番外編短編・ヒロインの座
転移者保護の仕事で、なんと日本人女性を保護した。
彼女は、亜傘栗子という名前の中年女性だった。歳は60歳と言っていたが、かなり若々しくエネルギッシュな雰囲気の女性だった。見た目は羊に似ている。上品そうで優しそうな女性ではあったが、中身はそうでも無いかもしれない。
森で保護したが、全く動じない。それどころか好奇心が抑えられいようで、この国や村について知りたがった。
とりあえず役所に連れていく途中の道すがらに栗子に説明する。
「英語が根付いてるの?」
「ええ。英語できますか? 私が通訳しましょう」
「いえ、私は英国やアメリカに住んでた事もあったから少しはできるのよ。問題ないわね、やったー!」
異世界に来たというのに呑気すぎる。でもこれぐらい逞しくほうが良いのかもしれない。栗子がこの世界で生き生きと生活している様子が簡単に想像できてしまった。
「ここは空気がいいわね。とても良い場所に来ちゃったみたい」
私は喜んでいる栗子には悪いが、この村の特性について説明する事にした。私は最初にここに来た時説明されなかったが、やはり事前に説明されていた方が良いと思う。何も知らないまま死体を見つけてしまってからでは遅い。
「実はこの村は殺人事件が頻発するんです」
「何ですって!?」
驚くどころか栗子の目はらんらんと輝いている。
「ええ、今まで24件も事件がありました。私も巻き込まれて事件調査をするハメに。死体がないか、どうか気をつけて下さいね」
栗子は立ち止まって、わなわなと震えていた。元気そうな人間だが、こんな風に村の事情を話してしまったのは失敗だっただろうか。確かに異世界に来たばかりの栗子に話すべきでは無かったのかもしれない。
「何、ここは! 天国じゃない!」
私のそんな予想は裏切られた。栗子はむしろとても喜んでいた。目をキラキラと輝かせ、まるで少女のようである。
「殺人事件がよく起きる小さな村ですよ…。良いんですかね?」
「もちろん! 実は私ね…」
栗子は事情を話し始めた。栗子は日本でコージーミステリを執筆している作家だという。書くだけでなく、コージーミステリの大ファンでもあり、少女小説を書きながら二十年近くコージーミステリを執筆する事を熱望していた事も語る。
「そ、そうですか…」
その熱の入りようは、さすがの私もドン引きだ。この村を天国と言った意味もよくわかる。
その後、栗子は村の住人ともあっという間に仲良くなり、村に流れる噂を全部把握し、ワクワクと死体が出るのを待ち望んでいた。
「ねえ、真澄! あなたより、私の方がこの世界のヒロインに相応しくない?」
栗子は私にそんな事まで言うようになった。
「っていうか、邪魔ね。死んでくれる? 私がコージーミステリのヒロインよ!」
そして栗子は包丁を持って私を殺そうとしていた。
私達は森にいて、誰も助けに来そうがない。絶対絶滅である。
こんな女が犯人になるなんて!
私は殺され、ヒロインの座か落とされるの?
ちょうど、その時ふっとアラサーぐらいの日本人美女が現れた。また転移者?
「ちょっと栗子さん! コージーミステリのヒロイン気取りはいい加減にしてください! さ、次の原稿があるんですから、夢から戻ってきてくださいよ!」
「きゃー、亜弓さん!」
アラサー美女が激しく突っ込みの言葉を入れると、目の前から栗子も彼女もふっと消えてしまった。
「夢?」
そう自覚した瞬間、本当に目が覚めた。ベッドの上で、身体を抱え起す。
いつものようにクラリッサの屋敷の自分の部屋だった。
「夢か、よかった」
栗子の姿はどこにもない。こんな転移者は保護していないし、どうやら全部夢だったようだ。
ほっと胸を撫で下ろすが、栗子の存在は妙にリアルに感じた。
とりあえず、コージーミステリマニアの作家にヒロインの座を奪われないように気をつけよう。私はそう思って、朝の光を浴びるため、カーテンを開けた。
ご覧頂きありがとうございました。
栗子は筆者の別作品「シープルおばさま」の主役です。今作とコラボさせたらこんな事になってしまった。
確かにコージー村には、栗子が住んだ方が早期事件解決になるかもしれませんね。栗子も英語出来る設定だったし村でノリノリで探偵生活を謳歌しているシーンしか浮かびません。
シープルおばさまは今のところ続編未定状態ですね。あれで一応完結ですが(綺麗に完結しています)、別作品(5月ぐらいにあげる予定の新作)に栗子と陽介はチラッと登場させる予定です。今から陽介のシーン書くので久々でドキドキします。あと栗子が書いてた作中作はチャレンジしてみたいのもありますね。




