35話 儚くブームは消える
結局、私はデレクをクラリッサの屋敷に連れて行く事にした。驚いた事にデレクはあのタピオカワゴンの中で寝泊まりしているようで、住む場所が無くなってしまった訳である。あのまま放っておくのは、人間とし出来そうもない。
クラリッサは大歓迎でデレクを迎えて、リビングでお茶を飲みながら二人で話し込んでいた。デレクは落ち込んではいたが、明るいクラリッサと一緒にいれば元気を回復出来るだろう。
その間に私とプラムは夕食の準備をする。今日はソーセージと野菜がたくさん入ったスープ、ゆで卵、サラダ、田舎パンというメニューだ。デレクという来客がいるわけだが、やっぱり突然に事でご馳走は用意できない。
「デレク連れて来たの不味かった?」
「いいえ。でもね…」
プラムは渋い顔で鍋の中身をかき混ぜ、スープボウルに盛る。
「あんな不倫している男がまともじゃないわ。私はちょっと警戒する」
「まあ、確かにね」
私もサラダを皿に盛り付けながら同意する。プラムの嫌悪感はもっともである。それにカーラの想い人は村長の可能性が高い事はわかったが、犯人がわかったわけでは無いのだ。デレクが犯人だとしても特におかしくはなく、警戒していても問題は無いだろう。
「ところでマスミは誰かにアンジェリカとデレクが不倫している事言った?」
プラムの鋭い目がきらりと光り、少し怖い。嘘は言えない。
「直接本人に何でそんな事をしてるかって聞いちゃったわ。不味かったかな」
「いえ、別に本人に言うにはいいんだけど、村でさっそくアンジェリカの事が噂になってるのよ」
「嘘! 私は、デレク本人以外には何も言ってないよ」
「まあ、仕方がないわね。この村の噂の広がり方はすごいから。リリーやジャスミン、マリーなんかも騒いでた」
「そんな…」
新たねめて小さな村の噂は怖いと思った。アンジェリカは好ましい人物ではないが、噂がたちある事ない事を言われるのは可哀想だ。それにデレクだってこんな噂がたって今まで通り商売できるだろうか。人の事とはいえ、デレクのことが心配になるし、タピオカワゴンの件と何か関係あるのかも気になる。
「村長の次期選挙も近いのに。何やってるのかしらね、アンジェリカは」
「次期選挙?」
私とプラムは出来上がった料理をお盆にのせ、食堂に持っていく。
「そうよ。まあ、どうせあの村長で決まるでしょうけど、王都から誰か王族の一人が立候補するという噂もあるけどね」
「ふーん」
村長が誰になろうと興味がないので聞き流す。私は政治に興味がない典型的な日本人のようだ。
夕食中、デレクはすっかりタピオカワゴンが壊されたショックから立ち直っていた。機嫌良くペラペラとタピオカについて話していた。
「タピオカはもともとキャッサバという芋類から取れるんですが、シアン化合物っていう毒も入ってるから、毒抜きされたものしか使えないんだよね」
「まあ、そうなの? またタピオカ飲みたくなっちゃった!」
デレクに話にクラリッサが一番食いついていた。というかちょっと声も黄色くなっているし、目のウルウルとしているのが気になった。
「そんなタピオカなんてやめてくださいよ。散々飲んで飽きたでしょ」
テンションが高いクラリッサに比べてプラムの視線や声は冷ややかだった。プラムとクラリッサの温度差はかなり激しかった。
「プラムも可愛いよ!」
「お世辞はけっこう。さっさとスープ食べてくれない?」
プラムにはデレクの甘い言葉攻撃は何も響いていないようだった。それにこんな軽々しく誰にでも言っているようなので、私の心もどんどん冷える。牧師さんだって謎が多いし、いまいち信用できなくなってきたがこんなデレクよりはマシだと思えてならない。
田舎パンをもぐもぐ咀嚼しながら思う。腹持ちのいいパンで、ハードボイルド村でもこのパンのサンドイッチを食べたので私はもうお腹いっぱいになってしまった。胃も小さくなっているのかもしれない。不便な異世界に来てダイエットに成功するとは思わぬ副産物ではあった。
「それにタピオカって糖質も高くてあんまり栄養素も高くはないのよね。私もジャスミンの図書館でタピオカについて調べたけど、毎日食べるものではないわ。たまになら良いけど」
プラムにこんな事まで言われ、さすがのデレクもちょっと大人しくなってきた。
「そうね。タピオカは日本でもすぐブーム終わったわよね」
私についついこんな事まで言ってしまい、クラリッサは口を尖らせる。
「タピオカに栄養があれば良いのにね」
「だったらアナのジュース屋に行きましょうよ。前も言ったけど、ダイエットにも美容にもいいのよ」
私はここぞとばかりにアナのジュース屋を推す。
「そうねぇ、でも、こんなおばあさんが今更美容に気をつけてもね」
クラリッサはチラチラとデレクの目を見ながら頬を赤らめる。
「そんな事ないよ。クラリッサは天使みたいだよ」
歯の浮くようなデレクの台詞だったが、クラリッサは本気にとったらしい。顔は茹で蛸にように真っ赤になり、いつになく血色もいい。こんな台詞に騙されるとは、クラリッサも私以上の初心なんだろうか。
一方、プラムは弾丸のように鋭い視線でデレクを見ていた。
「そんな台詞はどうでもいいからさっさと食べちゃってくださいよ」
デレクはわざとらしく震え上がった仕草をし、ウインナーと野菜がたっぷり入ったスープを無言で飲み干した。




