月夜にて、あるいは闇夜にて
いい月夜だね、お嬢さん。
うん……。
って誰? あんたたち。
それにお嬢さんって……あんたも子供じゃない。
うふふ、いいね。身の程を知らない。世間を知らない。
だから自分の限界も知らない。運命に抗うものの絶対条件。
だから、誰なの、あんた。
満月が好きな、ただの妖怪。あなたと同じね。
同類のよしみで一つ、いいことを教えてあげる。
いいこと……?
私たちの力は、月から貰うものではないの。
全ての力は、自分の内にある。
月はただ、その力を引き出してくれるだけ。
それに気づけば、満月はいつでも、あなたのすぐそばにある。
……なに言ってんのか、わかんない。
そうね、私もわからない。霧の向こうはよく見えないから。
でも、これを教えることで、きっとあなたの運命は変わる。
はぁ……?
ねえパチェ、この子に本を読ませてあげて。
月の魔術に関する本がいい。
え? そんな、大事な本が獣くさくなっちゃうじゃない。
くさくないもん!
うるさい。
……ねえレミィ、どうして?
そうすると面白いことが起きそうだから。
……いつものね。
わかった、ついてきなさい。
ただし、汚したり破いたりしたら敷き皮にするからね。
あと、とりあえず入れる前に洗うから。
さっきから勝手に何!?
いったい誰なのさ、あんたら!
ああ、今夜は本当にいい月だな。
美鈴、お茶とお菓子を用意して。この子の分もね。
……ほら、どうしたの? 来ないの?
進まぬ先には、道はないよ?
……行く。
◆ ◆ ◆
今日で、終わりにしましょう。
えっ!?
ど、どうして……!?
お嬢様に言われたことでもありますし、いろいろ教えましたけど。
でも、やっぱりあなたは、単に強くなる以上のことを求めてる。
そしてそれを、私が教えることはできないんです。
……今の幻想郷では、ね。
それ、は……。
……でも! 普通の修練なら、まだ……!
あなたは既に十分強いですよ。人狼としてはね。
これ以上、私が教えることはないくらいに。
ただし、別に褒めてるわけじゃありません。
もう、あなたには伸びしろがないんです。
少なくとも体術に関しては。
えっ……。
満月ならば、話に聞くその相手くらいなら、普通に勝てるでしょう。
でも、あくまで普通に勝てるだけです。
万全のあなたと戦うからには、当然そいつも警戒している。
「不慮の事故」が起きることはない。
たとえ満月の夜にそいつを追い出せたとしても……。
……そして、新月の夜には、「不慮の事故」は起きる。
新月でも、私にはっ……!
ええ、何やら作ってたのは知ってますよ。
でも無理です。あれでは絶対的な不利を覆すには足らない。
切り札と呼べるようなものじゃない。
そんなっ……。
……あなたにはもう、何人もの友人がいる。
近くから、遠くから、見守ってくれている人もいる。
本来の場所ではないけれど、暖かい居場所があるんです。
だから……。
それでもっ!!
……それでも、私はっ……私は、絶対にっ……!!
……繰り返しになりますけど。
あの技を使ったとしても、普通はまず勝てません。
一撃くらわせられるかどうかの持続じゃ、ほとんど役に立たない。
だから、諦めろって……!
落ち着いてください。本題はここからです。
普通じゃないやり方でなら、その半端な切り札でも勝つ道はある、と言ってるんです。
……!!
ただし、それは非常に危険な方法です。分の悪い賭けと言ってもいい。
そして、もしうまくいったとしても、決して二度は通じない。
だからそんな方法、たとえ知ったところで、何の意味も……。
教えてください。
……。
お願いします。
まあ、あなたがどうしても知りたいっていうのなら。
……念を押しておきますが、私が教えるのは、ただ一度だけ勝つ方法。
それ以上の意味はありません。その結果がどうなろうと知りません。
いいですね?
◆ ◆ ◆
紅魔館の状況に、変化はありません。
あの閻魔も、流石にそろそろ動くようです。
そうねえ。
まあ、こればっかりは決まりごとだしね。
……あの。
なぁに?
いえ、何でもありません。
あのね、藍。
はい。
あなたが考えることくらい、私にわからないと思うの?
……失礼しました。
言いなさい。遠慮はいらないから。
ただ少しばかり、助力などを、と。
うん。問題にならない範囲でなら、ね。
ありがとうございます。
随分あっさりと。そう思ったでしょ?
はい。
実利も多少は、とは考えましたが。
それもあるけど。
別に、あなただけからの願いでもない。そういうこと。
……成程。
縁というのは、本当に面白いものね。そう思わない?
まことに。