少女は、青年のとなりで笑う
本日は最終話なので、二話更新です。
お気をつけください。
海辺の村についたアカとナオは、村のはずれに馬車を止めた。
浜辺は車輪が砂をかむからと、荷台のロウをアカが背負う。
「こっち」
アカを先導するナオに、迷いはない。
黄金色の瞳でまっすぐ前を見つめ、たしかな足取りで進んでいく。
ナオの瞳は黄金色をしており、多くのひとと違っている。
聖女の瞳だと言われ、散々な目にあう羽目になった原因ともいえる瞳だ。
けれど特異なのは色だけで、視界は常人とかわらない。
そのため、身体から抜けてしまったロウの魂のありかなど、見えはしない。
それでも、ナオにはそこにロウがいるという自信があった。
村人たちは、突然やってきた馬車を遠巻きに見ている。その視線がアカの髪に向けられ、その背のロウを見て、共に歩くナオを不審げに見回しているのをナオは肌で感じた。
けれど、そんなものは気にならない。
ただ一点、かつてロウと暮らした筏が繋がれていた河口の波間を目指して進んでいたナオは、波打ち際で脚を止めた。
そこにあったのは砂に突き立てられた一本の棒。
ナオの背丈ほどもある棒のてっぺんには、擦り切れた縄が固く結び付けられている。
半端な長さで切り落とされた縄が、潮風にかすかに揺れている。
「これ、筏の……」
どこにでもある縄を見つめて、ナオは息をのむ。
ナオの声に視線をあげたアカが、過去を思い出すように目を細めた。
「ああ。筏を結んでた縄の残骸だ。ロウがお前さんが帰ってくるときの目印になるから、って」
「そっか。じゃあ、きっとロウもここで待ってるね」
筏があった場所まで行くつもりだったナオは、ロウが置いた目印の前に座る。アカがおろしたロウの身体を抱きしめて、愛しいひとの頬をなでた。
「ローウ、迎えにきたよ」
やさしいささやきのあとに訪れた静けさのなか、波の音が寄せては引いていく。
「ロウ? あたしだよ、ナオだよ」
おだやかな陽射しに照らされた浜辺に、ナオのひそやかな声が落ちる。
ナオの腕のなかに身体を預けるロウの目はまだ開かない。
ざぁん、と波が弾ける音の余韻にロウの声を待ちわびて、アカが拳を握りしめる。うすく開かれた唇が細く震える息をこぼし、ナオの名を呼ぼうとしたとき。
ロウの力なく垂れた指先が、ぴくりと揺れた。
ナオとアカの視線がロウの指先に集まる。
あまりにもかすかな動きが自発的なものか、あるいは不安定な砂地によるものか判断がつかずに、ナオとアカは息を詰めた。
やわらかな潮風に、ナオの髪が乱される。
愛しいひとのの一挙一動を見逃すものかと真摯な光を宿す黄金の瞳に、長い黒髪がはらりとかかった。
そこに伸ばされた男の手が、黒髪をゆるりと持ちあげてナオの耳にかける。
「ナオ……かわいい顔を見せてくれ」
かすれた声に名を呼ばれて、ナオの目がこれ以上ないというほどに大きく見開かれた。
ゆるゆると髪を梳く骨ばった手の懐かしさに、ナオは震えた。
「どうした。嫌なことでもあったか?」
ナオの目を潤ませる涙に、ロウが不思議そうに瞬く。
みるみるうちに大きくなる涙の粒を指で受け止めるロウに、ふたりを見守っていたアカが声をあげた。
「お、前が! 呑気に寝て起きないからだろう!」
涙声で怒鳴られて、ロウはようやくアカの存在に気がついたらしい。
ゆっくりと視線を動かし、上半身を起こしたロウは、ナオを腕のなかに囲い込んであたりを見回す。
「まぶしいな……ここは、海か? 俺は死んだはずじゃ……」
不思議そうに目を細めるロウの姿にナオは笑って、弾ける雫を陽光にきらめかせた。
「おはよう、ロウ。これからはずっといっしょだよ」
ぎゅう、と首すじにしがみついてきたナオの身体を受け止めて、ロウは迷いなくうなずく。
「もちろん。ここがどこだろうと、俺はナオと離れない」
状況を把握しきれていない様子ながらもしっかりと断言するロウに、アカは泣きながら笑う。
「お前さんたちはそうやっていっしょにいるのが、一番だなぁ」
「それはそうだろう」
「当然でしょ」
ふたりそろってすぐさま答えたことにアカは目を丸くして、破顔する。
その笑いにつられてようにナオが笑えば、ロウもまた愛しさを込めた瞳で腕のなかの少女を見下ろして表情をやわらかくした。
大好きなロウの大好きな笑顔を見あげて、ナオはますますうれしそうに笑う。
暖かな太陽の光が、幸せそうな三人を包み込んでいた。
※※※※※
国に向かったナオたちは、女王となったタハルに迎え入れられた。
前女王が秘匿していたという薬湯を飲むようになったタハルは体調を崩すこともめっきり減り、薬師のばばに「元気過ぎるのも考えものじゃな」と言われるほどだ。
しばしばナオを誘って山遊びに出かけるものだから、お目付役のアカは日々苦笑いを浮かべることとなった。
気ままにタハルと出歩くナオは、ナオは国の民たちに「聖女さま」と呼んで慕われた。
けれど、ナオとロウは国に住み付きはしなかった。
タハルに国のなかに家を用意する、と言われたふたりはそろって首を横に振り「筏で暮らしたい」と答えたという。
ならば、とタハルは国の池に筏を浮かべ、ナオとロウはそこでふたりきり仲睦まじく暮らした。
女王タハルは黄金の瞳をした聖女に支えられ、明るく良い国へと導いた。
聖女のとなりには、いつも青年の姿があったという。
〜死者の国の章 終〜
聖女の生まれ変わりだと言われても、自覚も能力もない少女には迷惑でしかない ー完ー




