呪われた身に、聖女の癒しを
そっくりな顔を見合わせてふたりで笑い合い、ふと空気が途切れるのを待って聖女がやわらかく微笑んだ。
「あなたが欲するのなら、力を渡そうと思っていたのです。わたくしの姿を持って生まれたせいで苦労しているのならばせめて、と」
「いらないよ。それはあんたの力でしょ。それにこの顔も身体もあたしのものだから、これでいい」
おだやかな顔で聖女を見返したナオは、つんと口をとがらせて続ける。
「悪いのは、十何年も昔の話をまだ引きずってるやつらだよ。オウシなんてすぐ『母上がー、母上がー』ってうるさいったらない」
「ふふっ、本当に。本当に、いつまで囚われるつもりなのでしょうね、オウシさまは。わたくしの身体も、もう朽ちかけているというのに……」
聖女のつぶやきに、ナオは目をまるくした。
「え。あたしが見たときはまだきれいだったけど。冷たい部屋で、ただ寝てるだけみたいな」
ねえ、と話を振ろうとサンギに目を向けて、ナオはためらう。
彼がどこまでを記憶しているのかわからない。サンギはあの場所に通っていたようだから、穴の底の聖女のことも知っているはず。
けれど彼の命が途絶えたのもまた、おそらくあの穴の場所だ。
もしもサンギがそのことを忘れているのなら、思い出させるようなことを言うのは酷だろうか、とナオはくちごもる。
「俺、聖女の墓こわした」
ナオの心配をよそに、サンギがぽつりと言った。
「墓?」
「聖女の、寝てるとこ、壊した」
首をかしげるナオに答えながら、サンギは聖女の足元にしゃがみこんだまま肩を落としてちいさくなる。
異形の頭のせいでわかりづらいが、どうやらしょげているらしい。
いつもぐりぐりと動き回るサンギの黒目は、足元に向けられて淀んでいる。
「聖女、ごめんなさい……」
「なにをあやまるのです、サンギ!」
しょんぼりと言ったサンギの頭を抱きしめて、聖女が声をあげた。
地面に座り込んだサンギと視線を合わせるためひざをついた聖女は、サンギの頬に手を伸ばしてやさしくほほえむ。
「あなたがあの氷室を壊してくれたおかげで、わたくしの身体はようやく死に迎えるのです。永く、秘術と氷室に守られて地上に縛り付けられた聖女としての生が、ようやく終わりを迎えられるのです」
幼児に言い含めるように、やわらかな声で告げた聖女はサンギの異形の鼻面に額をすり寄せた。
「ありがとう」
想いのこもった感謝に、サンギの目から涙がこぼれる。
大きな異形の目から大きな涙の粒をぼろぼろと流して、サンギは肩を震わせた。
「俺、ひとりで死ぬの怖くて……聖女もいっしょなら怖くないと思って……」
「ええ、ええ。永く、ひとりで辛い思いをさせました。ごめんなさい。けれど、ありがとう。あなたはわたくしを救ってくださいました」
繰り返された感謝のことばに、サンギはいよいよ涙をこらえきれなくなったらしい。
異形の頭に似合いの唸り声をあげながら聖女にすがりついている。
唸り声こそ異形そのものだけれど、そこににじむ歓喜の感情は確かにひとのものだ。そばで聞いていたナオは、胸に温かいものが生まれるのを感じていた。
「……あなたが不要だとおっしゃるのならば、わたくしの力はサンギの呪いを解くのに使いましょう」
「解けるの!?」
驚き、目を丸くしたナオに聖女が笑う。おっとりと目を細めた彼女はずいぶんと楽しそうだ。
「ええ。わたくしは癒しの力を持つ聖女。それは偽りでもなんでもありませんから」
「太陽の姫巫女みたいに、まわりが持ち上げて言ってただけじゃないんだ?」
「あら」
ナオが驚きのままにこぼせば、聖女はますます楽し気に笑う。
「どなたからその話を聞いたのかしら。女王さま……がご自分で吹聴なさるはずがありませんし、オウシさまはご存知ないでしょうし」
「タハルっていう、女王の娘だよ。天気が崩れると体調が悪くなるだけなのに、天気を予言できるなんて言われてるんだ、って……」
言いながら、ナオは今更ながら言ってしまって良かったのだろうか、と声の勢いを無くしていく。
対する聖女は「まあ。あの幼かった女の子がそんなことを……」と感慨深げだ。
しばし、懐かし気に目を細めていた聖女は、目の前のナオが気まずげな顔をしているのに気が付いて首をかしげる。
「……えっと、あの国の秘密、でしょ? 話しちゃって良かったのかな、って思って」
聖女の視線にナオが口ごもりながら答える。
「死人にくちなし、ですから」
笑いながら返されたナオは、笑えない。
けれど聖女は気にする風もなく、サンギに向き直った。
「サンギ、サンギ。離してちょうだい。あなたの呪いを解きたいの」
「俺の、呪い……!」
聖女の腹に鼻先を押し付けてぐすぐすと泣いていたサンギは、かけられた声に身体を起こす。
しがみつく腕が無くなると同時に、聖女は音もなく立ちあがった。
座ったままの姿勢で後退したサンギが、期待に満ちた眼差しで彼女を見上げる。
安心させるように微笑みかけた聖女が、ゆるやかに持ち上げた両手をそっとサンギの異形の鼻面にかざす。
「サンギ、あなたのあるべき姿に……」
特別な呪文などなく、いかがわしい儀式もない。
ただ、聖女が願いを込めたことばをつぶやいたと同時に、その手のひらに光が生まれた。
「金の、光……これが、聖女の力」
聖女の手のひらから生まれた光は、見る間に強さを増していく。
太陽のように強く、けれど熱を感じさせない光がうす暗かった死者の国の道を明るく照らしだす。
訃渦や死出虫がここにいたのならば、焼け落ちるだろう。
そう思えるほどの光に視界を奪われたのは、どれほどの時間だったのか。
ふと、まばたきをしたナオは、視界が元通りにうす暗い闇に包まれていることに気が付いた。
あれほどまばゆくきらめいていた光は残っていない。
「あ」
うす暗がりのなかに、聖女の姿が見えた。
その向かいに座って彼女を見上げているのは、ひとりの青年だ。
「ああ……」
青年のくちからこぼれたのは、ことばにならない想い。
自身の手を顔に這わせた青年は何度もまばたきを繰り返し、澄んだ瞳で聖女を見上げて涙をこぼす。
「ああ、ああ! 呪いが、解けた……!」
歓喜に満ちた声は、間違いなくサンギのものだった。




