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38話 新たな希望

 翌朝、地下室に行きデレクを出してやった。


 さすがにデレクは反省し、身体を小さくして牢屋の側で謝っていた。上目遣いでうるうるとした目で「ごめんねぇ」と相変わらずクラリッサに媚を売っていたが、プラムもこのままずっと牢にいれておくのも気が引けただろう。


 とりあえずデレクを食堂に連れていき冷たい牛乳を飲ませた。牛乳を持ってきたプラムに「すごい、美味しい。かわいいよ、プラム」などと言っていたが、彼女にはこんな色仕掛けは通じない。


「で、どうしてクラリッサにあんな事したの?」


 さっそく尋問が始まった。もちろん、尋問といえるほど恐ろしいものでは無いが、まだまだプラムの心には許せない感情があるようで、軽くデレクを睨みつけていた。


「まぁ、プラム。いいじゃないない。私はちょっとは楽しかったわ」

「何、呑気なこと言ってるんですか、クラリッサ」


 今日のプラムはクラリッサのことを奥様と呼んでいない。

 どうやら怒る時にそう呼ぶようである。今は昨日ほど怒ってはいないようであった。


「でも、何であんな事したの? アンジェリカにも」


 私は事件のメモ帳を開きながらデレクに聞いたり。プラムと比べれば優しく見える私にデレクは助けを求めるようの上目遣い。媚を売っているようだが、女なら誰でもいい見境いの無さにちっともキュンとしない。こうして見るとロマンス小説では当て馬として書かれる誠実がとりえで甘い事ひとつ言えない奥手の男の方が現実では良いんじゃないかと思うほどである。


「実は僕は転移者なんだ」

「え、嘘!」


 予想していなかった事である。私は驚きで持っていたボールペンを落とす。


「まあ、アメリカ人なんだけどね。言語に苦労がなくて助かったよ」


 アメリカなんて単語を知らないクラリッサとプラムは首を傾げていた。この村で転移者と言うと日本人の杏奈先生ち私だけだから知らなくても無理はない。


「でも転移者はこの世界で生きるのは想像以上に大変だった。しばらく王都に住んでいたけど、仕事なんてなくてさ」


 デレクはちょっと泣きそうに目を潤ませる。気持ちはわかるので、強く責めらない。


 デレクはそれでも王都で下働きをし、金を貯めてタピオカ屋を始める。どの町や村に行ってもすぐタピオカは飽きられるので、各地を転々としコージー村にやってくる。


「でもどうしてタピオカなんてやってたのよ」


 クラリッサが突っ込む。私も疑問に思うところだった。


「日本でタピオカは人気だってきいたし、この世界では珍しいだろうと始めたんだけどさ、想像以上にみんな飽きるの早いね」


 そう言ってデレクはヘラヘラと笑っていた。それはタピオカのせいというより、この男の軽薄さが原因のような気がしてならない。この様子だと商品開発や市場の動向調査なども全くやっていなさそうだ。お金の計算もできているのか、税金も納めているのかも不安になる笑顔だった。


 同じ転移者と聞いて同情しかけたが、こんな安易にタピオカ屋をやっていると思うと、私はあんまりデレクには同情できなかった。


「で、お金なくてさ。この村にアンジェリカが金持ちだという噂を聞き…」

「アンジェリカとクラリッサに色仕掛けしたのね?」


 プラムは目を釣り上げる。


「うん。お金目当てで」


 素直にデレクは認めている。本当に最低な男である。あのアンジェリカも可哀想になるぐらいだ。


 しかしクラリッサはケラケラと笑っている。あまり傷付いてはいないようなのは救いだ。


「あなた、面白い男ねぇ。逆に気に入ったじゃない!」


 クラリッサはそう言って、デレクの肩をどついていた。おばさんらしい態度ではあるが、一同笑いに包まれる。笑うしか無いという空気になる。もしかしたらクラリッサはわざとこの場が暗くならないようにしてくれているのかもしれない。


「でも同じ転移者だったなんて早く言ってくれれば良いのに」

「いや、言えないよ」


 さっきまでデレクは笑っていたのに、急に真面目な顔になる。


「特に王都では転移者は差別されるしね。変な儀式でこの世界にきたのかって。仕事も無いにも当然だよね」


 そんな事言われtらしまうと、私はもうデレクを責められない。


「カーラも転移者だったしね」


 デレクのこの言葉は冗談かと思った。クラリッサもプラムももう笑っていなかった。


「もしかしたらカーラも転移者だったんじゃないかって思った。タピオカ見てもそんなに驚いてもなかったしね。あっという間に意気投合した」


 カーラが転移者だったとは。


 そういえばパンケーキをママに作って貰ったとカーラは言っていたと聞く。その謎が解ける。


 同時にこの世界でカーラの生きにくさを想像すると胸が痛い。自分の事のように思う。普通に生きているのだって大変なのに、異世界で一人で頑張っていたと思うと、男性に頼りたくなる気持ちだけはわかってしまった。


 デレクのやった事も酷いが、私は怒る気も責める気持ちにもなれなくなってしまった。


「それで、タピオカ屋もダメになってどうするの? あなた、一人で生きていけるの?」


 クラリッサも心底同情したように言う。


「実は僕は、カフェを作りたいんだ」


 意外とそう言うデレクの目は真剣だった。


「僕は実は料理人志望で向こうで専門学校にも通ってたし、料理のレシピもほとんど覚えてるしね。あっちの料理をここでも広められたら良いなとも思う」

「まあ、それはいいじゃない。何かスイーツ作ってよ。アンナが死んで困ってたの」

「クラリッサ、アンナって誰?」


 私はクラリッサの代わりに杏奈先生に事を説明する。


「そっか、そんなカフェやっていたのか。いいな、俺もカフェ作りたいよ」

「いいわよ」


 あっさりとクラリッサは承諾して微笑を浮かべた。プラムはごちゃごちゃと文句をつけていたが、聞く耳は持っていないようである。


「アンナみたいに出資してあげる」

「本当?」


 デレクの目はキラキラと輝いていた。あんな事をされたのに、クラリッサは太っ腹のようである。


「その代わりアンナと同じような美味しいマリトッツォを再現するの。できる?」

「マリトッツォか。ちょっと難しいかもしれないけど、チャレンジさせてください!」


 デレクは再び頭を下げた。さきほど牢屋の前での態度とはまるで違った。あの軽薄さや媚を売るような雰囲気が綺麗さっぱり消えていた。


 その違いに私もプラムの驚きで目を丸くする。デレクやカーラが転移者だったという事実以上に驚いた。


「そう。美味しいマリトッツォ待ってるわ」


 クラリッサはまるで王妃のように優雅に微笑み、頭を下げているデレクを見下ろした。

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