生まれ変わって、また
泣き崩れたサンギを愛おし気に見つめた聖女が、ナオに視線を向ける。
「これで、サンギは次の生に向かえるでしょう。わたくしも、亡骸にかけられた呪いが消えたならここを去ります」
「そっか。良かった」
ナオは心からそう言えた。
サンギの悲願がかなったことは、素直にうれしかった。永くオウシの執念に縛り付けられていた聖女が解放されることも、祝福できる。
「あなたはまだ生きている身ですから、この道を引き返せば地上に戻れます。道中が不安なのであれば、わたくしが付いていける場所まではお見送りを」
「ううん、いい」
聖女のことばをさえぎって、ナオは首を横に振った。
気遣いをうれしく思いながらも、ナオの視線と意識は背後で横たわるロウに向かう。
「戻っても、もう地上にロウはいない。だったらそこにあたしの居場所はない。だから、あたしも地の底にいく。それで、生まれ変わってまたロウと出会うんだ」
幸せな未来を信じて語るナオの黄金の瞳が、きらりと光る。
真っすぐな瞳をまぶしそうに見つめた聖女は、微笑んだ。
「では、ありったけの力でそのかたの身体を治しましょう」
「……でも、身体が治っても、ロウが動かなかったら……」
サンギは呪いこそ解けなかったものの、五体満足の状態で死者の国への道にいた。
聖女もまた、生前の姿のまま十数年もこの場所にいたという。
死して地上を去ったふたりは、死者の国で動き、話し、生きていたころと同じようにふるまっている。
けれどロウは、ロウの身体は死者の国に下ってなおぴくりとも動かず、そのくちがナオの名を呼んでくれることもない。
ロウと聖女らとの間に、どのような差があるのかナオにはわからない。
わからないけれど、ロウのいない世界に戻るつもりはかけらも無かった。
「いいえ、大丈夫です」
ナオの不安をよそに、聖女はおだやかに笑ってロウのそばに膝をつく。
妙に自信ありげなその表情に、ナオは「でも……」と続けることばを見つけられなくなった。
だめだったならロウを背負って地の底に向かおう。そう決めて、ナオは聖女を止めるのをやめた。
駆け寄ったナオがロウの上半身を抱き起すのにほほえんで、聖女はロウの胸に手のひらをかざす。
「ロウ、あなたの身をあるべき姿に……」
まばゆい光で視界が埋め尽くされる。さきほど、サンギの呪いを解いたよりもいっそう強い光が、ロウの全身を包み込む。
何も見えないけれど、ロウから目を離さずにいたナオは「くっ……」とうなる聖女の声を聞いた。
思わずこぼれたようなそのうなりが気になりはしたけれど、彼女の奇跡の邪魔をするわけにはいかない。
なにか見えないかとナオが目を凝らすなか黄金の光が収束しはじめ、同時にからんと音をたててなにかが地に落ちた。
光がおさまって、ナオはそれがロウの胸に刺さっていた剣の落ちる音だったと気が付いた。
その胸を深く貫いていた剣が無くなった胸は、おびただしい血に汚れたままではあるけれど、新たな血を吹き出すことはない。
「ロウ……?」
ぺたり、とほほに触れたナオの手が、かすかなぬくもりを拾う。
「あったかい」
つぶやいたナオはロウの身体を地面にそうっと横たえて、恐る恐るその胸に耳を当てた。
血に濡れた布地のごわつきも気にせず、ナオはロウの胸に耳を押し当てる。
「……ああ」
皮膚のした、骨の向こうからささやかな、けれど確かな鼓動がナオの耳に届いた。
こらえきれない歓喜の吐息をもらしたナオの目から、涙がほろりとこぼれて落ちる。
「ああ……ロウが生きてる」
「……さあ、ナオあなたも、あるべき姿に……」
涙を流すナオの胸に手のひらに聖女が手をかざす。
ぽう、と暗がりを照らした光はずいぶんと弱弱しくて、けれどじんわりとナオの胸を温めた。
すぐに消えた光を見つめるナオの前で、聖女がほっとしたようにほほえむ。
「良かった、あなたの、大切なかたを、癒やせ……て」
吐息のような声でささやいた聖女の身体が、ぐらりと傾ぐ。
「あっ」
「聖女さま!」
驚いたナオは目を見開くばかり。
聖女が地面に打ち付けられる寸前、飛び込んできたサンギがその身体を抱き止めた。
顔いっぱいで心配を表しながら、サンギは聖女の顔をのぞきこんだ。
「……ふふ。力を、使い果たしてしまったみたい、です」
聖女が弱弱しく笑う。
「使い果たしたって……あんたは、どうなっちゃうの?」
身体を起こしたナオが問えば、聖女はゆっくりと目を閉じた。
サンギが彼女の身体を抱き起し、すこしでも楽な姿勢になるようにと自身の胸に寄りかからせる。「ありがとう、サンギ」とちいさくつぶやいた聖女は、目を閉じたまま赤い唇をちいさく開く。
「地上の亡骸の呪縛が解けたいま、死を退ける力を失えば、わたくしはもう形を保てないでしょう」
言った聖女が震える手をゆるりと持ち上げた。
支えるためにサンギが握った聖女の指先が色味をなくし、ほろりと透けていく。
「そんな!」
「聖女さま、サンギもいっしょに!」
見る間に透けていく聖女の姿にナオが悲鳴をあげる。サンギは、消えていく聖女の身体を引き留めようとするかのように強く抱きしめた。
「この身のかけらでも、死の国の底に、たどりつけ、ば……」
ほろほろと消えていく聖女のささやきを皆まで聞かず、サンギが彼女の身体を横抱きにして立ち上がる。
「サンギが連れてく。ぜったい、間に合わせる!」
「待って……ナオ、あなたの大切なひとの、魂は地上、に」
何ごとかを伝えようとする聖女に、サンギは力強く蹴りだそうとした脚を止めた。
けれど、ナオの声がその背を押す。
「行って、サンギ! あんたたちは、幸せにならなきゃだめ。はやく行って!」
「うん!」
駆けだしたサンギの背中にナオは叫ぶ。
「生まれ直して、今度こそ幸せになって! あんたたちが生まれてくるのを、ロウといっしょに待ってるから!」
返事はなかった。
人間離れした速さで道を下っていくサンギの背は、あっと言う間に暗闇に呑まれて見えなくなる。
死者の国の底までどれほどの距離があるのか、ナオは知らない。
けれど、願う。
「どうか、どうかふたりが次の生にたどり着けますように……」




