21話 夏の森陸上部の練習
入部から2週間。
非常に濃密な時間だったと、陽子は振り返った。
陸上部の練習日は、日曜を除いた週6日間。
月曜から金曜までは放課後、土曜は朝8時から12時までだ。
練習の負荷は月曜が普通、火曜が重め、水曜が普通、木曜が重め、金曜が軽め、土曜が地獄。というサイクルで回っている。
陽子は花火のテンションを基準にしてその日の負荷を測っているが、木曜の練習後には、普段ハイテンションな花火ですら無言でスポーツドリンクを飲み続ける機械と化していた。
伊緒と瑠那も体力はあまりなく、新入生の中では中学時代に積み上げた体力がある分、陽子が一番マシという状況だ。
しかし練習負荷は中学時代の比ではなく、体力自慢の陽子でさえ日曜は泥のように眠るという有様だった。
「今週も始まったなぁ」
「私、練習後に酸欠で吐かないで部室まで帰り着くことだけが目標よ……」
「先輩達、同じどころかもっと負荷の重い練習やってもピンピンしてるとか、自分と同じ人間か不安になるよな」
「よかった、それ思ってるの私だけじゃなくて」
教室を出て、部室を目指しながら陽子と伊緒は頭を抱える。
「処刑台に自分から向かってる気分だけど、でも、やっぱり面白いんだよなぁ」
「そうね、たった2週間でも少しずつ成長を感じられるし」
「ダイナミックストレッチは相変わらず全然できないけどな!」
「花火、ダイナミックストレッチできなさすぎて、リズム天国やり始めたらしいよ」
「それは……練習になるのかなぁ」
練習はきつかったが、いつも新鮮で面白かった。
中学時代、陽子がやっていた練習は簡単に言えば『走り込み』と『筋トレ』そして真似事の『ドリル』だけだった。
特に代わり映えのしない練習は、ひたすらに基礎体力を培ってはくれたが、専門的な練習には程遠かった。
また、特定動作を繰り返すことでフォーム矯正に効果がある『ドリル』も、意図や効果が説明されないままやっていたので、実質的に効果はないに等しかったように思う。
結果、中学3年間の陸上部生活では基礎体力の向上と試合での経験値、これだけで記録を伸ばしていたことになる。
このことをロリ先生に伝えると「昭和かよ、よく故障しないでやってこれたな」と呆れていた。
ロリ先生の作る練習メニューは非常にバリエーション豊かで、かつ、毎回その練習の意図や効果を説明してくれる。
さらに改善すべき点や上手くいった点を本当によく見ており、個人個人に的確なアドバイスまでしてくれる。
練習中に付きっきりというわけではないが、ロリ先生がいないときは経験豊かな3年生が指導してくれることもあり、陽子達にとっては毎日が発見や気付きの連続だった。
だいぶ部活に慣れた陽子であったが、この2週間で2つ分かったことがある。
1.瑠那は本物の天才。だが、万能ではない。
結果として速いのは既知のことだが、練習へ取り組む姿勢のストイックさと、身体の動かし方が段違いにハイレベルだ。
70mを1分に1本走るという地獄のようなインターバル練習をしていたとき、陽子達はつい走り切ることだけに意識が向いてしまい「ただ走るだけなら、吐くまでやっても意味ねーぞ!」とロリ先生に怒られた。
この練習は、100mを走るときにフォームが崩れ始めやすい70mまでに距離を絞って数をこなすことで、複数種目に出場しているような疲労の溜まった状態でもフォームを崩さず走る実戦練習だったのだ。
つらさのあまり、説明されていた意図をすっかり見失っていた陽子達とは違い、瑠那は最後までフォームを維持しようと努力をしていた。
またテクニックが求められる練習なんかは初見でも完璧にやってみせるほどで、もはやフォーム矯正なんて不要じゃないかとすら思わせる。
しかしロリ先生曰く、今は不要に見えても、やはり基礎スピードが上がったときのキレの良さに繋がるらしい。
そんな瑠那だが、体力に関しては陽子以下だ。
本番ではフォームの良さで体力の減りは抑えているものの、練習では後半になるにつれてフォームが乱れだし、同時にスピードも一気に落ちる。
本番は1本勝負じゃないため、この弱点を克服するべく地道な体力作りが課題となった。
2.リレーメンバー、特に3年生の実力は本物。
ショートスプリントの1本勝負なら、瑠那は部内の誰よりも速かった。
しかし走る距離や本数が増えるにつれ、その関係性は逆転していく。
個人種目に加えてリレーにも出場するため、本番を見据えた体力作りをしたとのことだ。
陽子が何より驚いたのは、100mを専門とする麻矢が400mでも相当な実力者だったこと。
マイルリレー(4×400mR)を走るため、専門外の400mもしっかりと練習しており、これは少人数でリレーメンバーが枯渇気味の夏の森だからこそだろう。
しかし決して専門種目である100mにとって無駄なわけではなく、終盤の失速が克服できたと麻矢は語っている。
入部してまだ僅かだが、少数精鋭とは、まさに今の夏の森の状況を言うんだろうな。と陽子は確信した。




