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59話 都大会100m決勝・豪雨の中のスタート

 競技場は突如降り始めた豪雨ですっかり暗くなり、そしてバシャバシャという雨音に包まれていた。

 そして間もなく、100m決勝の召集だ。


「だいぶ降ってきたな。風も……向かい風が吹いてやがる」

「荒天ね。麻矢には好都合じゃない」

「そうだな。こいつは、実力順とはいかないレースになりそうだ」

「……負けるんじゃないわよ。天も運も、あんたに味方したんだから。あとは自分の強さだけ信じて」

「おうよ」


 パワーファイターの麻矢にとって、荒天は都合がいい。

 ライバル達が実力を発揮できない環境でこそ、麻矢の強さは活きる。

 

「瑠那、大丈夫? だいぶ荒れてきたけど」

「あぁ。準決勝ではだいぶ温存できたからな。問題ない」

「瑠那がそう言うなら、心配ないね! みんなで応援するから。ファイトだよ、瑠那」

「あぁ。期待には応えるさ」

 

 荷物をまとめ、麻矢と瑠那は仲間たちからの激励を受けてからテントを後にする。

 召集を済ませスタート地点に行くと、ロリ先生が出迎えてくれた。

 

「先生、来てくれたんだ!」

「流石に決勝だからな。審判抜けさせてもらった! さぁ、難所だぞ。準備は出来てるな?」


 ロリ先生の問いに、2人は無言でしっかりとうなずく。

 

「この天気だ、四継もあるから無理するなと言いたいところだが……相手がそうはさせてくれないよな。今年の100mのレベルの高さはハンパじゃないぞ! だから出し惜しみはなしだ、全力でぶつかってこい!」

「このレースこそ、私の……集大成だぜ。見といてくれよな、先生!」

「中学時代から成長したということ、成長させてもらったということ、見せてやりますよ」

「まったく頼もしいな。そいじゃ、行って来い! 自慢の教え子達!」


 ロリ先生は2人の背中をバシッと叩き、トラックへ送り出す。


「これより女子100m決勝を開始します。8人で実施し、上位6人が関東大会進出となります」

 

 決勝ということで、1レーンから順に名前が呼ばれる。

 東京最速の決定戦に挑む8人の周囲には、雨粒が蒸発するのではないかというほどの熱気が立ち込めていた。


 1レーン:本田宗(ほんだそう)(立身大付属1年)

 2レーン:五代叶(ごだいかなえ)(秋の川1年)

 3レーン:文月麻矢(ふみづきまや)(夏の森3年)

 4レーン:成野ひと(なるのひと)(春の丘1年)

 5レーン:『白銀皇帝(カイザー)大路大河(おおじたいが)(冬の谷1年)

 6レーン:『磁器人形(ビスクドール)湖上瑠那(こじょうるな)(夏の森1年)

 7レーン:『番犬(ばんけん)戌亥律子(いぬいりつこ)(冬の谷2年)

 8レーン:『深海の怪物(クラーケン)須王まいか(すおうまいか)(海の風2年)


「瑠那、やり合うのは久々だなぁ! うちの女王様や昼寝の奴が200mに専念するって聞いたときは、私とお前だけの勝負になっちまって退屈しちまうんじゃねーかと思ったけどよ……なかなか面白そうじゃねーか!」


 大河は仁王立ちしてゴールを見据えたまま、瑠那に話しかける。


「そう言う割には、まだ余裕そうだが?」

「ふっ。王者がこれ程度のことで狼狽えてどうする。全ては余興に過ぎないってこと、教えてやるぜ」

「相変わらず不遜だな。だが、いいだろう。お前と戦うために、ここまで来たんだからな」


「位置について!」


 コールがかかり、大河はちらりと瑠那を見る。


「また後で、表彰台で会おう」


 口の動きでそう言うと、スタートの姿勢を取った。


 競技場の視線と期待を一点に集めた、静寂の時間。

 号砲が、それを破る。

 瞬間、ワーッ! と歓声が溢れ出た。


「先頭は『磁器人形(ビスクドール)』だ!」

「いや、すぐ横に『白銀皇帝(カイザー)』が並んだ! トップは2人の戦いだ!」

「おい、成野はどうした!?」


 スタンド中で観客達が思い思いに叫ぶ。

 瑠那と大河が並走し、やや後ろでは麻矢と律子、そしてまいかがが3位争いを繰り広げていた。

 ひとはやや遅れ、宗や叶と6位争い……つまり、関東大会の最後の1枠を争っている。

 

「ひとーっ! もう、どうして! 準決勝の勢いはどうしたのよ!」


 乙姫が応援をしながら、もどかしそうに叫ぶ。


「こりゃダメっスねぇ。まぁ、天候が荒れた時点で予想はしてたっスけど」

「昼寝! どういうこと?!」

「まぁー簡単に言えば、ひとの強みは”フィールドコンディションが良いとき”にしか活きないってことっスよ。影響を受けやすい分、悪影響も効きやすい……あとはまぁ、経験不足と体力不足が刺さって役満っス」

 

 ひとは、準決勝で初めて11秒台のスピードで走った。

 当然、未知のスピードに身体はダメージを受けている。

 走っているときにはそんなことは分からない。

 むしろ、気持ちよく走れた、絶好調だと感じていた。

 しかしレースが終わり、アドレナリンが切れた頃、身体のダメージにやっと気付くのだ。

 

 さらに、身体を宙に浮かせる走りは荒天の影響を大きく受ける。

 そもそも向かい風の影響で推力が減少されるばかりか、突発的な横風などを受けた際、地に足がついていないため踏ん張りが効かないのだ。

 まるで宙を舞う花びらが風に揉まれるように、ひとは風に翻弄されてしまう。


「ひとなら、関東6強に勝てるかもって思ったのに! くそーっ、なんとか6位で耐えろーっ!」


 悔しがる翔子を横目に、昼寝は呟く。


「ただ一瞬、ただ一度、そんな速さだけなら……比肩する選手は他にもいるっス。その”速さ”が”強さ”にまで昇華されたからこそ、関東6強は甘くないんスよ……」

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