8話 アナのジュース屋は…
アナのジュース屋の屋台は、デレクのタピオカ屋から歩いて数分。教会の近くの畦道でいつも営業しているはずだった。
「こんにちは。マスミ、リリー…」
アナは明らかに表情が暗かった。アナのトレードマークでもある太い三つ編みも、心なしか萎んでいるように見えた。
デレクのタピオカ屋と違ってアナにジュース屋の周りは私達以外誰もいない。閑散としていた。この様子を見てもアナの商売が打撃を受けているという事は一目瞭然だった。
「どうしたの? 元気ないじゃない?」
リリーはわざと明るい笑顔を作って言った。
「ええ。今日は誰もお客さん来ません…。デレクのタピオカ屋が来る様になって、死にそうです…」
アナは今にも泣きそうだった。
「アナ、レモンのジュース買える?」
私は思わず、そういった。同情しているわけではないが、ここで何も買わないのも気が引ける。
「私も、スイカジュース飲みたい」
リリーも注文すると、アナの表情がパッと輝いた。
「ありがとう! 二人にはおまけしちゃう!」
本当におまけしてくれた様で、私のジュースには櫛形のレモンやオレンジが一つ多くカップの淵についていた。リリーのジュースは無料でサイズアップされていたようで、リリーは受け取ると喜んでいた。
「美味しいよ、アナ」
私はレモンジュースを飲むとそう言った。
タピオカとフルーツジュース。どちらを比べているわけでも無いが、タピオカは飽きているし、フルーツジュースの方が新鮮に見える。それに果実の自然の甘みの方が身体は欲して居る様で、ごくごくと飲んでしまった。意外にもリリーもスイカジュースを美味しそうの飲み干していた。
「美味しいじゃん、アナ。そんな気を落とす事は無いわよ」
「そうよ。日本でもタピオカ屋はすごく人気だったけどブームが終わったら悲惨なものだったわよ」
リリーに続いて私の元気よく励ます。レモンジュースのおかげで私の体力も復活してきた様である。
実際日本でのタピオカ屋は疫病が流行りだした頃から見なくなった。もちろんスイーツとして根強い人気はあったが、一時期の勢いはない。
どちらといえば疫病のせいで家で作るホットケーキやホットサンド、気軽に買ってどこでも食べられるコンビニスイーツが定番人気。私がこの村に行く直前にはやっていたマリトッツォもパン屋やコンビニで買って食べるのに向いているスイーツである。
あのマリトッツォのクリーム爆弾は、カフェで食べるよりも誰にも見られず家で唇をクリームだらけにして食べる方が向いているはずだった。この村でも杏奈先生が作って人気があったが、たぶん一時的なもので直ぐに廃れていた気がする。
私は元気よく励ましては見たが、逆にアナはしょんぼりとし始めた。
「私のジュース屋だって、村の人達の同情の上で成り立っているようなものだから…」
「そんな…」
あまりにもマイナス思考な発言をされ、私もリリーも言葉を失った。
「昔、カーラに嫌味を言われたことがあるのよ」
突然カーラの名前が出てきて、私は驚いた。
「カーラ? なんで? 私もあの子は嫌いだけど」
カーラを嫌って居るリリーは明らかに不快な表情を見せ始めた。
「何で私に突っかかって来たかは分からないけど、『こんなぬるい商売でずっとやって行けるわけないじゃない、いつまでそんなつまらないフルーツジュースを売っているの?』って言われたの…」
その事を思い出したようで、アナは本当に泣きそうである。エプロンの裾をぎゅっと掴み、泣かないように我慢している様だった。
「は? カーラのやつ何言ってるのよ、ひどいわ!」
リリーは目を釣り上げて怒っていた。さらにリリーからカーラへの嫌悪感は増してしまったようである。
「でも、カーラの言っている事は事実なのよね。実際、タピオカ屋がこの村のやってきたら、私の商売上手くいってない」
今度こそ私もリリー何も言えなくなってしまった。
確かに商売というのは難しいのだろう。日本は企業に雇われる人が多いが、最近は副業や「好きな事を仕事にしよう」とメディアで宣伝されて居る。実際、私の友達もネイルサロンやアロマテラピーショップを作った子も居るが、なかなか難しいという現実を聞かされた事がある。自分で食い扶持を稼ぐというのは、この世界でも元いた世界でも難しいのだろう。楽して簡単に稼げる魔法など存在しないようである。あるとしたら、悪魔に魂を売るようなものだろう。
「アナ、元気出して。何か新メニューを作ったらいいんじゃない?」
甘い言葉を言ってアナを安心させるのはかえってかわいそうだと思い、私はちょっと提案をしてみた。
「そうよ、アナ!何か思いつかない?」
「そうねぇ…」
リリーに促され、アナはしばし考え込む。
「マスミ、何かニホンで人気のあるジュース知らない? タピオカ意外で」
「流行りってほどでもないけど、スムージーや青汁が定番人気だったよ」
「スムージー?青汁?」
アナは私の話に食いつき、ようやく目に光を取り戻す
「どちらも青菜やフルーツで作ってる野菜ジュースね。健康美容にいらしい」
私の説明にアナはメモを取っていた。やはり熱心さが伝わってくる。
「それで? レシピがわかる?」
「うーん、残念だけど詳細なレシピはわからない。でも青汁は不味くても人気だった」
「なにそれ?」
「嘘!」
アナもリリーも意味わからないという顔をしている。そう言われて見たら私も意味がわからないが、青汁メーカーは「不味い」事を売りにした広告も話題になっていた事を思い出す。青汁は要は健康食品みたいなもので、おいしさよりも便秘が治ったり、風邪が引かなくならなければ良いものなのだ。
「もしかしたら栄養にいい野菜や食べ方なんかはジェイクが詳しいんじゃない?」
「そっか! ジェイクに聞けばいいのね!」
「ちょと、抜け駆けがダメよ!」
同じくジェイクファンのリリーは、そんな冗談をいい、気づくと3人は笑っていた。アナは、デレクのタピオカについての憂鬱な気分はとりあえず忘れたようである。
「飲むだけで痩せるジュースが有ればいいのにねぇ」
リリーは自身のちょっとぷよぷよした二度腕をつまみながら呟いた。
「そうね。私も飲むだけで肌が綺麗になって風邪を引かないジュースが有れば毎日飲むわ」
「そっか、ダイエット、美肌…」
アナは私達のワガママもメモに取っていた。それが実現するかはわからないが、アナのジュース屋も続けて欲しかった。