき始める。

 向かい風かつ豪雨の中のレース、いくら実力者揃いとはいえ疲労は隠せない。

 トップスピードの維持が徐々に難しくなってきたのだ。

 しかし、最も体力がないはずの瑠那は、大きな減速をせずにスピードを維持している。


「瑠那が落ちてない! 準決勝の温存が効いたから!?」

「それもありますが、”向かい風をいなす”技術が大きく効いていますね」


 普段の練習で体力不足を晒している瑠那を知っているため、陽子は驚いて叫ぶ。

 それに蒼が冷静に分析をして答える。

 

「覚えが早くて助かったわよ。今大会に間に合わないかと思ってヒヤヒヤしたわ。伊緒ちゃんが早めに進言してくれたお陰ね」

「過去の統計から、都大会の夕方……つまり決勝の時間帯は天候が荒れることは予想できました。それでも、対策が間に合ったのは、美咲先輩の技術の蓄積と、瑠那さんのセンスあってこそでしたけどね」

「居残り練習ってそれだったのか! 瑠那の奴、全然教えてくれなかったから」

「ふふ、びっくりさせたかったんじゃない?」

「なるほど、瑠那さんも可愛いところがありますね!」


 居残り練習に付き合っていた美咲と伊緒が誇らしげに瑠那を見つめる。

 瑠那は普段よりも身体を前傾させ、またストライドと引き換えに接地角を低く取ることで普段以上のパワーを引き出していた。

 もっとも、これは簡単なことではない。

 普段とフォームを変えるだけでも難しいのに、さらにそれを使いこなさなければならないのだ。

 また、体幹がしっかりとしていないと、前傾させた身体を1本の槍が如く固めることなど不可能。

 理想的なフォームを維持すること。

 理想的なフォームを操り使いこなすこと。

 この2つを短期間で習得した瑠那は、まさにフォームに関して天才と言う他に説明ができなかった。


(これまで、かな。でもまさか向かい風の中でここまでやるなんて、やっぱり人形ちゃん面白いね! てっきり、こういうコンディションは苦手かと思ったけど……ボク、ますます好きになっちゃったよ)


 少しずつ瑠那に引き離されていることで敗北を悟り、まいかは力を緩める。


(やっぱりキミは、もっと後で……もっともっと相応しいところで頂くことにしよう。今日のところは、ここまでだね。四継もあることだし。ふふ、ふふふ)

 

 不敵な笑みを浮かべながら、まいかが5位に沈む。

 1位2位は確定、表彰台最後の1つ、3位を目指して麻矢と律子がデッドヒートを繰り広げていた。


(流石は冬の谷の次期部長と言われるだけある……私も大概、競り合いには強い方だけどさ、律子ちゃんも全然退いてくれないな!)


 3レーンの麻矢と7レーンの律子。

 距離があるため、お互いに相手と自分、どちらが前にいるのかが掴めない。

 ただ、この勝負がまだ確定的な結果に至っていないことだけは、確信していた。

 走路の先では、大河と瑠那がフィニッシュを決めている。

 次は、自分か、相手か。

 僅か0.5秒未満の、最後の戦いだ。

 

 冬の谷には、各種目で頂点を獲った選手が多く在籍している。

 そんな実力者揃いの部員達を束ねる律子は、意外にも才覚には恵まれてはいない。

 当然、平均的な選手と比べれば、その才覚は比べるまでもないレベルにある。

 しかしながら、冬の谷という王国の中では、決して特筆すべきものではなかった。

 実力でも、1学年下には『絶対女王(クイーン)』『白銀皇帝(カイザー)』と呼ばれ全国最強の双璧を成す後輩がおり、律子はその影に隠れてしまっている。

 

 それでも、上級生が自分達の守った王国の後継者に指名し、同期達に全幅の信頼を寄せられ、後輩達が慕い尊敬しているのには、律子なのだ。

 なぜか。

 彼女の振る舞いが、矜持が、思想が、魂が、冬の谷という王国を象徴するに値するからだ。

 故に、彼女は王国の守り手……『番犬』と呼ばれ、畏怖される。


「嘘っ、麻矢負けないで! 麻矢!」


 スタンドから美咲の声が聞こえる気がする。

 そんな訳ないか。と、妙に静かになった世界で、麻矢は考える。

 僅かに、本当に僅かながら、自分は今、律子よりも後ろにいると分かった。

 先程までのデッドヒート、最後までスピードを維持できたのは律子だったのだ。

 まぁ、200m専門の選手相手に100m専門の自分がよく粘ったほうだ。と納得する。

 その差は、走路にいる限り、本当に僅か、僅かな差なのだ。

 それでも、走路を出れば、レースが終われば、表彰台に上れる者と上れない者、天地ほどの差が生まれる。

 

(そんな泣きそうな顔すんなよ。去年の春の都大会は準決落ち、秋の新人戦は決勝でも8位で都大会落ち、今回、4位なら上等だろ? 関東でもまた走れるんだしさ……)


 頭に浮かぶ美咲の表情を見て、麻矢はそう心の中で言う。

 しかし、自分でも知っている。

 関東大会で表彰台を争うこと……いや、決勝の舞台に立つことさえ、自分の実力では難しいと。


(私だって本当は勝ちたいさ。でもな……んなっ!?)


 びゅうっ! と音を立てて吹いた突風に、心のなかで呟こうとした弱音はかき消される。

 現実に引き戻された麻矢は、一瞬で状況を理解した。


(ゴール直前……身体を押し戻すほどの突風……相手とは僅かな差……私の技……私の強さ……)


 麻矢の強さは、心の強さだ。

 これまでも、何度も折れそうになってきた。

 何度も諦めそうになってきた。

 それでも、その敏感過ぎる野生の本能は、勝利への嗅覚は、いつも勝利を諦めさせてくれない。

 不格好でも、無駄だとしても、いつだって心だけは負けなかった。

 最後まで走り抜けてきた。


(だったら……ここで諦めちゃだめだろうがよ! 行くぜ、これが私の全力……っ!)


 突風が吹き、フィニッシュアクションをしようとした律子の体勢が僅かに崩れる。

 計算上も、経験上も、誰もが律子の勝利とフィニッシュを確信した。

 しかし予想もつかないタイミングで、予想もつかない強さの向かい風が吹き、そのフィニッシュを押し留めた。

 時間にして、僅かに0.01秒。

 だが、それで十分だった。


(風も弱気も押し返せ! トドメの跳躍フィニッシュ・ジャンプ!!)

 

 最後まで狩りを諦めない猛獣のように、麻矢はゴールラインに飛び込んだ。


「行ったーっ! 麻矢先輩、この雨、この風の中でトドメの跳躍フィニッシュ・ジャンプを決めました!」

「どっちだ!? 勝ったのか……負けたのかっ」


 ゴールラインでは、雨水で滑って転んだ麻矢が倒れている。

 普段よりもグリップの悪い路面に、文字通り全力で飛び込んだのだ。

 顔面からトラック上にできた水溜りに突っ込み、その顔はぐしゃぐしゃに濡れている。

 急いで駆けつけた瑠那に肩を貸され起こされるが、そのときには、しっかりと顔を拭ってから起き上がった。

 顔が濡れたのは雨水のせいだけだと、後輩に言うために。

 決して、折れかけた心と、打ち勝ったことから流れた涙を見せないために。


「3着……3着ですよ、麻矢先輩! 電光掲示板見てください!」

「あぁ、見なくても分かってるさ。私は”勝った”んだ」

 

 レースが終わり、電光掲示板に結果が表示される。

 

 向かい風1.5m

 1着:11秒94 『白銀皇帝(カイザー)大路大河(おおじたいが)(冬の谷1年)

 2着:12秒10 『磁器人形(ビスクドール)湖上瑠那(こじょうるな)(夏の森1年)

 3着:12秒35 文月麻矢(ふみづきまや)(夏の森3年)

 4着:12秒36 『番犬(ばんけん)戌亥律子(いぬいりつこ)(冬の谷2年)

 5着:12秒47 『深海の怪物(クラーケン)須王まいか(すおうまいか)(海の風2年)

 6着:12秒52 成野ひと(なるのひと)(春の丘1年)

 7着:12秒60 本田宗(ほんだそう)(立身大付属1年)

 8着:12秒66 五代叶(ごだいかなえ)(秋の川1年)


 豪雨に向かい風という条件だったため、全体的にタイムは落ち着いたものだった。

 しかし、そんな中でも今大会最速タイムの11秒94をマークし、皇帝の威厳を保った大河。

 そして悪条件をものともせず、自己ベストを更新した瑠那と麻矢。

 対して、実力を発揮できず下位に沈んだひとや宗など、持ちタイム以上に、実力差が現れたレースだった。

 強者は、こうしたときにこそ証明される。

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