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45話 地区予選マイル・2走と3走

「2走のバックストレートからオープンレーン……最初の100m、勝負の分かれ目だよ!」


 マイルリレーでは2走のバックストレートからオープンレーンになる。

 つまり、以降は全員、最も内側の1レーンを走るということだ。

 後ろを走る選手は外側に膨らんでから抜くことになるため、少し走力が上な程度では、前の選手を抜けない。

 つまり、2走がオープンレーンに入ったところで先頭を取れるかどうかが、最初の勝負どころとなる。


(松下さん……知ってるわよ、あなたは加速が苦手。特に、コーナーを走りながらの加速じゃ、私には及ばない。ここで無理に先頭を取ろうとすれば、残りの300mに響く。だから無茶はできないはず! 先頭はもらうわ!)


 美咲は最初からスピードを上げ、オープンレーンに入ったところで無事に先頭を確保する。

 しかし加速を終えた幸も、美咲の真後ろにつく。


「真後ろ、立身大付属ついてます!」


 香織からの無線を聞きながら、美咲はバックストレートで抜かせるつもりはないとばかりにスピードを落とさない。

 そして200m地点までともにハイスピードなレース展開が繰り広げられるが、200m通過すると同時に、美咲はペースを落とした。


「今、美咲先輩ペース落とした?」

「うん、1つギアを落としたね。ブレーキをかけたってわけじゃない、あくまで加速をやめて慣性で走ってるって感じ。でもコーナーだから、下手に抜きにかかれないと思うよ」


 伊緒の解説通り、不本意なペースダウンに苦々しげな表情をしつつ、幸は美咲のペースに合わせて走っている。


(やっぱり、ここで抜くのはリスキー過ぎるわよね。でも加速な苦手なのにペースダウンして、ラストスパートは大丈夫?)


 ホームストレートに入ると同時に、待ってましたとばかりに幸は美咲の横に並ぶ。

 しかし同時にラストスパートをかけるも、スムーズな加速を見せる美咲に対して、幸はワンテンポ遅れている。

 さらに3走は200m通過順に内側から並んでいるため、立身大付属は外側からのスタートだ。


(私と松下さん、単純な走力や才能なら、明らかに私が格下。それでも……ここまでの疲労やオープンレーン、ペースの上げ下げ、そしてバトンパス。様々な要素が絡み合えば、対等に戦える! シンプルだけども一筋縄にはいかない真剣勝負。本当に、本当にレースは楽しいわ……!)


 ホームストレート、幸は美咲よりも少し先にバトンを渡す。

 しかし、内側にいる歌が壁になってすぐにはインコースに入れない。

 インコースに入ろうと走り出したときには、歌が先頭を取り返していた。


「流石、美咲先輩、レースの組み立てが上手い! 最後抜かれたように見えて、ちゃんと先頭は守れてる!」


 最初から最後まで、もっと言えば、自分がバトンを渡した後の展開まで計画通りに進める、美咲の持ち味の活きた走りだった。

 それでも、様々なマイナス条件を背負わされながらも、最後に美咲を抜いて見せた幸の強さに、美咲は呆れる。


「まったく、松下さんが1年後輩でよかったわ。あの子、経験を積んで3年生になったら……私程度じゃ手に負えないわね」

「それを言うなら、私のやり合った本田ちゃんもな」

 

 ゴールラインで待っていた麻矢が「最近の若い子は才能溢れ過ぎだぜ」と言う。


「うちの代にだっているじゃない。とんでもないのが」


 美咲は、立身大付属の3走、栄子と、4走としてバトンを待つ、自分たちのエースにしてキャプテン、蒼を見ながら言った。


「歌ちゃん、立身大付属、抜きにきてるよ! けどペースはこれで基準通り、冷静に!」


 バックストレートに入ったところで、栄子が歌を抜き去る。

 ここで加速して下手に抵抗をしたところで、200m地点まで順位は守れないだろう。

 いつも安定して57秒前半、調子が良ければ56秒台のラップを刻む栄子に対して、400m決勝で自己ベスト60秒28を出したばかりの歌では役者が違い過ぎる。

 この差が、400mの1位と、6位の覆せない差だ。


(ここで渋沢さんに負けるのは分かり切ってる、織り込み済。私の役割は、自分のベストの走りをして、食らいつくこと……! 部長まで、逆転の目を残して繋ぐことが、3走の、私の、使命!)


 まるで戦車が全てを薙ぎ倒して進んでいるような、スタミナとパワー自慢の非常にパワフルな走りが栄子の特徴だった。

 歌は置いて行かれないように、必死についていく。

 栄子がスパートをかけるまでは、なんとか真後ろにくっついて走れた。

 しかし、ホームストレートに入ったところで栄子がスパートをかける。

 歌も負けじとスパートをかけるが、その力量の差は明らかだった。


(これが立身大付属の部長……そして、400mの1位! 速い……そして、強い!)

 

 歌はどんどんと引き離される背中を必死に追いかけながら、伊緒と真記が調べてきた、栄子の話を思い出した。


 栄子がまだ1年生の頃、彼女は将来を期待される200mの選手だった。

 立身大付属の部長は歴代ほとんどが200mの選手というくらい、このチームにおける200mという種目は特別だった。

 その種目で1年生にして序列1位を勝ち取った栄子は、大会でも着実に結果を残していく。

 しかし、1年生の秋の新人戦。

 メンバーに選ばれたマイルリレーで、栄子は出会ってしまった。

 『蒼炎(そうえん)』こと、夏の森の皆川蒼に。


 同時にバトンを受け取り、1年生同士のデッドヒートを繰り広げる。

 しかしラストスパート、その力量の差は残酷なほど明確に突き付けられた。

 必死に背中を追う栄子の前を、まるで草原を散歩でもするかのように走り去る蒼。

 同学年の相手に負けるはずがない、そう高をくくっていた栄子にとって、初めての挫折と、敗北だった。


 それから、栄子は200mを捨てた。

 その身の全てを捧げ、400mのトレーニングを積む。

 それまで、200mでレギュラー入りできなかった選手の出る種目、その程度にしか思っていなかった種目で、栄子は誰よりも汗を流した。

 そして翌春、栄子は400mの選手としてエントリーした。

 もちろん、蒼にリベンジをするために。

 勝利にこだわる立身大付属の選手らしく、栄子も負けたままの自分が許せなかった。

 しかしレースの時刻になっても、その場に蒼の姿はなかった。

 蒼は既に走高跳に転向していたのだ。


 栄子が400mで強豪の仲間入りをし、東京南地区の覇者になるまで時間はかからなかった。

 しかし何度レースを走っても、そこに蒼の姿はない。

 ただマイルでだけ、蒼と400mの勝負ができた。

 そして何度かマイルで直接対決があったものの、栄子は一度として勝つことはできなかった。

 マイルで競う蒼はいつも楽しそうで、心の底から400mという種目を愛していると感じられた。

 いつしか栄子も、400mという種目の虜になっていた。

 

 しかしいつまで経っても、蒼は個人400mの舞台には帰ってこなかった。

 自分が負けるのは分かっている、しかし、また勝負がしたかった。

 栄子に勝てる選手は、もはや身近には存在しなくなっていた。

 栄子とて、蒼の事情は、なんとなくは察している。

 身体が治れば、また個人400mの舞台に帰ってくると、そう信じて待ち続けた。

 しかし、最後のこの大会でも、蒼は帰ってはこなかった。

 栄子は孤独に走り、400m優勝の栄冠を手にした。

 しかし栄子自身は知っている。

 本当の王者は、他にいることを。


 いつか戦うその日までと、ひたすらに練習を積んだ結果、栄子の実力は相当なものになった。

 ただ、個人400mという舞台では、ついに決着はつかなかった。

 そして今日も、一番競い合いたい相手とは、走ることはできない。


 ゴールが迫る。

 4走でバトンを待つ、蒼が見える。

 求め続けた姿だが、その眼差しは栄子ではなく、その後ろの歌に向けられている。

 運命がほんの少し違えば、ライバルに、好敵手(とも)に、なれたかもしれない。

 しかし2人は交わらない。


 夏の森と立身大付属という、学校として、チームとしてライバルになれた。

 互いに部長という立場になり、チームを率いて競い合うことになった。

 自分だけではない、チーム全員の想いを背負っているため、マイルのオーダーも最善の選択肢を選ばざるを得なくなった。

 本当は、4走として蒼と走りたかった。

 夏の森で蒼が不動の4走だというのは、とっくに分かっている。

 しかしこのレース、4走に自分が回っては勝てないだろう。

 戦略上、なんとしても、3走で先頭を奪う必要があった。

 4走にはまだ未熟な後輩を据えた。

 3走の自分までで勝負を決め、逃げ切らせる作戦だ。


 勝利にこだわる。自分達の、立身大付属の美学だ。

 それを体現する部長という立場だからこそ、栄子は最後まで、蒼と走ることができなかった。

 

(たった一人で待ち続けた……そして待つだけじゃない、いつでも再戦できるよう、武器を研ぎ続けた。あなたは、本当に強い選手だ)


 離れていく背中を追いながら、歌は心の中で栄子に敬意を表する。

 400mの選手として、スプリンターとして、そして、次期部長として。


(栄子さん。あなたが走りたかった相手はうちの部長でしょうけど……私はあなたと走れて楽しかったです。今後の糧になりました)


 栄子は歌よりも20mほど前で昭穂にバトンを渡した。

 歌も自分のベストを尽くして走り、蒼にバトンを渡す。

 

 バトンを受け取り駆け出す蒼のことを、いつまでも追いかけている背中を、栄子は見送った。

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