43話 オーマイゴッドなんて言いません
翌日、私は教会のバザーの向かった。前回はバザーの店を手伝ったが、今回は完全に客として向かった。
クラリッサ、プラム、デレクも一緒だ。昨日のピザのおかげですっかりプラムもデレクを許したようだ。もうプラムもデレクに睨みつけるような事はなかったし、みんなでミッキーの新作のパンやアナのジュースを飲むのも楽しみだ。
教会の広い庭はもうすでに人だかりができいた。ミッキーのパンは無料配布なので、それ目当ての客もおおそうだ。この村人だけでなく、隣の村からも客が来ているだろう。
私達はパンの列の並ぶ。結構な行列なので、ちょっと待つかもしれない。
なんと列の最後尾には隣町のローラもいた。今日は休みなのか、メイクもせず髪もボサボサだったが、あの姿よりこっちの方がいいような気がする。
「ローラじゃない!」
「マスミ、デレク。こんにちは」
ローラはデレクと私に挨拶し、クラリッサとプラムとも自己紹介をかわす。ローラは、カーラの友達と言うだけでそれ以上の自己紹介はしなかったが、仕方がないだろう。列で待っている間、ローラと立ち話をする。
「マスミ、犯人は見つかった?」
「まだよ。容疑者は二人まで絞り込めたけど、証拠はまだないの」
「そう…」
とローラは目を伏せる。長いまつ毛が頬に影を落とす。
「絶対犯人を見るけてね、絶対よ」
ローラは少し目を潤ませて言う。カーラは決して完璧な人間ではなかったが、こんな友達もいた。やっぱり犯人を許すことは出来ない。
「わかった、捕まえる!」
私はローラに約束する。約束した以上は絶対犯人を見つけなければと強く思う。
「でもどうやって犯人を見つけるのさ」
デレクは、ちょっと心配そうにつぶやいてた。
「そうよ、マスミどうするつもり?」
クラリッサも続いて言う。
「実は村長に誘われていまして。その誘いののろうかと思うの」
「そんな、危険な事…。村長は酒ぐせも悪いし、タチの悪い客だったのよ」
ローラは青ざめていた。確かの自分の行動は無謀だろう。でもここでやめるわけにもいかない。
「大丈夫、秘伝の撃退スプレーもあるし!」
私はプラムと目くばせし、笑顔を見せる。
「ええ、いざとなれば私が犯人を締め上げますから」
さらりとプラムは怖い事を言い、クラリッサは大笑いをし、デレクは顔を青くしていた。
ミッキーのパンは、新作のシチューパンと田舎パンを配っていた。
「ミッキー、こんにちは」
私達は挨拶をし、ミッキーからパンを受け取る。この暑さでミッキーの頬た額には汗が滲んでいた。
「新作に評判はどう?」
クラリッサが聞くが、ミッキーは微妙な笑顔。
「賛否両論ってところかな。やっぱりこの村の人達はおかずとパンを一緒に食べることの違和感があるらしい」
「そうなんだ…」
てっきり絶賛ばかりと思ったが、そうそう簡単にはいかないらしい。確かに日本にいた頃の同僚のアメリカ人教師もコロッケパンや焼きそばパンが意味がわからないと言っていたのを思う出す。なんでも炭水化物と炭水化物の組み合わせなんてよく思いつくなと驚いていた。日本はなんでもごちゃ混ぜにする「混ぜる文化」と評していた。
この独特な文化は元いた世界でも絶賛ばかりではなかったし、異世界のこの村で受け入れられるかは確かに未知数ではある。とはいえ、新しいものの好きのこの村の女達、特にリリーやジャスミンが美味しそうにミッキーの新作を食べているのが見える。
クラリッサやプラムもバザーの客達のために置かれたベンチに座り、ミッキーのパンを食べながら笑顔を見せていた。デレクは料理人志望らしく、味の感想や食感などをメモに取り、パンを配り終えて休憩中のミッキーの何か感想を伝えていた。いつもの軽薄さが嘘のようである。職人気質のミッキーと一緒にいれば何かいい影響を受けるかもしれない。
無料配布のミッキーのパンを配り終えると、バザーの客も減ってきた。
私は、バザーの手芸品や服を売っている屋台の方に行く。前に手伝った時は、私が担当していたところだが今日は牧師さんが売り子をしていた。前はアビーとジーンと一緒にここの店番をしたが、二人は飽きてしまったようでアナのジュース屋の方に行き新作のジュースにキャッキャと騒いでいた。意外にもアナの青汁風の不味いジュースも好評のようである。そばでジェイクが宣伝マンのようにジュースの効能を説明しているのが良いのかもしれない。
「牧師さん、こんにちは。売れてる?」
「まあ、ぼちぼちですよ」
そうは言っても牧師さんの頬は緩んでいた。機嫌が良さそうである。
そこへダニエルがやってくる。昨日と違ってラフなシャツとチノパンというスタイルで、顔色も良かった。
「ダニエルは大丈夫? 昨日は大変だったわよね」
私が言うと、ダニエルは深くうなづき礼を言って。
「本当、マスミも牧師さんもありがとう。おかげで助かったよ!」
ちょっと感動したようにダニエルがいう。当たり前の事をしたまでで、こんなに感謝されると違和感はあるが、とにかくダニエルが元気になって良かったと思う。
「僕、もうこの村に住もうかと思うんだ」
「本当?」
ダニエルの言葉に私も牧師さんも笑顔を見せる。もしそうだったら新しい住民が増えると言う事でこんな嬉しいことはない。殺人事件が頻発するので住人はかなり減っていた。
「ええ。それにやりた事も見つかりました。僕が今、こうしれ健康に生きていられるのも神様のおかげだと思うんだ」
「ダニエル、やりたい事って何?」
「何?私も気になるわ」
しかしダニエルは、その事のついては何も言わなかった。代わりにこうして助かった事を神様に感謝素体と、多額の献金をしたいと申し出ていた。
「そんな、いいんですよ。収入の十分の一の献金だけで」
牧師さんは恐縮しきって断っていたが。
「いえ、どうしても神様にお捧げしたいです!」
ダニエルの決意は堅いようで、牧師さんも断れきれないようであった。結局、後日献金を受け取りという話になり、ダニエルは頭を下げて帰っていった。
「でも良かったじゃない?牧師さん、お金に困ってたんでしょ」
「そうですね。これでアビーとジーンにも洋服や本も買ってあげられそうです」
牧師さんは、ちょっとだけホッとしたような表情を見せた。
「まあ、別にお金の心配なんて全くしてませんでしたけどね」
「えぇ、嘘」
「まあ、帳簿をつけていた時は不安がよぎりますが、神様がギリギリのところでいつも助けてくれましたからね」
「本当?」
牧師さんの両親もかなりの貧乏状態で、幼い牧師さんの為にミルクやオムツも買えなかったそうだが、なんだかんだで国の支援を受けられたりして帰って食べ物もいっぱい貰えたりする事もあったらしい。
「すごい、神様って凄いのね」
そんな話を聞くと、牧師さんがお金の心配をあんまりしていなかった理由がよくわかる。それに貧乏状態であっても牧師さんは何故だかとてもしあわせそうで悲壮感が全くない。その点、カーラの日記などで示されていた生活苦とは正反対である。
「だから、マスミも聖書読みましょう!」
ここぞとばかりに牧師さんは聖書を熱っぽく売り込んでくる。いつになく押しが強い。
「まあ、考えておくよ…」
「ええ、是非考えてください! それにピンチになった時は、神様の名前を呼んでください。普段は無闇矢鱈に神様の名前を言ってはいけませんけど」
この世界でも「オーマイゴッド!」というのはあまり根付いていないようだ。日本人が想像する外国人はしょっちゅうそう言ってるイメージがあるが、実際はそう言わない。聖書には神様の名前を無闇矢鱈に唱えるなとあるし、そう言う人は私は一人も見たことがない。驚いた時は「Oh my goodness!」「Oh my gosh!」というのが一般的だ。GODと音が似ている別の単語に置き換えられている。
「まあ、ピンチになる時はないと思うけど…」
「万が一ですよ、万が一!」
牧師さんは、念を押すように言う。まあ、頭の片隅に覚えていても良いかもしれない。




