26話 泣きっ面に蜂とはこの事です
翌朝私はスッキリとした気分で目覚めたが、時間ギリギリだ。手早く身支度を整えて、村長宅へ向かった。
村長宅はクラリッサの家と反対方向にあった。商店街から川沿いの道を抜けると大きな屋敷がある。クラリッサの屋敷は白い壁にちょっとお城っぽい雰囲気の屋敷であるが、村長宅はどっしりとしたレンガ造りの屋敷だった。周りは木々に覆われ、あまり明るい雰囲気がない。庭に薔薇が咲き乱れ庭が広いクラリッサの屋敷の雰囲気と正反対だった。
私はそんな村長宅の裏口でメイジーと落ち合う。
「今日やればいい所の軽いメモよ。できるだけ早く帰ってくるから」
「ありがとう、メイジー」
メイジーは大きなカバンを持ち、王都に出かける準備がもう出来ている。
「カーラの事は大変だったわね。さっそく調査いるんだって?」
「メイジーの所まで噂があるのね。ええ、そうよ」
「まさかカーラが死んじゃうなんて。一緒にお茶会またしたかったよ」
メイジーはこの村でが珍しくまともな感性があるようで、ちょっと目に涙を浮かべていた。
「カーラについて何か知らない?」
「うーん。そういえばあのお茶会の帰り道、『パンケーキ食べてると母を思いだした』って言ってたんだけど、カーラのママはパンケーキ作ってたのぁな?」
パンケーキはこの世界ではあなり無いはずだ。似たようなケーキはあったが。どういう事?
「じゃ、行ってくるわ。とりあえず先に夫人と挨拶してね」
「え、うん。行ってらっしゃい」
驚いているうちにメイジーはカバンを持って行ってしまった。
しかしこれから仕事である。気になる事だが、今は仕事が優先である。
私は、裏口から屋敷に入り、まずメイドの控え室のような場所に入る。テーブルの上にはメイジーが使っているマニュアルのようなものもあり、どうにか仕事もできそうであり。マニュアルにそい、エプロンをつけていると誰かが入ってきた。
「ちょっと! メイジー! さっさとブラックティーを持ってこいって言ってるじゃない!」
入ってきたのは、村長夫人だった。メイジーはあのお茶会の時に村長夫人のアンジェリカを「鬼ババア」と評していたが、まさにそんな感じだった。金色の長い髪はボサボサであちこち痛み、跳ねている。体格も良く、堂々としているが目がつり上がり怖い。おそらくアビーやジーンは一発で大人しくなる雰囲気だ。
「ちょっと、あんた誰よ。メイジーは?」
「私はメイジーの代役できました。藤崎真澄です」
「へぇ。なんか平べったい顔のブスね」
そんな事をいわれ、さすがに良い気分はしない。そういえばイタリアに旅行に行ったときしょっちゅう中国人と現地の人たちに言われた事を思い出す。殺人事件に動じないこの村の人たちは、ごく普通に平べったい顔の転移者を受け入れているが、普通はそうじゃないだろう。
アンジェリカの冷たい視線は、以前転移者保護の仕事の勉強中にみた資料を思い出す。差別や迫害があった事などをどうしても思い出してしまった。
「まあ、どうでも良いけどすぐブラックティー持ってきてよ」
「かしこまりました」
そうは言っても仕事中である。私は、すぐにキッチンに行き湯を沸かしてブラックティーを淹れた。
慣れない場所でちょっと時間はかかったが、スモーキーな良い臭いがした。
すぐアンジェリカのいる食堂に持って行ったが、彼女は口をへの字にして機嫌が悪そうであった。
「やり直し!」
「え?」
「茶葉が一つ浮いてるわ。ちゃんと濾したの?」
確かに0、1ミリぐらいのそれがカップの底に沈んでいたが、茶葉というより粉である。はっきり言っていちゃもんである。
「まぁ、まぁ。いいじゃないか。代理のメイドなんだろ」
そこへ村長が入ってきた。これから仕事に行くのか、スーツ姿だった。
「アンジェリカ、お前はいちいちうるさいぞ」
「だってこのメイドが」
「口答えするな」
怒るというより、呆れたように村長がいい、すっかりこの場の空気が凍りつく。
「わかったか?」
かなり高圧的に村長が言ったので、さすがのアンジェリカも口を閉ざした。どうもこの夫婦は仲が良くは無いらしい。二人の間には「すっごい険悪です!」と言大声で叫んでいるようなムードが流れている。
「代理のメイドさん、ちょっと来てくれる?」
「はい」
強くアンジェリカに睨まれたが、村長に呼ばれたので仕方ない。私は村長について行き、玄関の方に行く。
なぜか村長は私の事を上から下までジロジロと見ていた。嫌な視線である。昔、アメリカに行った時現地の男達にもセクハラされた時があったが、似たような嫌な視線だった。理屈抜きで身体中が警告を発していた。この村の男達は、パンヲタク、健康ヲタク、肝が座って天然だった事がどれだけ恵まれていたかと思い知る。日本と違う異世界はそんなに甘くは無い。
「ね、君さ。今週の教会のバザーは来る?」
そういえばまた教会のバザーを開催される事を思い出す。
「ええ…」
「その後、会わない?」
「は?」
私がびっくりして何も言えない間、村長は私の尻をタッチした。突然のことで私は石のように固まる。
「じゃあ、会おう!」
そう言って村長は、ご機嫌になって出かけていった。
数秒たち、私はセクハラを受けた事を自覚する。
あのスケベジジイ!心の中で悪態をついても後の祭りである。
しかし、部下のカーラが殺された後で呑気にセクハラをしているなんて!この村がいくら殺人事件だらけとはいえ、こんな仕打ちはオッケーなのか?セクハラを受けた事もそんな村長が気持ち悪くて仕方ない。
「ちょっと! ブラックティー入れなおしなさいよ!」
食堂の方から、アンジェリカの怒鳴り声が聞こえてくる。急いで行くが、ブラックティーを浴びせられた。
「ちょっと!何するんですか!」
顔にちょっとかかったが、素早く逃げたのでひどい事にはならなかったが、今度こそ言い返す。
「うるさい!」
アンジェリカは、村長に怒られた事でさらに機嫌が悪化し、私に当たり散らしているようだった。
何度かブラックティーを入れなしたが、そのたびに文句をつけられ、ブスだの平たい顔など容姿を笑われる。
つくづくメイジーの苦労がわかる。あのプラムもこに家で働くには嫌がっていた。ここの仕事でストレスが無い方がおかしい。
でも下手に言い返すと、メイジーに危害が加えられる可能性もあるので私は心を無にし、ひたすらアンジェリカの言う事に従う。
セクハラにパワハラに散々な職場である。この国に文化レベルは昭和であるし、おそらく倫理観もその時代のレベルだろう。セクハラ、パワハラという単語が無い可能性も高いし、この場合どこに訴えて良いものかも謎である。
私はひたすら時間が流れるのを待ち、奥歯を噛んで言い返すのを我慢した。アンジェリカの暴言も英語だが日本語で頭の中で処理しなければ聞こえなのと同じこと。ちなみに私は英語をそのまま英語として脳で処理する事もあるが、一旦日本語で脳で処理した方がスムーズである。自分はネイティブではないし完全に英語脳になるのは無理だと諦めてから、意外と話せたり読めたり書けたりし始めた。
ネイティブを目指して挫折するよりは、所詮私はジャパニーズイングリッシュだ!と開き直った方が英語力はつくと思う。もちろん人によりけりで、意識が高いタイプはネイティブレベルを目指して頑張るのも悪くはないが。そんな英語について考えていると頭は冷静になり、アンジェリカの暴言にもだんだん慣れてきた。というか、聞こえないようにしていた。
「ちょっと、あなた聞いてるの?」
「あぁ、すみません!」
聞いていない事がばれてしまったようで、アンジェリカはさらに犬のように吠えていた。
「あの〜、ちょっと聞きたいんですが、私のどこが嫌いなんですか?」
下手に出ながら聞いた。単純に疑問に思う。よく初対面の人間にここまで悪く言えるのか。まあ、元々頭がおかしいな人と思えば、それまでであるが。
するとアンジェリカはチッと舌打ちした。とても大きなお屋敷の夫人とは思えない。クラリッサもだいぶ砕けた未亡人だが、人前で舌打ちする事はない。
「私は、貧乏人が嫌いなんだよ」
「なんで貧乏人だなんてわかるんですか?」
「転移者で金持ちなんていないしね」
「そうですか。でも何故貧乏人を目の敵にするんですか?」
貧乏人を激しく嫌う理由は私にどうもわからない。
「貧乏なんて自己責任。怠惰だから貧乏人になったのに決まってるわ」
ものすごい偏見であるが、日本でもこう言った意見は珍しくはない。日本の有名なメンタリストが、ホームレスに差別発言して炎上していたし、心の底では似たような事は思っている人は少なくないだろうと思う。そんな事を思っている人間が異世界にいても別におかしくはない。
「だったらカーラの事も嫌いだったでしょうね」
そう言うと、アンジェリカは私の事をキツく睨んだ。
「そうよ。あんな貧乏臭い女、気持ち悪い。死んで当然!」
アンジェリカもカーラを嫌っていたようである。まさか犯人?
私が下手にでながらもう少し質問してみる。
「カーラを嫌ってる人は多かったですね。コネで仕事についたとか」
「そうよ、本当に最低よ! あの子は私の旦那に色目使ってたんだから!」
アンジェリカは怒ると言うよりは、泣きそうな顔で食堂のテーブルをドンと手で叩く。アンジェリカがつけている高級そうな指輪も急に色褪せて見えた。
「なんでもカーラと村長が不倫している噂があるとか」
「ええ。たぶんあの二人はそういう関係だったんでしょうね」
「証拠は?」
「無いわ。でもわかるのよ、女のカンよ」
つまりアンジェリカはカーラを恨む理由がある。村長もあんなセクハラクソ親父である。アンジェリカを信じるわけでは無いが、カーラと不倫していてもおかしくはない。でも、村長はイケメン?どうもあの日記と辻褄が合わない。
その後、どうにかアンジェリカの暴言のに耐え、メイジーと仕事をバトンタッチした。
村長宅での仕事はたった半日でもものすごいストレだった。メイジーを改めて尊敬の目で見て、私は彼女を何度も褒めてしまった。




