番外編短編・新たな一歩
デレクがクラリッサの屋敷に住み着いてから、毎日の食事の準備は彼の仕事である。
デレクは料理人志望であるし、村にカフェも作る予定だ。杏奈先生のカフェがあった場所に再び開く予定だが、毎日そのためにデレクは忙しく業者うあクラリッサと打ち合わせをしていた。
「デレク、カフェの準備は順調?」
料理はデレクの仕事とはいえ、皿に盛りつけたり運ぶのは手伝っていた。今日の夕食は、サラダとトマトソースのパスタだ。この村では麺類はあまりないが、小麦粉から一からデレクが作ったそうだ。いわゆる生パスタと言われるので、モチモチの平麺のようだ。久々に見るパスタに私に心が躍る。
「ああ、順調にいけば秋冬には出せると思う!」
「よかったわね」
デレクはタピオカ屋をやっていたが、その時は色仕掛けをしたりズルい事をしていた。その時と比べてみると目に光も宿り、軽薄さも和らいでいるように見える。
「マスミはどうするのか?一緒にカフェしようよ!」
「いやよ」
なぜかデレクに惚れられてしまった私は、時々一緒にカフェをしようと誘われていたが嫌だった。恋愛感情を持ち込んだ人物は仕事相手というのも嫌だし、私は他にしたい事も見つかった。
「そっかぁ。でもいつでも雇ってあげるから!」
「なんかちょっと上から目線ね…」
私達はサラダやパスタをお盆にのせ、食堂に持って行く。食堂ではお腹を空かせたクラリッサやプラムが待っていた。
「今日は、パスタ?とっても美味しいそう!」
あちらの世界の料理が珍しいのか、クラリッサは目を輝かせていた。
「美味しそうじゃない」
普段あまり表情を変えないプラムも、好奇心が隠しきれないようだ。二人とも機嫌が良さそうだった。
「じゃ、みんなでいただきましょう!」
クラリッサがそういい、食前に祈りを捧げて夕食が始まった。
「ところで、マスミはこれからどうするの?」
クラリッサは私のこの先の事を心配していて、時々こうして聞いてくる。別に焦らせているわけではなく、協力できる事があったらするというスタンスで時々親切心で聞いてくるのだった。
「実は、何でも屋をしようかと思ってるんです」
ついに自分はしたい事を始めて口にする。
「何でも屋?」
一同が目を丸くして聞く。私はちょっと頷き、内容を説明する。
最近、私が暇そうにしている事をいいことに村の人から子守、店番、店の経営相談、あと女性陣からは恋愛相談を請け負うようになった。最初はお金をとっていなかったが、だんだん相手から感謝のお金を貰うようになり、これを仕事にしてもいいんじゃないかと思い始めた。今もアナから農家から行方不明になった犬の行方を探すよう相談を受け、捜索に取り掛かっている。
「いいじゃないの。だったらさっそくお店も作らなきゃ!」
「ありがとう、クラリッサ。でも、店舗は出来るだけ持ちたくないんです」
クラリッサの提案はありがたかったが、いざ負債を抱えてしまった時のことを思うと踏み出せない。それよりは自由にあちこち動ける今の方がやりやすかった。
「だったらうちのカフェができたら、とりあえず相談場所として固定したら?お客さんもマスミがいなかったら、仕事依頼できないじゃん!」
デレクの指摘はもっともだった。
「宣伝もした方が良いわよ。この村の人達に知られないと意味ないよ」
プラムの指摘ももっともである。カフェで働くのは嫌だが、ここでワガママ言うのももったいない。デレクの提案を受け入れ、プラムが言う通り宣伝する事も決める。
「宣伝はどうしようかなな。とりあえずチラシでも配ってみようかな」
「そうね、マスミ。印刷屋はおススメな所があるので、あとで紹介しましょう」
「本当ですか!?」
クラリッサの提案に私は嬉し泣きしそうだ。
「チラシのイラストはリリーの描いてもらうのが良いわね。リリーは絵が上手だから、ちゃんと謝礼も出す事を条件に相談すると良いわ」
プラムのアドバイスに頷く。
「みんな、ありがとう!私はつくづく恵まれてるわね」
しみじみと呟いた。
こんな感謝をする事は、便利な日本でが決してなかった。不便な場所は、大変であると同時に謙虚さや逞しさも産むのかも知れない。
私が感謝を気持ちをいうと、一同はみんな笑った。
穏やかな笑い声を聞きながら、新たな一歩に私は希望を胸に宿らせる。
一時はこの世界で生きる事の厳しさに心が折れそうだったが、もう大丈夫。長いトンネルを抜け、心は光に満たされていた。




