婚約破棄されましたが全てが計画通りですわ~嵌められたなどと言わないでください、王子殿下。私を悪女と呼んだのはあなたですわ~
「僕は君のような悪女を愛せない」
王宮の広間で、第一王子クラント・ハイマス殿下は私にそう告げました。
集まっていたここで働く従者たちが、ざわめきと共に私たちを見つめています。
「君の浪費癖や陰湿ないじめ、もう我慢の限界だ。愛することは出来ない」
浪費癖や陰湿ないじめ……。
全く心当たりがありません。
しかし、愛せないときましたか。
そうしますと、次の言葉は……
「僕は君との婚約を破棄するよ、マーガレット・フェイン嬢」
やはりそうですよね。
そのセリフが来ると思いましたわ。
本当、予想を裏切らない王子様ですこと。
国王陛下が隣国へお出かけになられ、城を一時的にクラント殿下に任せた途端の暴挙。
正直に言って、こうなることすら予想済みでしたけど。
クラント殿下から愛されていないのはもちろん、彼の愛情がどこへ向かっているのかも気付いていましたから。
きっと国王陛下がお戻りの際には、あれこれ理由をつけて私との婚約破棄を正当化するのでしょうね。
「さあマーガレット、もちろん婚約破棄には同意するだろう?僕は第一王子、今この城で一番偉いのも僕だ。まさか否定なんて……」
「当然ですわ。誠に残念ではございますが、婚約破棄を了承いたしますわ」
ちっとも残念ではないのだけれど、少しばかりのサービス精神で言葉を添えて差し上げます。
それでもこの傲慢で自分勝手な王子様のお気には召さなかったみたいです。
彼の顔が少し不機嫌になりました。
ひょっとして、私が婚約破棄を撤回してくれるよう懇願するとでも思っていたのでしょうか。
それこそ残念ながら、そこまでのサービス精神は持ち合わせていません。
「ふん。まあいい。みんな、よく聞け。僕はもうすでに新たな婚約者を決めている」
クラントの視線が、広間にいる1人のメイドへと注がれます。
彼女の名前はシエル。
私の身の回りの世話をしてくれている、大切な侍女です。
そう。
シエルこそが、本来私に注がれるはずの愛情が向かっていた先なのです。
「シエル、前へ」
シエルの方も、クラントからの好意に気付いていたのでしょう。
迷うことなく、王子の隣へ並び立ちました。
広間のざわめきを鎮めるべく、クラントは1つ咳ばらいをしてから私に語りかけます。
「どうだ?自分が今までこき使ってきた侍女に座を奪われた気分は。そうだ、お前は今日からシエルの侍女になれ。完全に立場逆転だな」
クラント殿下が勝ち誇ったように笑います。
こき使った覚えなど、まるでないのですけれど。
ですが、してやったりという態度がむかつきますわね。
軽くパンチを入れて差し上げますわ。
「それはそれは。婚約者として不十分だった私を追い出さず、城に残し職を与えていただけるなんて。寛大なお申し出に感謝いたしますわ、クラント殿下」
「貴様!」
あらま。
王子がお怒りです。
さすがに、嫌味が伝わってしまったようですね。
「ええい、不愉快だ。おい、こいつをつまみ出せ!」
「では私が」
軍隊長のグレンが私の肩を抱き、王宮から退出させます。
外に出され、扉が閉まる瞬間。
私はシエルと目を合わせました。
彼女が勝ち誇ったようにニヤリと微笑みます。
私もまた、彼女に微笑み返すのでした。
「はあ、ここまで上手く行くとは思わなかったなぁ。あ、いや、思っていませんでしたわ。王子殿下の婚約者になるんですもの。言葉にも気を付けないと」
第一王子の婚約者に与えられる部屋。
椅子に腰かけたシエルが楽しげに笑っています。
対する私は無表情で返しました。
「あまり調子に乗らないことよ」
「まあ怖い。平静を装っていても、やはり婚約破棄されたことがショックなんですの?」
「誰がショックを受けるものですか。むしろ喜ぶべきだわ」
「ふふっ。ともかく、私がこれからあなたにお仕えすることもないわけですね」
シエルは相変わらず楽しそうです。
でも私は無表情を貫きます。
強がっているわけではありません。
本当に何のダメージも受けていないのです。
だって、全ては私の計画通りに動いているのですから。
クラント殿下にしてもシエルにしても、私の手元にある駒でしかないのです。
「そういえば、明日には私とクラント殿下の婚約を明確にする儀がなされるそうですわ。楽しみですわねぇ」
「そう」
早速、婚約の儀ですか。
やはりあの王子、予想したとおりに動いてくれますわね。
駒としては優秀なのですが、第一王子としては不十分としか言えません。
私は心の中で呟きます。
『明日が楽しみですわね』と。
翌日。
昨日、婚約が破棄された広間で、今日は新たな婚約の儀が行われています。
それにしても、クラント殿下は国王陛下にどう説明するつもりなのでしょう。
予定では、あと1週間はお帰りにならないことになっています。
その間に考えるつもりでしょうか。
何にせよ、無計画な王子様です。
「さあシエル、おいで」
クラント殿下に招かれ、ドレスに身を包んだシエルが広間の中央に立ちます。
その顔はとても幸せそうです。
それを見つめるクラント殿下もまた、笑みを浮かべています。
でもその笑みは卑しいというか下卑ているというか……。
ともかく、純粋な愛情に基づいた笑顔ではありません。
きっと今晩のうちに、シエルを汚そうという心づもりなのでしょう。
「愛するシエル、僕との婚約を了承してくれるかな」
広間にいる全員が、固唾をのんでシエルを見つめます。
ふと、クラント殿下が私の方へちらりと視線をやりました。
きっと、私の悔しげな表情が見たかったのでしょう。
でも残念ながら、あなたの期待する表情を今から受けべることになるのはクラント殿下、あなた自身ですわ。
私は逆転劇の始まりを告げる笑顔を浮かべます。
その表情に王子が怪訝な顔をした時。
シエルが逆襲の一手を放ちました。
「クラント殿下、その婚約……」
「お断りいたします!」
広場をどよめきが包み、クラント殿下は大いにうろたえます。
まさか権力者である自分のプロポーズが、たかが侍女に断られるとは思っていなかったのでしょう。
「な、何を言っている!?正気か!?」
「至って正気です。私はあなたのような悪人を愛せません」
クラント殿下が私に告げた『僕は君のような悪女を愛せない』。
その言葉が、そのまま彼へと襲い掛かります。
「貴様!第一王子に対して悪人とは何事だ!」
「落ち着いてください!兄上!」
思わずシエルに飛び掛かろうとしたクラント殿下を、第二王子のリオル殿下が止めに入ります。
そんなリオル殿下をシエルがうっとりて見つめていることには、私しか気づいていないでしょう。
リオル殿下もまた、兄を静止しつつシエルと視線をかわしています。
本当にもう、この“バカップル”は……。
「クラント殿下」
私は怒りで顔を真っ赤にした第一王子の前に立ちます。
「お前だな!マーガレット!お前が彼女に婚約を断るよう、圧力をかけたんだろう!」
「とんでもない誤解ですわ。全ての計画を立てたことは認めましょう。ですが、圧力などは一切かけておりませんわ」
「計画?何のことだ!」
はあ、一から説明しなくてはならないのね。
面倒だけれど、せっかくシエルも頑張ってくれたことだしやらなくては。
「まず国王陛下が不在の間に、私が婚約破棄される。これは完全に予想通りで、計画の始まりでもありますの」
国王陛下が不在となれば、クラント殿下が暴挙に出ることは想像に難くありません。
そして私を婚約破棄するとなれば、新たな婚約者にはシエルを指名することでしょう。
彼は以前から、シエルに歪んだ愛情、いえ劣情を抱いていましたから。
しかしシエルが恋する王子はクラント殿下ではありません。
このままでは誰も幸せになれない。
あ、いえ、クラント殿下は幸せかもしれませんが。
だから私は一計を案じたのです。
私もシエルも幸せになるために。
「私は大勢の前で虚偽の罪を着せられ、婚約を破棄されて恥をかかされました。クラント殿下、今日はあなたが婚約を断られたわけですが、お気持ちはいかがですか?」
「マーガレット!お前は何という女だ!僕を嵌めたんだな!?」
「あら、私を悪女と呼んだのはあなたですわ」
「断じて許すことは出来ぬ!」
クラント殿下が手元にあった剣を抜き、私に迫ってきます。
怒りと恥で何も考えられなくなっているのでしょう。
今私を殺したらどうなるか。そんなことは、彼の頭の中にありません。
「死ね!」
クラント殿下が剣を振り上げた瞬間、広間に飛び込んできた誰かがそれを弾き飛ばしました。
カランカランと音を立てて剣が転がっていきます。
“彼”は堂々と、私を庇うように立ちはだかりました。
「何をする!グレン!」
“彼”、いえグレンが私へ向き直ります。
「遅くなりました。申し訳ございません」
「いいわ。計画通りですもの」
激高したクラント殿下が暴力に訴える。
これもまた、私の予想の範疇を出ないのです。
「さあ、茶番を終わらせましょう」
クラント殿下が再び剣を拾い上げようとした瞬間でした。
「そこまでだ!クラント!」
低く太い声が響きました。
広間の全員の視線が、入口へと注がれます。
そこに立っていたのは国王陛下でした。
「ち、父上!?」
「クラント、全てを見させてもらった」
「なぜもうお帰りに!?父上、違うのです。どうか僕の話を……」
「もういい!私はお前に何度も教えてきたはずだ。王家たる者、誰よりも人のこと、民のことを考えられなければならないと」
国王陛下は圧倒的な威厳をまとってクラントの前に立ちます。
今まで威勢の良かったクラント殿下が、まるで大人しくなってしまいました。
ヘビに睨まれたカエルとはまさにこのことです。
「これはチャンスでもあったのだ。私が不在となった時、お前がきっちりと城を治めることができれば、第一王子として適当であると考えることもできた。だがそうではなかったようだな」
「お、お待ちください……」
「ただいまをもって、リオルを第一王子とする」
「そ、そんな!待ってください!」
「黙れ!昨日今日を含め、お前がこれまでやってきたことの結果だ!」
国王陛下に一喝され、クラント殿下はその場にへなへなと座り込みました。
それを警備の兵士たちが連れ出していきます。
「集まってくれたみんな」
国王陛下が広間全体へと呼びかけ、頭を下げました。
「見苦しいものをお見せした。大変申し訳ない。このお詫びは必ず追ってすると約束しよう。今日のところは、これにてお帰りいただいて結構だ」
広間にいた客人、従者たちが続々と退出していきます。
そして広間には、国王陛下、私とグレン、シエルとリオル殿下が残されました。
「みんな、ご苦労だった」
ねぎらいの言葉に、みな一様に頭を下げます。
「バカ息子がこれまで迷惑をかけたな。特にマーガレット。恥もかかせたし、危険な目にも遭わせてしまった」
「とんでもございませんわ。国王陛下がお悩みということで、私が立てた計画ですもの」
「約束通り、協力してくれたお前たちの願いを叶えよう」
国王陛下の言葉に、シエルとリオル殿下の顔がパッと明るくなりました。
2人はあらかじめ、自分たちの願いは婚約であると国王に伝えていたのです。
昨日、部屋でシエルが言っていた「王子殿下の婚約者になる」とは、もちろんクラント殿下、いえクラントとのことではありません。
計画が成功した先にある、リオル殿下との婚約のことです。
初めから、シエルもグレンも私の仲間だったのですから。
「さあ、今日はゆっくり休みなさい。マーガレット、グレン。2人の願いが決まったら、遠慮なく教えてくれ」
「はい」
「感謝いたします」
私たちは最後に国王陛下へ一礼して、広間をあとにしたのでした。
数か月後。
シエルとリオル殿下の結婚式が行われました。
今日から正式に夫婦となり、一緒に歩んでいきます。
そうそう、クラントはといえば、自分を見つめ直してこいとの国王陛下のご命令で、辺境での労働を見つめられたそうです。
まあ、あの人間が簡単に変わるとは思えませんが。
「お待たせしました」
結婚式の晩。
私はグレンから中庭に呼び出されました。
先に来ていたグレンに声を掛けると、彼は私をまっすぐに見つめて言います。
「来ていただきありがとうございます。どうしても、お話ししたいことがございます」
「そう固くなる必要はありませんわ。今の私は王子の婚約者でも何でもないのですから。それでお話って?」
「マーガレット様」
「はい」
「私と婚約していただけないでしょうか」
え……?
えええ……?
えええええ……?
あの堅物で有名なグレンが……私にプロポーズ……?
驚く私に、グレンはなおもたたみかけてきます。
「実は初めてお会いした時に、どうにも惹かれてしまったのです。いわゆる一目惚れということでしょうか。もちろん、第一王子の婚約者であるあなたにこんなことをお伝えするわけにもいかず……。ですが今なら……その……」
「婚約破棄されてくれたから伝えられると?」
「そ、そんな言い方はしていません。いや、その、言いたいことはそうなのかもしれませんが……」
「気になさらないで。少しからかってみただけですわ。私、悪女なので」
「とんでもありません!あなたは悪女などではない!頭が良く芯の強いとても素敵なお方です!」
まあ、グレンってこんな人間だったのですね。
もくもくと職務を果たす姿しか知りませんでした。
でも今の彼は、慌てたりストレートに想いを伝えたり、いろんな表情を見せてくれています。
それに、斬りかかろうとしたクラントから私を守ってくれた時、私の心が少し揺れたのもまた事実なのでした。
「いいのですか?私で。あんな計画を立てる女ですよ?」
「マーガレット様のこと、もう誰にも悪女とは呼ばせません。もちろん、マーガレット様ご自身にも」
グレンの言葉に、私の中で張りつめていた何かがプツンと切れるような気がしました。
それはひょっとしたら、悪女を演じようと知らず知らずのうちに心の中で自分の首を絞めていた糸だったのかもしれません。
そしてまた、この数か月の間、立場を失った今後の人生をどう生きていくかを悩んでいた、その苦しい糸でもあったのでしょう。
「グレン」
「はい」
「怖かった」
「はい」
「本当は怖かったのです。余裕ぶって平静を装って悪女として努めましたわ。自分の考えた計画ですもの。でも怖かった。失敗したらどうなるんだろう、殺されるかもしれない、シエルやリオル殿下の人生までめちゃくちゃにしてしまうかもしれないって……。それにこれからの人生も不安でしたの。国王様のご厚意で、王宮には置いていただいていましたけれど……」
あれ?どうしたのでしょう。
なぜか涙が出てきました。
気付かないうちに相当なプレッシャーを抱え込んでいたのかもしれません。
「マーガレット様」
「はい」
「これからは私があなたをお守りします。私と一緒ならもう2度と悪女を演じることはありません。そんなことはさせません。私と一緒に歩んでいただけませんか?」
私は思わず、グレンの胸元に涙で濡らした顔をうずめてしまいました。
愛だ恋だと考える前に、体が動いてしまったのです。
彼が私を安心させてくれると、本能で感じたのかもしれません。
「私、国王陛下への願いを決めましたわ。グレン、あなたとの婚約を望みます」
「マーガレット様……っ!」
グレンががっちりした腕で、優しく抱きしめてくれます。
私は色々な感情がぐっちゃになった涙を流しながら、彼を抱きしめ返すのでした。
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