20話 カーラは嫌われ者?
湖の方は、想像通り誰もいない。鳥や風、木々にざわめき以外には何の音も聞こえない。当然、転移者や不審な扉らしきものは見えない。さっきアナにあんな事を言われたが、ハンナらしき怪しい人物もいなかった。
私は、湖の畔のベンチに座る。仕事中とはいえ、暑さにちょっとだるくなり腰を下ろした。
ミッキーのパン屋で買った袋を除いてみる。田舎パン以外にもいくつか小さなパンが入っていた。これがミッキーが言っていた試作品だろう。
ちょっと行儀が悪いが少しだけパンを齧る事にした。一つは丸いパンの真ん中にシチューが詰め込まれていた。これが惣菜パンのようである。もう一つは、柔らかめの生地のロールパンのようだ。あと、グローブのような形をしたパン。これはおそらく私が日本のクリームパンはグローブ状と言った事をヒントに作ったのだろう。こちらもふっくらフワフワで日本のパンに似ている。
このクリームパンに似たパンを食べてみた。中身はジュースペーストでつくったクリームのようで、どちらと言えばジャムパンだが、日本のパンと似ていて懐かしい。この土地の硬いパンももちろん好きになって来たが、幼い頃から慣れしらしんだおやつのようなパンに私の目尻は思わず下がっていた。村の人達が気にいるかはわからないが、私は好きなパンだ。アビーとジーンも気にいるかかもしれない。あとでミッキーにもパンの感想を伝えよう。
パンを食べて元気になった私は、その後の仕事も足取り軽く終わらせた。森の中に入るには、もちろんいい気分はしないが、怪しい人影が何もなかった。カーラを殺した犯人もいないし、転移者や不審な扉もない。拍子抜けした気分になり、教会の方の向かった。
教会の近くのポストにミシェルの手紙も投函する。日本で手紙を出す事は滅多に無いので、逆に新鮮である。返事を届くのを楽しである。手紙だったらLINEのような既読スルーなどもしにくいし、便利な世の中は逆にトラブルやストレスを買っているのかもしれない。私はこの村のスローライフにすっかり染まっているようだった。
「マスミ!」
「マスミだ!」
アビーとジーンに声をかけられた。二人とも泥遊びでもしていたのか、両手や服が泥だらけである。
「ちょっと二人とも何してたの?」
「ゲジゲジ無虫探してた!」
ジーンは鼻の穴を膨らませて若干ドヤ顔である。
「牧師さんのベッドの枕にゲジゲジ虫仕掛けてきたんだよ!」
アビーは少女らしくキャッキャとはしゃいでいる。この悪戯っ子の面倒を見ている牧師さんの苦労が想像できて、私は思わず苦笑してしまう。
「ちょっと、あなたたちに聞きたいんだけど、カーラって知ってる? 役所の職員の」
「私はカーラ嫌い!」
アビーは頬を膨らませる。
「だって奉仕活動のとき、牧師さんにベタベタ色仕掛けしてたんだから! あのビッチ!」
「こらこら、そんな事言うんじゃないよ」
私は一応アビーを叱ったが、内心穏やかでは無い。カーラが牧師さんを好きだった? あり得ない話ではないのにその可能性をなぜか除外していた。そう言えば「コージー村速報」でカーラと牧師さんが一緒に奉仕活動をする記事が載っていた。何か色っぽい感情が生まれていたとしても変ではない。
「でもカーラってもっと酷いんだよ。牧師さんはお金なくて万年金欠だよって言ったら、すぐ色仕掛けやめたんだ」
ジーンはこの事の方が怒っているようだった。つまり金目当てで色仕掛けしてたのか?子供の言う事を鵜呑みにするわけでは無いが、カーラの印象が変わってしまう。もしそれが本当だとしたら、アビーは男性を金目当てで見てるという事?
やっぱりクラリッサの言う通りカーラはお金の問題を抱えていた可能性が濃厚だ。
・カーラ、牧師さんに金目当てで色仕掛け?
子供達の言う事だが、一応メモに書いて置いた。
「ところで、牧師さんって万年金欠なんだ…」
「そうだよ。こんな子供の面倒も見てるんだもん。お金余ってるわけないじゃん!」
アビーはなぜか怒っていた。自虐でもあるが、お人好しの牧師さんに何か思う所があるのだろう。私は逆にこんな子供の面倒を見ている牧師さんに良い印象しか持てず、金が無いとわかって色仕掛けをやめるカーラの気持ちがますますわからない。まあ、色仕掛けをする気持ちも全くわからないが。
「ところで牧師さんはどこいったの?」
カーラの事を何か知っているかもしれない。牧師さんとも接触したいのだが。
「知らないー!」
「知らない!」
アビーとジーンは、そう言ってキャッキャと笑いながら教会の庭の方に行ってしまった。
私はそんな子供達にため息をつき、苦笑する他なかった。




