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23話 立身大付属

「さて、今回の仮想敵は先述の立身大付属よ。伊緒ちゃんと真記ちゃんが協力してくれたから、その調査結果をもとに報告するわね」


 そう言うと、香織はホワイトボードに『立身大付属の戦力』と書いた。

 

「まず単純な部員数だけど、うちの10倍、つまり100人規模で部員のいる強豪校よ。中学時代からハイレベルに鍛え上げられている内部進学組に加えて、中学時代に活躍した選手を他校から集めた高校入学組、いわゆるスポーツ特待生もいるわ。短距離中心のうちと違って種目が分散しているとはいえ、選手層の厚さは段違いね」


 花火が「ひゃ、ひゃくにん……」と空を仰ぐ。


「立身大付属のリレーメンバーは流動的で、競争を勝ち抜いてレギュラー入りをしても、弱者と見なされればすぐに交代させられる超実力社会よ。そんな中で固定メンバー化しているのはたった2人だけ。注意すべきは3年の渋沢栄子(しぶさわえいこ)さんと、2年の松下幸(まつしたさち)さん。この2人は四継、マイル両方の決勝に出てくるでしょうね」

「あれ、今年は関東6強の一角が内部進学で入ってくるんじゃなかったか?」

「私もそう思っていました。地区予選で最大の敵は、彼女かと」


 麻矢と瑠那が疑問を口にする。


「それなんだけどね……どうやら彼女、『眠れる森の美女スリーピングビューティー』は内部進学せずに別の高校へ進んだようなの」

「では、彼女は一体どこへ?」

「分からないわ……既に陸上を捨てたという噂もあるけれど、真記ちゃんのネットワークで調べても情報が皆無なのよ」

「マジかよ……」

 

 関東6強の一角、『眠れる森の美女スリーピングビューティー』こと木下昼寝(きのしたひるね)

 中学時代に200mで東京都大会2位、関東大会3位という成績を誇った実力者だ。

 瑠那が現れるまで、東京南地区のショートスプリントにおいて絶対的王者は彼女だった。

 後半型で本来200mに適性のある陽子が、あえて100mに出場していたのも彼女を避けてのことだった。

 瑠那とは出場種目が被らなかったため、直接対決こそなかったものの、その実力は拮抗すると思われる。

 それほどの選手がなぜ? と陽子達は疑問に思わずにいられない。

 しかし上級生達は、何か察するところがあるようだ。

 

「あそこはな、本当に殺伐としたチームなんだ。監督がかなり厳しいヤツでな、勝利至上主義が末端まで浸透しているんだ……確かに強いは強いんだが、馴染めずに去っていく選手が、これまで何人も出てる」


 ロリ先生が苦々しげに言う。

 自身の方針とは真逆をいく監督に、あまり良い感情は持っていないのだろう。

 

「去年は、中学時代に200mで全国制覇をしたほどの選手ですら、高校進学のタイミングで立身大付属を去っています」

「あぁ『花の姫君(プリンセス・フルール)』……あれは衝撃的でした。まさかわざわざ神奈川の、花見台女子学園に進学するとは。幸い、今も変わらず陸上は続けていますが」


 伊緒が説明すると、歌は同学年だからか少し寂しそうに言う。

 陽子の世代で瑠那達”関東6強”が筆頭格として語られるように、歌の世代では”姫君(プリンセス)”と呼ばれる選手達が名を馳せた。

 そんな存在が母校を捨てるのは、よほどのことがあったのだろうと今でも噂されている。


「毎年、エース級の選手を放出しているからな。よそのチームとはいえ心配になるな……悪いね香織ちゃん、続けて」


 はぁ……とため息をついてから、ロリ先生は香織に続けるよう促す。


「……続けますね。過去の傾向からして、あまり奇をてらったオーダーはしてこないと思うわ。四継は主力の2人を2走と4走に、マイルは1走と4走に配置すると想定しているから……」


 香織はホワイトボードにオーダーを書き、名前の横に有利不利を示すマルバツをつけていく。


「四継は1走、2走、4走でうちが有利を取れると思うわ。3走は相手次第だけど、コーナーとバトンの技術を含めれば悪くても拮抗に持っていけるはずよ」

「今年は1走に瑠那さんを置けるのが、だいぶ心強いですね。全国レベルのチーム相手でも、まず1走では負けることはないでしょう」

「蒼ちゃんの言う通り確かにめちゃくちゃ贅沢だが、1走は他の区間に比べて距離が短い! 取れるリードは限定的だと思った方がいいな。タイムは3年トリオ次第になるぞ」


 四継のオーダーには様々な戦略があるが、直線かつ最も長い距離を走れる2走にエースを置くことが多い。

 そして直線かつゴール前で競り合いになる4走には、速くて、かつ強い選手を置くことがセオリーだ。

 3走にはコーナー走の技術に加えて、2大エースの間を繋ぐバトン技術も求められる。

 結果的に、1走はスタートという大任があるものの、エース級の選手はあまり配置されない。

 走る距離が短く、バトンも渡すだけで済むからだ。

 そういった中で、1走への瑠那の起用はかなり贅沢だと言える。

 もっとも、瑠那はリレー経験がなくスタートが速いという選手なので、1走は適任ではあるのだが。


「マイルは四継よりも厳しくて、正直、4走の部長以外は明確な有利を取れないわ。特に1走は1秒以上先行されると思ったほうがいいわね。勝負は2走、オープンレーンになるところでどのポジションにつけるか。ここでトップを取り返せなければ……去年のように、部長に頼ることになるわ」


 マイルのレギュラーが「それは困る」といった表情になる。

 四継は瑠那の加入でかなりの戦力増強となったが、本来の夏の森は、かなり蒼頼りなチームだ。


「地区予選までなら、蒼ちゃんに頼って最後に抜き返すってこともできるだろうが……その戦い方は、上を目指すなら通用しないからなー。今回の目標は、4走にトップで渡すこと! 分かったなー?」

「「りょうかい!」」

「ふふ、楽できることを期待していますよ」

 

 期待していると言いつつ笑う蒼と「絶対トップで繋ぐ!」と元気に返事をするリレーメンバーを見て、ロリ先生は笑顔になる。


(うちの子達は、負けず嫌いで、それでいて仲間想いな……いいチームに育ってくれたよ。本当に)

 

 全てを捨て去って、勝利だけを得ることはロリ先生の望むところではない。

 反対に、結果にこだわらず、本気で取り組まないことも望まない。

 勝利を求めることを押し付けるつもりはない。

 ただ、本気で勝利を求める過程にこそ価値があり、だからこそ楽しいのだと知っている。

 その末の結果が勝利であれ、敗北であれ、本気で挑んだならばきっと糧になるだろう。


(リョウ……お前のチームは、この子達みたいに笑えるのか?)


 ロリ先生は、かつての仲間に心の中で問いを投げかけた。

 どちらのチームが強いかは、今週末に決まることになる。

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