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15話 コーナーの罠

「さぁバトンは2走へ渡り、徐々にポジションが明確になってきました! サッカー部、バスケ部、ソフト部が先頭争い、第2集団とは差が広がってきました!」


 第2集団の中でバトンを受け取った伊緒は、団子状になりながら6位を走っていた。

 1走区間の終盤では体力の差によって順位の変動があったが、バトンを受け取ったばかりの2走は全員まだまだ元気だ。

 すぐ近くをライバルが走るという状況で、自然とペースは速くなる。

 先ほどの1走区間を見て、序盤はセーブしようと考えていた選手もいる。

 しかし、アドレナリンと周囲のスピードが感覚を鈍らせ、本人達の自覚以上にペースは加速した。

 

(皆、だいぶ速い……! でも、このペースで走り切るだけの力は今の私には……ない。でも、これ以上順位を下げる訳にも……だったら!)


 早々に直線区間が終わり、コーナーへ突入する。

 伊緒はペースを合わせることをやめ、極力無駄なエネルギーを使わないよう徐々に力を抜き、減速する。

 すぐ後ろを走っていた選手達も最初は気付かずに一緒にペースを下げるが、4位と5位の背中が遠ざかることでペースダウンに気付いた。


「おっとここで6位を走る陸上部新入生チームがペースダウン! まだ序盤ですが、これは体力温存ということでしょうか?!」

「……そうだな。伊緒ちゃんはマネージャー志望で元々走力に自信がある訳じゃない。冷静に戦力分析した結果の判断だろうけど……」


 ロリ先生は何か引っ掛かるようで、りんご飴を舐めたまま真面目な顔で注意深く見つめている。


(さぁ、どう……? 私を抜かないと3位以内は狙えないんじゃない?)

 

 これ以上、先頭集団との差をつけられてたまるか。とばかりに、痺れを切らした7位の水泳部が追い抜きを図る。

 しかしコーナーの外側を走る以上、大回りとなって走行距離は増えてしまう。

 本来は直線まで我慢する方が距離的にはベストだが、このペースではそれまでは待っていられないと判断したのだろう。


「7位の水泳部が外側から追い抜きにかかるようです! それに続いて8位以下も追い抜きの姿勢に走りましたね!」

「確かに、勝ちを狙うならこのペースに付き合ってられないよなぁー。しかし……ここはコーナーだぞ!」


 様子を伺っていた他の選手達も加速をし、伊緒を追い抜きにかかる。

 水泳部が伊緒に並んだところで、伊緒はそれを横目で確認する。

 

(かかった……! いくよ、弱者なりの戦い方、見せてやるんだから)


 追い抜こうとする水泳部に合わせて、伊緒も再加速する。

 しかしあくまでじわりじわりと、体感的にはペースが変わっていないように見せかけて。

 これから追い抜こうとしていた選手達は、元々大回りで距離が増えることも、その為に加速が必要なことも織り込み済みだ。

 だからこそ、認識が遅れた。

 再加速した伊緒のペースに合わせて、当初の想定よりも強く加速する。

 しかし、ギリギリ抜かれないように伊緒もペースを調整する。

 すぐに抜き去るつもりが、無駄に大回りをしたまま、距離だけかさんでいく。

 並走し相対的なポジションが変わらずとも、伊緒より走る距離が増えている分、より早いペースで走らなければならない。

 

「水泳部、陸上部新入生チームを追い抜きにかかったものの、なかなか抜けません!」


 実況が聞こえたのか、いい加減追い抜かないとまずいと思ったのか、水泳部が仕方なく全力の加速をする。

 続いて、他の選手達も多少無理をする形で加速をし、伊緒を追い抜いていく。


「水泳部が再加速! なかなかのスピード! 後続も続き……陸上部新入生チームは10位へ後退!」


 伊緒が第2集団の最後尾へと後退したところで、追い抜き劇にギャラリーは盛り上がる。

 やはりレースは、抜きつ抜かれつのバトルが一番盛り上がるのだ。

 しかしそんな盛り上がりの中で、追い抜いた選手達だけでなく、ギャラリーも徐々に違和感に気付きだす。


「どうしたんでしょうか、追い抜き終えた選手達がそのまま外側を走り続けています!」


 伊緒を追い抜いたのだ、外側で無駄に距離を走る必要はない。

 しかし何故か、全員が外側を引き続き走っており、その表情には困惑と苦悶が現れていた。


 正規の陸上競技場は400mトラックだが、今回のレースは300mトラック。

 必然、コーナーはやや急になる。

 400mトラックですら、1レーンはコーナーが急なため、スプリント種目で敬遠されるレーンとなっている。

 加速区間がコーナーとなる種目である200mでは、周囲がよく見えつつもコーナーが緩やかな6、7レーンでタイムが出やすいという常識さえある。

 あえて9レーンを用意し、2レーンから9レーンの使用とする競技会も一般的にあるくらい、インコース、つまり1レーンのハンデは大きい。

 さて、それでは300mトラックのインコースとは……当然のことながら、競技場の1レーンよりもさらに急なコーナーだ。

 さらに地面は土。スパイクを履いていないのでグリップも効かない。

 そんなところで急加速をすればどうなるか。


(こんなところで全力の加速なんてしたら……曲がり切れずに膨らむか、無理にインコースを攻めて転んじゃうか。減速するって手もあるけど、間に合わないよね。さぁ、先輩方はどっちを取るのかな?)


 上位を目指すなら、転倒だけは回避しなくてはならない。

 よって、全員が不本意ながら大きく膨らみながら外側を走っていた。

 伊緒は自分のペースを守りながら、インコースにべったりと張り付いて最短距離を走り続ける。


「これは勿体ない! 大きく走行距離をロスしています! しかし1走を含め他の選手達はここまで膨らみませんでした。一体なぜ、今、追い抜きをした選手達だけが膨らんで外側を走っているんでしょうか! 解説のロリ先生、お願いします!」

「はい、かのん先生だぞー! 重要なのは”姿勢”だな。加速の姿勢と、スピードに乗ってからの姿勢は別物だが、今回はこれが影響しているんだぞ」

「つまり彼女達はコーナーの途中で加速姿勢を取ったから。ということでしょうか!」

「そうだぞー。未経験者にもイメージしやすいようにザックリ言うと、加速するときには前傾姿勢になるんだ。そして前傾姿勢とコーナー、特にコーナーの頂点あたり、方向転換する箇所は踏ん張りづらく、相性が極めて悪い! 遠心力に対して踏ん張りが足りなくなると、ああなるんだなぁー」


 コーナー走は単純に見えて、実際には非常に高度な技術が求められる。

 スピードが上がれば上がるほど外側に振られる遠心力が強まるため、それと釣り合う力が必要になるからだ。

 そこで、身体を内側に傾けることで蹴るベクトルを真下から斜めにし、外側を蹴る走り方になるのだ。

 しかし蹴る力で遠心力と釣り合わせるということは、当然ながらそう簡単ではない。

 無理に蹴れば体力を消費してしまうばかりか、走りの流れを損ないギクシャクとした動きになってしまう。

 かと言って蹴る力が足りなければ、当然、外側へ膨らんでいってしまう。

 スピードとコーナーの角度に合わせ、適切な力で地面を蹴る。そういった繊細な制御が、インコースを攻める際の肝になるのだ。

 

 ロリ先生の言う、前傾姿勢とコーナーの相性が悪いというのはこれに関連する。

 加速するため前傾姿勢をとったとき、接地位置はおのずと重心から見て後方寄りとなる。

 逆に、スピードに乗って体を起こしているときは前方寄りだ。

 そしてあまり知られていないことだが、人間の脚は後方へ蹴るときよりも前方へ蹴るときの方が、より強い力を発揮できる。

 制御の難しさは同様だが、体力のことを考えれば当然、前方へ蹴りたいところだ。

 

 追い抜いて行った選手達は、遠心力に対して蹴る力が不足してしまった結果、外側へ振られてしまったのだ。

 速く走ろうと思えば距離を走らなくてはならない。

 最短距離を走ろうと思えば加速ができない。

 無理をすれば転倒してゲームオーバー。

 見事な、ジレンマが築かれていた。


 伊緒は自他ともに認める陸上オタクだ。

 身体能力には恵まれずとも、知識だけならば並みの陸上部員を遥かに上回る。

 当然、陸上競技を知らぬ者達相手であれば、さらに知識の差は広がる。

 さて、自分よりも強い相手を狩るとき、人類はこれまでどうしてきたか。

 そうだ。知識を活かし、罠を張ってきた。

 無知な相手に、罠の効果は絶大だ。


(さぁそろそろ直線……もう体力は残っていないでしょう? ここで、狩らせてもらう!)


 全て、伊緒の計画通りだった。

 純粋な走力で競い合えば勝てない、ならば前提を変えてしまえばいい。

 走力が違うなら、距離というハンデをもらおう。

 しかし、普通に走っていればハンデなんてくれるわけもない。

 だから伊緒は、罠のために餌をまいた。

 こいつは遅い、抜けるぞ。そう思わせるための減速だ。

 あとは相手に多く走らせ、体力を奪えばいい。

 どれだけのスピードを誇っていても、体力が切れれば無力なことは1走の花火から学んだ。

 最後に、直線に戻るタイミングで温存していた体力を開放する。

 そうすれば、真っ向勝負で劣る伊緒のスピードでも抜き返す、あるいは差を無くした状態で陽子にバトンを繋げるはずだ。

 6位相当の順位で繋げば、あとは陽子と瑠那で、まだひっくり返すことができる。

 これまで彼女達のレースを見守ってきた、伊緒にしかできない冷静な分析だった。


 ただ一つ、見落としていた要素を除いて。

 いや、無意識に、考えても無駄だと、あえて見ないふりをしたのかもしれない。

 何故なら……伊緒の取れる打ち手が皆無な、この状況で全てにおいて上手な存在だからだ。

 陽子達と同様に全てのレースを見守ってきた伊緒は、そのことをよく知っていた。

 

(まったく伊緒ちゃん、すっごいクレバーな作戦だったわ! お陰でちょうどいい隙間が空いてるじゃない。ありがたく使わせてもらうわよ!)


 後方から突如現れた彼女は、蛇のようにするりと伊緒の隣をすり抜ける。

 まったく苦戦する様子のないスピード、的確なコース取り。

 サイドテールの髪をなびかせて駆け抜けた彼女。

 その表情は遊具を見つけた子供のように心底楽し気で、遊んでいるかのような余裕を感じさせた。

 そしてその後、その場にいた全員が驚くことになる。


「ここで陸上部上級生チーム、圧倒的なスピードで追いつき……インから抜いたー!?!?」

 

 陸上部3年、葉山美咲(はやまみさき)

 専門種目は200m、特技は……インコースぴったりを攻める、完璧なコーナー走。


「先生、今、美咲先輩がインから抜きましたけども!」

「あぁ、ついに追いついたな。部内一の技巧者が!」

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