表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/70

41話 勝利と公平にこだわるチーム

「私、中学時代は普通に公立の学校で陸上やっててさ。2年生のときには部内で4番目に速かったの。というか、3年生より2年生の方が真面目に練習してたし、もう2年生全員で3年生のこと抜いちゃって! それでリレーは2年生4人で走るんだーって思ってたんだけど、そうじゃなかったんだよね」

「えっ、どうなったんですか?」

「3年生は引退前だから、記念に3年生4人でリレーに出るって先生が決めちゃって。私達、いっぱい練習したしタイムもどんどん良くなってたんだけど、それで出られなかった。なんで? って思ったけど、先生も先輩達も逆に何がおかしいの? って感じで。結局、先輩達のリレーは地区予選落ち。私達2年生でオーダー組めば都大会は行けそうだったのに」

「それは……ちょっとひどいですね」

「でしょー? しかも先生も先輩達も引退試合でさ、負けたのに「これまで頑張ってきてよかった!」とか言って泣いてて。私、それ見ても全然泣けなかったんだよね。せめて、練習をもうちょっと頑張ってるところ見てたら違ったのかもしれないんだけど、先輩達は普段あんまり本気じゃなかったから」


 昭穂の母校のような出来事は、古今東西どこでもよくある話だ。

 内申点のため、受験のため、引退前の思い出作りのため、色々な理由で、忖度が行われる。

 それは主に、陸上競技に本気で取り組んだことのない人達によって。

 そういった人達にとってみれば、これは優しさや、思いやり、広義のチームワークや助け合いなのかもしれない。

 しかし本気で陸上競技に取り組む者からしてみれば、これほどの理不尽はない。


「聞いてるだけでつらいですね……でも、次の年はベストメンバーでリレー組めたんですよね!?」

「それが1つ下の子がめちゃくちゃ速くなってさ、部内でダントツの1番になったの。それで私は地区予選前のタイムトライアルで5番手になっちゃって、リレーは補欠。1年前には3年生は最後だから! って言ってた先生も、予想以上に速かったからなのか、その年はそんなこと言わなくてさ。他のメンバーも、エースを使わない理由はないしってことで、アッサリ受け入れてたよ。まぁこれは当然だから不満はないんだけど、1年前もそうして欲しかったなって思ったよね」

「ですね……」

「でも私も頑張って、都大会前のタイムトライアルでは僅差だったけど4番手に上がったの。だからメンバーチェンジになるって思ったんだけど、そしたら先生が「もう1回、元4番手の子にチャンスを与える」って話になって、メンバーは変わらなかったんだよね。だから私に出番は回ってこなかった。リレーチーム自体が、都大会で負けちゃったからね。ってことで、私は最後までリレーを走れなかったんだよね」

 

 酷い話だな。と思った。

 必死に努力して結果を出しても報われないなんて。


「こういう経験した子、うちには結構多くてさ。誰かがチャンスをもらうとき、同時に誰かのチャンスを奪ってるってことを、私も他の仲間も、よく分かってるの。だからこそ、もらったチャンスは大事にする。そしてチャンスを活かせなければ、2度目はない。もしまたチャンスが欲しければ、それは温情だとか忖度だとかじゃなくて、”強さ”を見せた後。そういうフェアなチームだから……私は立身大付属を選んだんだよね」


 立身大付属を選んだ理由。

 昭穂はそれを語るとき、少しばかり誇らしげだった。

 決して後悔している者の素振りではない。


「絶対的な実力主義だから……ですか」

「うん。うちのチームは、他のどのチームよりも勝利にこだわってる。でもそれは、どこよりも公平な実力主義の結果。速い人が、強い人が選ばれる。遅ければ、弱ければ、舞台には立てない。厳しいように見えるけど、勝っても舞台に立てない世界より、ずっとシンプルで、フェアだから」

「なるほど……」


 陽子は、今まで深く考えずに、立身大付属に批判的な姿勢だったことを恥じた。

 陸上競技そのものが究極の実力主義なのに、心のどこかで甘さがあった気がする。

 言い訳の効かない舞台で、勝者と敗者に切り分けられる。

 そして舞台に立ち続けられるのは、勝ち続けた者のみなのだ。

 陽子も敗者を経験し、舞台から降りたことがある。

 しかしそれは、自分で選んで降りたのだ。降ろされたのではない。

 負ければ自分が舞台に立てなくなる。そんな危機感を持って挑んだことが、果たしてあっただろうか。

 自分が投げ捨てない限り、いつまでもチャンスがもらえる環境にあった自分は、恵まれて、そして甘やかされていた。

 昭穂の話を聞き、陽子はそう痛感する。


 夏の森は競技レベルの高さの割に、部員数が少ない。

 そのお陰で、陽子のような1年生でも出場枠が取れているのだ。

 もっと言えば、伊緒のような初心者ですら個人種目のエントリー枠を獲得できている。

 モットーの『楽しく走る』ことに関しても、そもそも走る舞台に立てているから成り立っているのだ。

 たまたま全てのバランスが、歯車が、上手く嚙み合っていたから楽しく走れていたに過ぎない。

 

 陽子はこれまで、レギュラー入りできないという経験はしたことがない。

 大会で負けたことこそあれど、それ以前の、大会という舞台に立つことができないまま終わるなんてことは想像すらしてこなかった。

 おそらくこれは、他の夏の森のメンバーもそうだろう。

 それは彼女達の実力が……いや、才能、そして運が、人並みより恵まれていたからだ。

 本当の弱者の立場に立ったことなどないまま、弱肉強食の世界に立っていた。

 

 失敗を恐れずに楽しもう、失敗してもチャンスをあげよう、そんなことが簡単に言える空気があるのは、すぐ後ろで順番待ちをしている選手がいないからだ。

 人数が少ない分、実力に開きがあるため、多少のことでは「自分が代わりに出る!」とはなりづらい。

 だから、理不尽を感じることもなく失敗が許される空気があるのだ。

 

 反対に、立身大付属のメンバーは、自身を相対的に弱者だと認識している。

 それ故に、勝たなければ舞台に立てなくなることも理解している。

 1回失敗すれば、順番を待っている者にチャンスを譲る。

 もう1度チャンスが欲しければ、自分の強さを証明してから。

 そういった弱肉強食の文化こそ、ある意味では健全で、フェアで、優しいのだ。

 己を弱者と認識している者こそ、厳しく残酷であろうとも、純粋で公平な、弱肉強食の世界を求めるのだ。

 

「私は、走ることが好き。このオレンジ色の走路も、スタンドの歓声も、吹き付ける風も。だからこそ、走る舞台は自分の手で勝ち取るの。たとえそれが厳しい戦いでも。公平な世界で、同じ心を持った仲間と勝利を追い求めたい」


 昭穂の声は、雑談をしていたときとは違い、凛としていた。

 どこまでも透き通るような、純粋で、曇りのない瞳が、陽子を見つめる。

 覚悟を持って立身大付属の門を叩いた、強いスプリンターの瞳だ。

 

「なんだか私……誤解してました。立身大付属の人達の考え方が、凄く冷酷なものに見えていたんです。でも本当は……公平さという、本質的な優しさのためだったんですね」

「いやーまぁ、監督はちょっとねちっこいし、すぐ機嫌悪くなるし、夏の森のこと敵視しすぎなとこあるけどね!」


 真面目な顔で言った陽子に、昭穂は元の、親切で元気な先輩の笑顔で答える。

 周りを見渡して本人がいないのを確認してから「あの人、絶対ヤンデレってやつだよ」と囁いてまた笑った。


「そんなわけで私達は、勝利と公平にこだわるチーム。走る楽しさを追求している夏の森とは、向いている方向は同じなのかもね。その過程が全然違うだけで。でも『楽しむために勝つ』チームと『楽しんだ結果、勝つ』チーム……直接ぶつかったら、どっちが勝つのかは興味があるよね?」

 

 挑戦的に笑う昭穂に、陽子も笑って応える。

 相手の正義を知ったからこそ、自分も、自分の正義を掲げられる。

 今の陽子は、決して相手を否定しない。

 ただ、それでも自分の正義は強いと示すだけだ。


「200m決勝、勝負ですよ。先輩」

「いいよ。生意気な後輩ちゃん」


 異なる正義を掲げ、学校も学年も超えた友達、そしてライバルがここに誕生した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ