22話 褒められると嬉しい
ちょうど今、役所にいるので村長と接触したいとも思ったが、その姿は見当たらない。その代わりに牧師さんがいた。
いつものような黒い服ではなく、今日は白シャツにチノパン姿という私服だった。
役所の受付で、何か困ったような顔を浮かべていた。
「はい、わかりました。いやぁ、困ったな」
受付で用事をおえ、帰ろうとする牧師さんに私は声をかけた。
「牧師さん、こんにちは。どうしたの?」
「あぁ、マスミか」
牧師さんはおでこに手を押さえて、本当に困っているような表情を見せた。
「あれ? マスミ? 肌綺麗じゃない?」
牧師さんは私の顔をじっと見つめた。あまりにも真っすぐに見つめられて私はドキドキしてしまう。それに肌が綺麗とは!こんな事を言われて喜ばない女子はいないだろう。私は暑さではない理由で顔が赤くなる。
「た、たぶんアナのジュースがいいんじゃないかな?」
「アナのジュース?」
「そう、最近フルーツジュースじゃなくて野菜のジュースを作っているんだけど、どれも美味しいし飲んでると元気になるよ。今日もクレロンのジュースが美味しかったわ。なんでも疲労に効くんですって」
恥ずかしいので、つい早口でベラベラと話してしまう。ちなみに英語はスピードより声の大きさの方が大事だ。発音やアクセントの問題ではなく、単純に声が小さいかた相手に伝えわっていないパターンの方が多い。意外と日本人でも真面目に英語を勉強している人でも気づかない落とし穴である。この単純な落とし穴にハマって英語を挫折するのはもったいないと私は思う。
「そうなんだ。アナのジュースは良心的な値段だし、今度子供達を連れていこうかな」
「是非行ってあげて。タピオカ屋のおかげでアナは苦労しているみたい」
と言ってもタピオカの人気もあっけなく落ち着いているようなので、何の商売も厳しいと思うが。
「ところで、何を困ってたの?」
「実は…」
牧師さんはカーラの葬儀をあげる上で、親や親族に連絡を取ろうろとしていたらしい。役所に出向いてその連絡先を調べたが、どの連絡先も出鱈目で繋がらないそうだ。
「村長は? 確か村長は、カーラの親戚なんでしょ」
ちょうどそう指摘したところ、入口から村長が入ってきた。
相変わらず、偉そうな雰囲気で肩で風を切っていた。
「すみません、村長」
「は?」
牧師さんは腰を低くして村長に話しかけていたが、村長は怪訝な顔をしていた。下々の人間と話したくはないという意思がありありと伝わってくる。
「カーラのご両親や親族の連絡先はわかりませんか?葬儀のために必要なんですが」
「知らん!」
村長は怒り、牧師さんの言うことを無視して足速に二階の方へ行ってしまった。
「どういう事?」
私は一人呟く。確かカーラは村長の親戚だったはずだ。それなのに全く知らないってどういい事?
・カーラの親族の連絡先を村長は知らない
・村長とカーラは親戚って何で嘘ついた?
・おかしい、何か変!
ノートにカリカリとメモをしている私を見て、牧師さんはなぜか笑っていた。
「本当にマスミは探偵みたいじゃないか」
「探偵ではないって」
「でも探偵いいよね。ちょっと困った時とか相談出来るような所があるとみんな安心」
確かにこの村は保安官も警察も意味がない存在に成り下がっていた。そういう探偵事務所というか、相談所が有ればいいかも?などとちょっと頭に浮かぶ。
「相談は牧師さんの仕事じゃないの?」
ロマンス小説では神父に罪を告白するシーンを見たことがあったし、牧師も信徒の相談に乗るシーンがあった記憶がある。
「まあ、そうなんですけどね。まあ、とりあえず役所から出ますか」
「ええ」
私と牧師さんは役所から出た。夏の強い日差しが容赦なく私達を照らす。
「どうするの?牧師さん。カーラの親や家族の連絡先わからないのに」
「そうですね…」
こんな状況でも牧師さんは、呑気に青い空を見ていた。
「カーラの家に行ってみましょうか?」
「え?」
そんな発想はなかった。しかし、家には鍵がかかっているのではないか?
「まあ、仕方ないでしょう。カーラの家に行ってちょーっとお邪魔しましょう」
珍しく牧師さんはかアビーやジーンみたいなイタズラっ子のような表情を浮かべていた。
「でも良いの?勝手に行って」
「殺人事件の犯人の手がかりも掴めるかもしれませんよ」
そう言われてしまうと、私は逆らえず牧師さんと一緒にカーラの家に向かった。




