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5話 この村にもタピオカ屋

 市役所を後にすると商店街に方に向かった。杏奈先生の事件の影響で、店はもうリリーの雑貨店とミッキーのパン屋しか営業していない。


 杏奈先生のカフェは火事で燃えてしまい、その隣のロブの本屋も取り壊される予定だという。まだロブの本屋はあるが、人影はなく、中の本はこの村の図書館に寄付される事になった。


 私はリリーの雑貨店に行き、アロマキャンドルや入浴剤を買う事にした。これはクラリッサに頼まれているものである。


 あと、お茶会のテーブルを色取る造花やランチョンマットもあるかどうか見てみたい。カラトリーはクラリッサの家にあるので問題ないが、ちょっと華やかなものがあっても良いと思った。やはり私は日本人だ。誰か客を招くとなつとおもてなしの精神が動く。


「ハイ! マスミ、元気?」

「リリー、久しぶり! 元気!」


 私は久々に会ったリリーにハグをした。リリーはスキンシップが激しいので、こっちの方がむしろ喜ばれる。リリーは杏奈先生のカフェの料理で太ったと嘆いていたが、ダイエットが出来ていないのか相変わらずの体型だった。


「このコンパクト、可愛いわね」

「これは新商品よ。隣町の手芸作家入荷したの」


 私は商品の一部に目がついた。猫耳つきのコンパクトで、実用性はとぼしいが可愛らしかった。他にアロマキャンドルや入浴剤があり、それはメイドの仕事なので買う予定だが、猫型コンパクトには惹かれる。値段を見るとそう高くはない。日本にいたらなにも考えずに買っていただろう。しかし今はこの世界で転移者という不安定な立場。買うのはやっぱりためらわれた。


「買わないの?」

「うーん、可愛いけど、今日は我慢しておく」


 その代わり、お茶会に彩りを加えられるであろう造花やランチョンマットを購入した。リリーの雑貨店は商品の入れ替わりが意外と激しく、買い逃すと二度と買えないケースが多い。あの猫耳つきのコンパクトも今後買えそうにないが、今は自分の好みよりもお茶会に来た村の女子達へのおもてなしを優先したかった。


「そういえば、デレクのタピオカ屋って知ってる?」

「タピオカ屋?」


 私は自分の耳を疑った。


 タピオカは、日本でブームになった甘いドリンクである。ギャッサバから取れる実のドリンクだ。甘いミルクティーなどと一緒に飲まれる。その艶やかな黒い実は、独特な食感を楽しめクセになる。


 かくいう私も2年ぐらい前にタピオカにハマり、各地の店を飲み歩いていた。SNSでその画像もあげ、ちょっとしたフォロワー数もあり、雑誌の取材にも答えた事もある。おかげで生徒と話があい、コミュニケーションのきっかけにもなった。いわゆるタピ活というのを頑張っていた。もともとのめり込みやすいタイプなので、けっこうハマったものである。


 しかし疫病の蔓延か、流行が終わったのかわからないがタピオカショップは相次いで閉店し、私のタピ活も終了した。飽きるほど飲んだし、今はもうあの艶やかな黒い実を見るだけでも飽き飽きしてくる。


「タピオカって私がいた世界人気だったドリンクなんだけど…。この世界でもあるの?」

「私はよく知らないけど、この国の南の方の島で取れるみたい。現地の人は、昔は食用にはしていなかったけど、去年ごろから転移者が見つけtら王都でブームになったみたいね。おくれてこの村の方にも話題が伝わっているというわけよ」

「ふーん」

「あら、マスミはあんまり興味がないみたいね」

「日本で飽きるほどタピオカ飲んだのよ。わざわざ、この土地にいてまで飲みたいない…」

「あはは、そうなの?」


 なにがおかしいのか、リリーは大笑いしていた。


「この村にもタピオカ屋がやってきたみたい。ねえ、これから一緒に行かない?」

「いいけど、リリーは仕事中では?」

「いいのよ。どうせこの商店街も店が減ってお客さんこないし」


 どうやらリリーは暇を持て余しているようだった。タピオカには興味がないが、紅茶がないこの世界でどうアレンジしているのかは気になる。タピオカは確かに美味しいが、それだけでこの土地の人間に受け入れられるかどうかはわからない。


「じゃあ、行く?」

「行きましょう」


 結局、二人でタピオカを飲みに行くことになった。商店街から教会に続く畦道の途中で、タピオカ屋の屋台があるという話だった。


「ところリリーは、明日のお茶会には行く?」

「ごめん。私はいかないわ」


 その道すがら、リリーもお茶会に誘ってはみたが断られた。風はカラッとしているとはいえ、夏の日差しが厳しくちょっと歩いただけで汗が流れる。


「明日は仕入れにちょっとでかけるのよね」

「そうだったんだ」

「それにカーラも来るんでしょ」


 リリーはここで声のボリュームをおとす。顔をしかめ、あまり良い気分では無いようである。


「カーラが何か問題?」

「私、あの子苦手」


 ぜいぶんとハッキリとした物言いだった。日本人がぼんやりとした言葉使いを好むものだが。


「なんで? 私は悪い子には見えないんだけどな」

「あの子は何考えてるかわからない。それにあれだけ美人と一緒にいるのもねぇ。ジェイクもまんざらでも無いという噂」


 リリーはカーラに嫉妬しているようだった。まあ、気持ちはわからなくは無いので私は一応苦笑しながら頷く。


「カーラは嫌われてるの?」

「別にそんなんじゃないけど、役所の職員だってコネで始めたから、だいぶ嫌われているそうね」

「へぇ」


 そういう所はいかにも田舎らしい。村八分というほどではないが、カーラはこの村で歓迎されていないのは伝わってくる。


「そもそもその村長が嫌われてるののよ」

「なんで?」

「これも噂だけど、役場のお金を使い込んでるとか」

「大問題じゃない」

「でも噂だしねぇ。証拠が無いのよ。それに、人使いも粗くて役所のみんなは嫌ってる」

「選挙で選ばれたんじゃないの?」


 図書館にあったこの国の歴史や社会の本のよると、一応民主主義だった記憶があるが。


「選挙といってもなばかりよ。村長もクラリッサと同じで王族の関係者でね、権力があるわけよ」


 現実的な話に私はあまりいい気分はしない。汗もかいたし、本当にタピオカでも飲んで気分転換したい。確かにタピオカには飽きてしまったが、甘いものは気分を落ち着かせるのにピッタリである。


「なんか、混んでる?」


 リリーが呟いた。


「そうね。騒がしいわね」


 タピオカ屋が見えた。店舗はなく、キッチンカーだった。この国には車はあるが、キッチンカーのようなタイプは初めてみた。薄いピンク色のキッチンカーで華やかだ。確かにこの村でこんな車はかなり目立つ。


 その周りは人だかりができている。クラリッサ、プラム、牧師さん、アビーとジーンの姿を見える。


 派手な『デレクのタピオカ屋』というのぼりが穏やかな風にパタパタと揺れていた。

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