29話 みんなのお昼ごはん事情
夏の森勢は順調に成績を伸ばした。
100mでは麻矢と瑠那が危なげなく1位、2位で決勝進出し、花火も予選落ちとはいえ、14秒切りの目標通り13秒82のタイムを記録した。
相変わらず終盤ではバテ気味だったものの、積極的に反発をもらう走り方はタータンと相性が良かったようで、他校の上級生とも十分に勝負になっていた。
「綾乃先輩! 都大会出場キップ1号、おめでとうございます!」
「ウェーイ!! ウェイウェイ!」
「序盤から先頭で引っ張るレース展開で組の1位、素晴らしい走りでした! ぜひインタビューを!」
「ウェイ! ウェイ!」
タイムレース1本勝負で実施された1,500mに出場した綾乃は、7位で既に都大会進出を確定させて勝利の舞をしている。
よほど嬉しいのか語彙力を失っており、真記をインタビューできずに困らせていた。
「みんなお疲れ様。綾乃さん、都大会出場おめでとう」
付き添いの香織とともに、蒼が戻ってくる。
「ウェ……あっ! ありがとうございます! 部長も、その手に賞状があるってことは……」
「えぇ、部長は跳躍1回だけで優勝よ。あとは自己ベストに挑戦するために跳んだだけ」
「うぉぉー!」
走高跳でも蒼が苦戦することなく優勝し、都大会出場2号を決める。
「午後は400mと100m、そして最後に四継の決勝ですね。みんな、しっかり食べて決勝も頑張りましょう」
蒼はそう言うと、巨大なドラム型の弁当箱を取り出す。
白米だけが入っており、一体何膳分あるのか。というくらいに大きいが、さらにタッパーを取り出しておかずも食べる。
「部長って、涼しい顔してかなり食べますよね……」
「食べる量と強さは比例すると聞くけど、あれはなかなか真似できないかな」
花火と伊緒はみんなの昼食事情を興味深そうに観察する。
大食い派が4人、普通が4人、小食派が2人という構図だ。
もっとも、小食派には小さなおにぎりを食べているマネージャーの香織が含まれるのだが。
内容も様々で、麻矢は近所のマクドナルドで大量に買ってきたハンバーガーを並べては美咲に小言を言われている。
歌は料理の腕に自信があるようで、自分で用意したという家庭的な雰囲気の弁当(3人前相当)を持参していた。
陽子は蒼と同様に大型の弁当箱だが、予備なのか、カバンの底にはゼリー飲料が大量に入れられていた。
「陽子さんのアレ……触れていいんでしょうか」
「あれは過去にトラウマで、競技場を見ると食事が喉を通らなくなった時期があるみたいで、いざというとき栄養補給できるようにお守り代わりらしいよ……」
「今はちゃんとお弁当を食べられてるようで安心しました……」
トラウマの主、瑠那は量は少なくないものの、カロリーメイトとサラダチキンという無機質な組み合わせだ。
綾乃はコンビニ弁当とホットスナックを食べており、どこそこのコンビニの新作弁当が美味しい。などと語っている。
美咲はエネルギー吸収の効率性を重視し、油ものを控えた和食ベースだ。しかし麻矢に『おばあちゃんみたい』と馬鹿にされている。
「食事にも個性が出るんですねえ」と感心している花火は、焼きそばパン、コロッケパン、カレーパンなどひたすらにパン、そして炭水化物だ。
「花火ちゃん、パン好きなの?」
「パンはいいですよ! お米も好きですが、パンの方が常温で運びやすいので」
炭水化物はエネルギーの元になるため、大会当日などエネルギー消費が激しい日には非常に重要だ。
知ってか知らずか、花火の選択は悪くない。
「伊緒さんは普通のお弁当ですね。お腹空いちゃいませんか?」
「そうなんだけどね、なかなか一度に量が食べられなくて。でも、こまめに食べようとおやつをたくさん持ってきてるよ」
そう言って、伊緒はどら焼きの箱を見せる。
「どら焼きとは、意外なチョイスですね」
「お菓子は少量でも多くのカロリーを摂取できるから、私みたいに量が食べれない人には助かる存在なの。それに餡子はエネルギー補給に向いていて、最近は飲む餡子なんてスポーツドリンクが生まれるくらいなんだよ。その二つが合わさったどら焼きは、まさに私にぴったりってわけなの」
「なるほど、伊緒さんは流石、スポーツに詳しいですね!」
「人それぞれどんな食事が向いてるかって違うだろうけど、才能がない分、少しでも差を縮めたいから……。まぁ、大会当日にチキンナゲットばっかり食べてても、関係なく世界記録を出しちゃった選手もいるんだけどね。ウサインボルトっていう」
「えぇ!? ボルト選手は流石、食事まで規格外ですね……」
伊緒は「流石に若い頃だけで、後に改めたらしいけどね!」と付け加えてから、スマホで400mの決勝スタートリストを開く。
予選のタイム順に2組に分けられるため、9位の歌が2組目のトップとして5レーンに配置されている。
そして14位の陽子が2レーン、ややコーナーはきついが、歌を見ながら走れる点は外側よりもメリットだ。
仮想敵となる13位、12位の選手と陽子の差は、予選のタイム上ではさして大きくない。
まだ400mを1回しか走ったことのない陽子は経験不足だが、逆に十分な伸びしろがあるとも言える。
経験豊富な歌をペースメーカーとして追っていけば、予選以上の走りができるはず、そうすれば順位も……。
伊緒には応援しかできないが、かつての憧れを、今は友人として、チームメイトとして、より近くで応援しようと思った。
瑠那の背中は遠いだろう、しかし陽子が追いかけると決めたのだ。
ならば、先は果てしなく遠くとも、その背中を押すのは友人の務めだ。
しっかりとエネルギー補給を終え、レースの招集に向かおうとする陽子に声をかける。
「陽子、まだまだ速くなれるよね?」
「もちろん。そのために……まずは今からちょっと、勝ってくるよ」
白い歯を見せ、明るく笑う陽子。
かつての敗北者の姿ではない、戦いに向かう戦士の姿だ。
伊緒は陽子の表情を見て安心し、同じく笑顔で陽子を送り出した。




