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28話 世界一不味いジュース

 商店街、牧場の転移者保護の見回りも終え、最後は湖や森の方である。


 その道すがら、デレクのタピオカ 屋を見たがすっかり閑古鳥である。


 私はキッチンワゴンのそばのベンチに座ってるデレクに声をかけた。かなり、暇そうである。この村のタピオカブームも一瞬で終わってしまったようである。


「暇だぁ…」

「そんな暇だったら一つ聞いて良い? カーラの事だけど」

「うん、調査してるんでしょ。いいよ、協力する」


 デレクはカーラの名前を聞いてもあまり表情を変えず、ちょっとワクワクしている目を向けている。どうもこの男は事件調査自体に興味がありそうだった。


「カーラにその、色っぽい関係になったりした事ある?」

「無い無い! カーラは確かに美人だけど、僕はマスミの方がタイプ!」


 これはお世辞なのか本気なのか、冗談なのかよくわからない感じだった。イケメンにそんな事を言われて、嬉しく無いわけではないが今は舞い上がっている場合では無い。おそらく冗談だろう。デレクはちょっと人たらしいっぽうキャラクターである。こういう冗談をサラりと言ってしまうのだろう。


 しかし、あのカーラでもデレクには色仕掛けをしていなかったとは、どういう事だろうか。確かにタピオカ屋は不安定ではあるが、一時期はとても人気だった。


「いいな、僕も事件調査したいよ。明日は何やる予定なの?」

「明日はとなりのガードボイルド村に行こうと思ってる。カーラの友達に接触しようかと」

「良いなー、僕も行きたいよ!」

「でも…」

「行きたい!」


 デレクはちょっと上目遣いで可愛らしい笑顔を見せてくる。やっぱりイケメンである。そして相変わらず私はイケメンに弱かった。牧師さんはカーラの事も何か隠していそうだし、正直なところちょっと冷めているのも事実であった。


「まぁ、いいけど」

「やった! マスミ、大好きだよ」


 甘いセリフに私の心はキュンキュンした。頭では、「こんなセリフをいう男なんて人たらしだ!」と冷静な事も考えるが、心では自動的に喜んでしまっていた。


 明日の時間をデレクと約束した後、今度はアナのジュース屋に向かった。


 今日はさほど暑くは無いとはいえ、村長宅の仕事でストレスは感じていた。何か心と身体が癒されるジュースが飲みたかった。


 アナのジュース屋にはすでに先客がいた。ジェイクだった。


「マスミ、こんにちは」

「こんにちは」


 ジェイクは、とても濃い緑色のジュースを片手に持っていた。まさに日本の青汁と言っていいぐらいの濃さである。今まで見たことがないジュースなので新作だろう。


「アナ、このジュース何?」


 ちょっとワクワクしながら聴いた。


「アオジルの試作品なの。マスミも試してみて?」

「いいの?」

「このジュースはすごくいいよ。バジルが入っているのがいい。バジルは神経を落ち着かせるからストレスに効くんだ。絶対おすすめ!」


 ジェイクのそう言われると期待値は高まる。そういえば日本でも医者がおススメするサプリやお茶がよく売られていたし、やっぱり医者の権威は高いと思う。それにストレスに効くなんて一刻も早くの見たい。


「さあ、マスミできたよ。アオジルよ」

「わあ、ありがとう!」


 私はよく冷えた青汁とよく似たジュースを受け取った。苔のように緑色だが、逆にとても効きそうである。


 一口飲む。


 私は思わず顔を顰めた。まずい!バジルが多く含まれているのか、もったりとしているのにやけにスパイシーでもある。


 でも青汁はもともとまずいものだ。このまずさは絶対身体にいいに決まっている。医者のジェイクの太鼓判つきだし、しれは素直に信じよう。


「どう? マスミ?」

「うん、まずい!」


 作ってくれたアナに正直に言ってしまったが、これだけまずいと本当に効きそうである。心なしか、ストレスも落ち着いてきた気がする。


「でも何だか元気出てきたよ。世界一まずいけど」

「けっこうひどいわね。でも世界一まずいなんて言ったら逆にお客さん来るかも?」


 アナは苦笑していた。


「青汁としては大成功だと思うよ。日本の青汁も不味い事が逆に話題になってたもの」

「それに僕が太鼓判押しているんだ。絶対このジュースはいいよ」


 私とジェイクに言われてアナは自信を取り戻してきたようだ。さっそく「世界一まずいジュース」として今週末の教会のバザーで売る事を決めたと明るく宣言していた。それは私も楽しみである。主に村の人たちがどんな反応を示すか。


「ところでマスミは、事件調査はどう?犯人はわかった?」


 アナがちょっとワクワクしながら聞いてきた。


「それが、まだまださっぱりよ。というか、カーラの秘密を知ってしまいちょっと嫌な気分」


 私はカーラが色仕掛けをしていた事を話す。ジェイクもその被害にあっているか気になった。


「あぁ…」


 ジェイクは何か思い出したように、頷いた。


「僕もカーラに付き合わない?って言われた事があるよ」


 ジェイクが好きなアナは内心気が気で無い顔を見せていた。


「でも、うちの財政状況が悪いという愚痴を話したら、さーっと引いていった。やっぱりあの子、お金に困っているかもね」

「何それ…」


 アナはドン引きというか、言葉を失っていた。


「私もそんなカーラにはちょっと引くわね」


 雲が流れ、少し夏の日差しは遮られた。今日はやっぱり比較的涼しいようで過ごしやすい。


「でも、私なんとなくカーラの気持ちはわかちゃったよ」

「え?どういう事?」


 アナがあのカーラの気持ちがわかるとは意外である。


「だって自分一人で生きていくって大変だもの。お金があってもなくてもね。カーラは、不安だったんじゃない?お金と安心を両方ともともくれる男の人が欲しかったのかもね…」


 自分一人で生きていくって大変だというアナの言葉が胸に迫る。確かにアナの言う通りだった。色仕掛けしていたのはどうかと思うが、不安が原因でそんな事をしていると思うと理解はできないが納得はできた。やっぱりカーラを一方的に嫌う事はできなくなってしまった。あの日記を見る限り恋愛もうまくいっていないようだったし、友達も一人。親もいない。孤独だったのだろう。


「日本では医者はお金があるイメージで女性達に人気なのよ」


 私がそう言うと、二人は驚いていた。


「ロマンス小説では医者がよくヒーローになっていたわ」

「おぉ、マスミがいた世界は面白すぎるよ!」


 ジェイクが大袈裟に言い、この場は笑いに包まれた。特にジェイクは腹を抱えて笑っていた。


 その後湖や森の方を見回ったが、転移者や謎の扉はなかった。役所に報告しにいくと、マリーに遅いと文句をつけられた。


 それはちょっと疲れたが、あの不味いジュースのおかげかストレスは感じなかった。まずかったが効果はかなりあったのだろう。

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