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30話 日向陽子の駆ける理由

 陽子は歌と一緒に400mの招集場所へ向かいつつ、2週間前の出来事を思い返していた。

 練習後に「出場種目についてなんだけど」とロリ先生に呼び止められ、他の部員達が部室に戻る中、少し話すことになったのだ。

 

「アンケートで陽子ちゃんは100m、200mの出場を希望していたけどさ、理由教えてもらっていいかな」

「中学時代からやっていた種目なので。というのと、むしろ他の種目は練習できていないので、出れるものも限られると思って希望しました」

「なんだ、現実的なこと言うなぁー! もっと自由に「ハンマー投げに挑戦したいです!」とか言ってくれてもいいんだよ」

「流石にそれは厳しくないですか……」

 

 真面目かよ。という顔で「1年生なんだから無謀な挑戦してもいいのにー」とロリ先生はケラケラと笑って言う。


「私はてっきり、瑠那ちゃんと出場種目を合わせたのかと思ったよ」


 しかし陽子に向き直ると、急に真面目なトーンでそう言った。


「それも……あります」


 事実を、陽子は肯定した。


「そうだと思ったよ。じゃあ次の質問。陽子ちゃんの目標って、何?」

「目標……ですか」


 答えを用意していない質問で、陽子は少し考える。

 速くなりたい?

 いや、それは当然だ。もっと具体的な目標だろう。

 都大会や関東大会、あるいは全国大会出場?

 もちろん目指すが、それを理由に入部したわけではない。


「じゃあ質問を変えるね。陽子ちゃんが走る理由って、何?」

「走る理由……」


 ロリ先生は、陽子の目をじっと見つめてくる。

 本当の言葉を引き出そうとするように。


 陽子は自分が走る理由を考える。

 そんなことは、今まで考えたことがなかった。

 中学時代は、速いから、勝てるから、勧められたから、そんな理由だったはずだ。

 しかし一度逃げた世界に、もう一度戻った理由は……瑠那だ。

 そう、瑠那のいる世界で、自分も戦うために入部したのだ。

 もう走らないつもりだったのに、瑠那の寂しげな表情を見て、もっと近付きたいと思った。

 リレーを走りたいと言う瑠那の願いを叶えるため、また走ろうと思った。

 ならば走る理由は、瑠那だ。

 あの孤高の天才を、孤独な天才にさせないためだ。

 そして自分が、もっと近くで、その走りを感じるためだ。


「私が走る理由は……瑠那と一緒に走りたいからです。同じ世界で”一緒”に仲間として」

「それが陽子ちゃんの走る理由であり、目標ってことだね」

「はい。背中を追うだけじゃない、隣で、リレーで、一緒に走りたいです」


 瑠那が寂しくないように。と加えるのは恥ずかしくてやめた

 ロリ先生は満足げな表情をしてから、陽子を指さして言う。

 

「陽子ちゃん、ならばロングスプリンターとなり、瑠那ちゃんと対等なライバルを目指すんだな!」

「ロ、ロングスプリンターですか!? 瑠那は100m、200mを専門にするショートスプリンターですよ?」


 想定外の指示に、陽子は動揺する。


「だからこそさ。ショートスプリンターとしての瑠那ちゃんの才能は超一級品だよ。特に100m、指導を受けたわけでもないのに、ほとんど完璧な走りをしている。四継に関しちゃ、うちの部の歴代でも最速のエースになるだろうさ。しかしな、リレーはもう一つあるだろう?」

「マイル、ですか」

「そう、マイルリレー。瑠那ちゃんも鍛えれば400mを速く走れるだろうが、それでもマイルのエースの座を、本職じゃない瑠那ちゃんに渡すようじゃあ、チームとして上は目指せないだろう。ロングスプリンターの、本職のエースが必要だ」


 ロリ先生の語りに、陽子は少しワクワクしてくる。


「そこで陽子ちゃん、お前がもう一人のエースになるんだ! 中学時代の身体を壊しかねないほどの走り込み、当時は結果に結び付かなかっただろうし、一歩間違えれば選手生命に関わっていただろう。しかし身体が元々丈夫だったからだろう、偶然にもその結果が、同世代を遥かに上回る基礎体力となって、今ようやく武器になった! 成長に必要な土台は、もうできている。その基礎体力と、元々の武器である後半の伸び。それを活かしてマイルのエースになるんだ。そして2大エースとしてチームを牽引し、まずは瑠那ちゃんと対等な存在になる!」

「な、なるほど? しかし私は、瑠那と同じ世界で戦いたいです。逃げるような真似は、もうしたくないんです」

「分かっているよ。私も瑠那ちゃんと競うことから逃げろとは言わない。ただ、戦う舞台を、200mにしたらどうかと提案したい」

「200mですか!?」

「四継のエースとして100mを極めた瑠那ちゃん、そこにマイルのエースとして400mを極めた陽子ちゃんが、互いの中間点、200mで挑むんだ。このまま自分の強みを理解しないまま、ショートスプリントで瑠那ちゃんの後追いをしていても成長は限られるだろう。だからまず、ロングスプリントで自分の強みを磨く修行をしてこい。そこで”心”が対等になってから、違う強みを持った者同士、200mで対等なライバルとして競い合えばいい」


 ロリ先生の理屈は乱暴だったが、陽子の気持ちを高揚させるには十分だった。

 瑠那と対等になるために、ひたすらに背中を追うことばかり考えていた陽子だったが、陽子と瑠那は別人なのだ。

 それぞれ全く違った強みと、弱みがある。

 100mで競おうとしても、陽子はきっと瑠那に遠く及ばないままだろう。

 400mで競おうとすれば、瑠那は専門外なので勝負とは言えない、つまり瑠那の孤独は消えないだろう。

 ロリ先生の言う通り、別々の道を歩んでから、交わるポイント、200mで競うことは合理的であり、現実的だ。

 

「200mなら……ロングスプリンターとして経験を積んでから200mで挑めば、瑠那と対等に、隣を走れるということですか?」

「あぁ、十分に可能性はある。言っておくがな、私は実現不可能だと思うことは絶対に言わないぞ。つまり、頑張れってことだ」

「ハイ!!」


 こうして、陽子は100mからは手を引き、200m、400mを主戦場とすることにした。

 瑠那の後ろではなく、隣に立つために。


「歌ちゃん、陽子ちゃん!」


 ロリ先生の声でハッと回想から現実に返る。

 審判員の腕章をつけ、仕事の途中なのかバインダーとペンを持ちながらロリ先生が走り寄ってきた。


「少しだけ仕事を抜けてきたんだが、間に合ってよかったよ。予選もなんとか見れたんだけど、一応、決勝前に顔を見ておこうと思ってなー」

「忙しいのに、ありがとうございます」

「決勝前にアドバイスもらえるなんて、心強いです」


 歌と陽子は、アドバイスを期待して感謝を述べるが、ロリ先生はきょとんとしている。


「え、アドバイス? ないよそんなの。お前達に今、何か言ったところで付け焼き刃にしかならないしなー」

「えぇ! そんなぁ」

「まぁ強いて言うなら、歌ちゃんは予選と同じ走りを意識すること、陽子ちゃんはそれについていくこと。くらいかな。結局さ、400mはこれまでの練習と、当日の根性が物を言うから。今まで頑張ってきた自分にプライドを持って、自分の走りを信じることができれば、2人とも都大会いけるよ」


 アドバイスがないと聞いて一瞬がっかりするが、「自分を信じられれば都大会に行ける」その言葉が何よりの励ましになった。

 決して実現不可能なことは言わないロリ先生に言われたからこそ、2人は自信を持って自分を信じられる。


「それじゃ、応援してるぞー」


 そう言って、ロリ先生は仕事に戻って行った。

 歌と陽子は招集受付をし、それぞれ5レーンと2レーンの腰ゼッケンを受け取る。

 更衣室でユニフォームに着替え、スパッツの腰にゼッケンを付けた。

 熱い夏を思わせる、オレンジ色のユニフォーム。

 走りを阻害しないセパレート式で、着ているだけで速そうに見える。

 胸元には『夏の森』の3文字。

 このユニフォームを纏えば、もう言い訳はできない。

 夏の森陸上部の一員として、先輩達と、そして瑠那のように”強さ”が期待される。

 自分の強さはチームの強さに、自分の弱さはチームの弱さに。

 瑠那の隣に立つためには、チームを背負う覚悟を持って、強くならなくてはならない。

 四継のエースとして、これから100mの決勝を走る瑠那に恥ずかしくないように。

 今はまだ追いつけなくとも、いずれ隣に立つために、マイルのエースを目指す者として、陽子は400mの決勝へ挑む。

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