29話 転移者は見た
この日の夜、教会でカーラの葬式が行われた。
私ももちろん出世する事になった。喪服は無いので、プラムから借りた。この村では殺人事件だらけなので、喪服の出番も多いだろうから一着ぐらい用意しておいた方がいいとプラムにアドバイスされたが、笑えない話題だった。体格のいいプラムの喪服はちょっとサイズがあわず、少し不恰好になったが仕方がない。
教会の礼拝堂には村のほとんどの人が集まっていた。リリー、アナ、ジャスミンはもちろんのこと、明らかにカーラに敵意を向けていたマリーやアンジェリカの姿も見える。男性陣もミッキー、ジェイク、デレク、村長の姿み見えた。
泣いたり、悲しんでいる様子のものはなく、みんな喪服といえども葬式という感じがしない。讃美歌も牧師さんが語るカーラの生前の様子(奉仕に励み信仰深い女性だったという)の言葉も暗くはない。
どうやらクリスチャンは、死後は天国にいきイエス様に会えるという希望もあるようで、日本の葬式のようなジミジメとした暗さがない。讃美歌も美しく、なぜか希望を感じるような葬式であった。何はともあれ、順調に葬式は進んでいったが途中でアビーとジーンがぐずり始めた。
「飽きた!」
「つまらない!」
わがままを言い始め、牧師さんはすっかり参っていた。
私とプラムは気を利かせ、アビーとジーンを牧師館へ連れて行った。途中で葬儀を抜けるのもどうかと思ったが、今はこのイタズラ坊主達を静かにさせた方がいいだろう。
プラムと協力し、ジャムペーストでジュースを作りアビーとジーンのそれを飲ませ、どうにか大人なしくさせ、ベッドに行かせた。今、葬儀にこの子供達を戻してもまた牧師さんを困らせるだけだろうと思う。
そうこうしているうちに、葬儀はもう終わってしまったようで、私とプラムは牧師さんに挨拶して帰る事にした。クラリッサももう帰ってしまったと言う。
帰り道は、ろくに街灯もない村はもう真っ暗である。月も星も出ていないので、余計に暗い。もちろんコンビニなども無いので人気もなく怖い。基本的に村の不便さには慣れているが、身の危険と直結するような不便さは慣れないものだ。
「ちょっと、プラム。こんな夜中に灯りがないのは怖いわね」
「仕方ないわね」
プラムは鞄から懐中電灯を取り出して灯りをつけた。カバンの中には折り畳みナイフ、ロープ、薬の瓶、カナヅチのようなものが見え、私は目を見張る。
「ちょっと、プラム…。こんなもの何に必要なの?」
「まあ、必要ないと思いますがスパイやっていた時のくせでこういうものは、ついつい持ち歩いてしまうんですよね。さすがに銃は持ってないわよ」
「そ、そうなんだ…」
プラムといれば力強いと思うのと同時に、日本では絶対ありえないようなものを持ち歩くプラムに私は引くばかりだった。杏奈先生を襲おうとした殺人犯を撃退したと言っていたが納得である。この女性はやはり妙に力強い。
「あれ、何か人いない?」
私は教会のそば空き家で人影が?見えた気がした。杏奈先生の遺体が見つかった場所とも近く嫌な予感がする。
「確かに。空き家に方に行ってみましょうか?
「いくの…」
私は怖気づく。
「こんな夜に動くやつなんて犯人かもしれないわよ」
「それもそうだけど」
「いざとなったら私が捕まえるって」
怖かったが、プラムは妙に力強いので私は彼女の後ろにつき空き家の方に行くことにした。
プラムは忍び足でなるべく足音を立てないようにしていたので、私も真似してそっと歩く。怖い状況ではあるのに、何故かちょっとワクワクしてきた。さすがに新たな死体は無いだろうと思い、ちょっと油断していたのかもしれない。
「ねぇ、プラム」
「静かにして」
プラムに話しかけようとしたら、静かにするように言われた。
プラムの視線の先には、アンジェリカとデレクがいた。
暗くてよく見えなかったが、確かにその二人だ。空き家のテラスで何やら親密そうに話し込んでいた。テラスには使い古されたテーブルの上にはアロマキャンドルが灯り、ちょっとロマンチックである。ロマンス小説の逢瀬シーンのようだが。
「何、あの二人…」
「さぁ…」
小声でプラムに聞くが、彼女にわかるわけも無い。
そんな事を話していると、アンジェリカはうるうるとした目でデレクを見ていた。村長宅で鬼のような形相で私を罵っていたのが信じられないぐらい甘やかな表情である。まるで恋をする乙女みたいな表情だ。何やら二人には怪しく色っぽいムードが流れている。
アンジェリカとデレクはおそらく親子ほど歳が離れているが、アンジェリカはそんな事はちっとも気にしていないようだ。
「わかったわ。タピオカ屋の経営が苦しいのね。協力するわ」
「ありがとう! アンジェリカ!」
そしてデレクはアンジェリカをキツく抱きしめた。まるで恋人のように抱きあっていて、アンジェリカの頬は真っ赤である。
「大好きだよ、可愛い愛しのアンジェリカ」
私は言葉を失った。あのプラムも唖然としている。
デレクはアンジェリカを抱きしめるだけでなく、キスまでしていた。アンジェリカは濃厚なキスに腰砕けになり、その場に蹲る。
ロマンス小説のようなシーンではあるが、ひたすら気持ちが悪い。プラムもオバケでも見たような表情を浮かべている。
アンジェリカは、うっとりと夢見心地だが影で見ている私もとても気持ちが悪い。
第一、不倫である。
陰でこんな事をしているなんて、アンジェリカは村長を責める資格はない。しかも村長とカーラは不倫していた証拠はない。もっとも私は村長にセクハラを受けたわけだが。、これはお互い様っていう事ではないか。アンジェリカと村長がうまくいっていない夫婦である事は間違いない。
「じゃ、お金頼むよ、アンジェリカ」
「ええ。私も大好きよ、デレク」
アンジェリカは立ち上がるとデレクに再びしがみついた。
「行きましょう、マスミ。彼らに気づかれるかもしれない」
「ええ」
「それにしても二人が付き合っていたなんてびっくりよ」
私とプラムは空き家のそばを後にして足早にクラリッサの家に帰った。
喪服を脱ぎ、風呂に入るまで自室で事件のメモ帳を開く。
・アンジェリカとデレクが不倫???
・二人に関係はわからないが、デレクはアンジェリカにお金を要求していた。
・デレクもお金の困っていた???
・この事と事件は関係あるの???
しかし、おばさんとイケメンのラブシーがこんなに気持ち悪いとは。息子と母親みたいで、本能が全力で拒否している。
しかもデレクの目はとても冷静だった。あれはアンジェリカを女性として見ていない事がわかる。やっぱり金目当てでアンジェリカに近づいたようにしか見えない。
事件と関係あるかわからないが、村の住人の秘密を知ってしまうのは想像以上にダメージを受けた。ショックはじわじわと時間が経つにつれて増えていくようである。
その後、風呂に入るベッドに入ったが頭の中はあの気持ち悪いラブシーンがこびりつき、なかなか眠れない。
やっぱりラブストーリーは美男美女にやってもらいたい。
頭の中でカーラとジェイクのラブシーンを想像しながらようやく眠りにつけた。
この二人は現実には全くそんな関係ではなかったが、少なくとも見かけただけは美男美女でお似合いだ。
カーラの想い人は誰?
デレクのこんな秘密を知ってしまった以上、誰が想い人でもおかしくないと思い始めた。




