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聖女の生まれ変わりだと言われても、自覚も能力もない少女には迷惑でしかない  作者: exa(疋田あたる)
死者の国の章

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光、射す場所へ

 しんと静まった道の途中で、ナオはのろのろと動き出した。

 冷え切った身体は重く、関節という間接がきしむようだ。

 聖女とサンギがいたときよりもいっそう冷え込むような気がするのは気のせいだろうか、と思いながら、ナオは腕を持ち上げた。

 

「ロウ」


 つん、と突いたロウのほほはやわらかく、凍えるナオの爪先にかすかな熱を伝える。

 けれど彼のまぶたはぴくりとも動かない。


「ローウ」


 耳に吹き込むように名前を呼んでも、応えはない。

 けれど触れた身体が温かく、その心臓がたしかに動いていることを確かめて、ナオはロウの胸のうえに頬を寄せて静かに目を閉じた。


「聖女が魂は地上に、って言ってたもんね」


 つぶやいて微笑んだナオは、身体を起こす。


「ロウってば、どこで寄り道してるの」


 仕方ないなあ、と言いたげな声をもらしたナオは、ロウの身体に細い腕を回した。少女の腕では年上の青年を囲い込むことはできず、力なく倒れた身体を抱きおこすにもひどく時間がかかる。


 どうにかロウの胸のしたに入り込むと、よろめきながらもナオは立ち上がった。

 ロウの両腕を自身の肩に回して、重たい身体を背負ったナオが歩き出す。

 身長が足りず、地面についたロウの足を引きずりながらナオはよろよろと一歩を踏み出した。


「ロウのこと、きっと見つけるから」


 *****


 登り坂はひどく長かった。

 聖女の元まではサンギがロウを運んでくれたこともあるのだろう。

 下ってきた道の何倍も何倍もあるように、ナオには感じられた。


 一歩進むごとに、背負ったロウの重みでナオのひざがきしむ。

 一歩進むごとに、はだしの足に岩の冷たさがしみた。


(いっそ感覚がなくなるくらい冷えてくれればいいのに)


 息を切らし、吐く息の白ささえわずらわしく感じながらナオはただ前だけを見据えて脚を前に進める。

 先が見えない坂のうえをにらむようにして歩くナオの視界の端で、ときおり死出虫が冷たい岩の壁を這い、壁のすき間の暗がりに訃渦の胴体がぬるりと蠢く。


 そのたび、ナオは懐に押し込んだ短剣に手を伸ばそうと緊張を高める。けれど、おぞましい腐臭が近寄ってくることはない。

 理由はわからないながらも、それをありがたく思いつつ、警戒をやめることはできずにナオの精神はすり減っていく。

 

(光が、見たいな……あったかい光が)


 這うように進み、転び、そして立ち上がってはまた足を滑らせて崩れ落ちながら、ナオは聖女の光を思い出していた。


 彼女がかざした手から生まれた光は、やさしい温もりに満ちていた。

 あの光が自身の瞳にあるものと同じだというのなら、なるほどロウが「きれいだ」と言ってくれるのもうなずける。


(あんなやさしい光を灯せるように、なりたいな)


 朦朧とした意識のなか、ナオは未来を思い描いてひたすらに進み続けた。

 転んでも、震える脚が引きずるようにしか動かなくなっても、止まることはしなかった。




 どれほど歩いたのだろうか。

 もはや脚の感覚さえわからなくなったころ、ナオは地面が明るく照らされているのに気が付いた。

 

 重たくてたまらない首をのろのろと持ち上げたナオは、光を見た。

 暗い穴のうえで、まばゆく輝く光は太陽の色をしている。


 聖女が迎えに来てくれたのだろうか。

 ぼんやりとそう考えたナオは、すがめた目をまたたかせて、そして大きく見開いた。


「あ……」


 光が、ナオとロウを照らしていた。

 それは木の葉のすき間からこぼれた、太陽の光。

 確かな明るさと温もりが、暗い穴の底に佇むふたりを包み込む。


「あ……!」


 見上げた穴のふちに、誰かの顔がのぞいた。

 逆光になってナオからは相手の顔が見えないけれど、向こうはナオたちの姿をしっかりととらえたらしい。

 驚きにあがった声には、喜びの響きがあった。


 誰だろうか、と考えるよりもはやくナオたちのそばに縄が投げ落とされる。どこかに結び付けているらしいその縄をつかんだそのひとは、ためらいもせず穴のふちから飛び降りた。

 縄を伝って、というよりも縄にしがみつきながら落ち、ナオの目の前に転げるように着地したのは、ひとりの男だ。


 脚をもつれさせながらもナオとロウに駆け寄ってくるその男の髪色に、ナオは見覚えがあった。


「アカ?」

「ああ、無事だった……!」


 背中のロウごと、よろめいたナオを抱きしめたアカが声を震わせる。


「池の小島が血まみれで、お前たちは死んでしまったものとばかり……!」


 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら言うアカは、いい年をして泣いているらしい。

 疲れ果てて力の抜けた身体をその腕に預けて、ナオはへらりと笑う。


「死んだよ。ロウは一回、死んじゃったけど、でも、聖女がね。生き返らせてくれたんだ」

「聖女さまが……!?」


 ふたりを抱きしめる腕はそのままに、顔を離したアカが呆然とつぶやく。


「会ったのか」

「うん。オウシの呪いに縛られてたんだって」


 痛みをこらえるように顔をしかめたアカに、ナオは続ける。


「でも、もう次の生に向かったよ。サンギが、聖女に呪いを解いてもらったサンギが、ぜったい連れて行くって」

「サンギが……そうか。聖女さまも、いや、チユさまも、そうか、そうか……」


 アカはこみあげる様々な感情を飲み込むかのように、きつく目を閉じて天を仰いだ。

 そうして、再び目を開けた彼は、ナオを見つめてやわらかく微笑む。


「何にせよ、良かった。しかし、ロウはどうした。ナオに苦労させて寝こけているなんて、ロウらしくない」


 親しい者をからかうようなアカの口調に、ナオはつられてくすりと笑う。

 樹海でオウシに連れ去られるとき、すれ違ったロウのそばにはアカの姿があった。ナオの居ないところでロウとアカのふたりが親しくなっていたのだと想像して、ナオの胸がじわりと温かくなる。


「ロウの身体は聖女の力で生き返ったんだけど、魂は戻ってなくって」

「なんだと!」


 驚き、絶望の色をたたえたアカの目を見返して、ナオはにっこり笑う。


「だから、あたしが探しに行く。ロウはあたしを探してくれて、あたしを生かしてくれたから。今度はあたしがロウを探す番」


 満身創痍で、くたくたに疲れ切った身体で、それでもナオは黄金の瞳をきらめかせる。

 その目にあるのは絶望ではない、ただひたすらに愛おしいひととの未来を信じる思いだ。


 曇りのない少女の瞳に、アカは太陽の力強さを見た。同時に、かつて目にした聖女の癒しの光に似たやさしさを感じる。

 その光に聖女を感じ、かつての聖女にはなかった強さを見て目を細めたアカに向けて、ナオがほほえむ。


「ロウを探して、今度こそふたりで幸せになる。そう、約束したんだ」

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