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聖女の生まれ変わりだと言われても、自覚も能力もない少女には迷惑でしかない  作者: exa(疋田あたる)
樹海の章

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光あふれる日に、さようなら

 その日は久しぶりの快晴だった。

 長く続いた雨に清められた空は、朝から眩しいほどの光に満ち溢れている。


(あたしの瞳が太陽の力を持っているっていうのなら……ううん、いい。あたしはあたしの力でここから抜け出すから。あたしが欲しいのは太陽の力なんかじゃない。ロウのそばにいることだけだもの)


 部屋に射しこむ光のあまりの強さに、うっかり助力を願いそうになったナオだったけれど、弱気な自分はすぐさま握りつぶす。信じるものはロウだけで良いと、自身の決めた唯一を胸に強く刻みつける。

 そこへ、夜が明けるなり女王に呼ばれて姿のなかったオウシが戻ってきた。

 どことなく苛立たし気な雰囲気を察して、ナオは表情を消す。


「……ぼくひとりで山向こうの国へ行けというのだ、母上は。ぼくの馬ならば多少の悪路は行けるだろうと。またぼくとお前を引き離そうとする!」


 部屋に入るなり声を荒らげるオウシのことばに、ナオは彼の手綱さばきを思い出した。

 ロウとの距離がみるみるうちに離れた痛みは、まだ胸に残っている。けれどそれとは別に、木の根や岩で決して平たんではない道を馬で流れるように進めるということに、驚いたこともまた覚えていた。


「たしかに、すごかった。馬を手足みたいに使ってたんだもん」


 純粋な称賛の気持ちからこぼれたナオのことばに、オウシが目を見開く。


「そ、そうか? まあぼくは国一番の乗り手だと言われているからな」

「そうなんだ。すごいね」


 自慢げに言うのにもナオが素直に納得してみせれば、オウシはそわそわと部屋を歩き回りはじめた。

 先ほどまでの不機嫌はすでにかけらも見当たらない。


「そう、そうだな。ぼくはすごいんだ。山向こうの国へだって、ぼくならば簡単に行って帰って来られるとも」


 誇らしげに言ったオウシは、部屋の外に顔を出して「馬の支度をしろ! すぐに出る」と怒鳴りつけた。

 ばたばたと足音が聞こえたことから、部屋の外で見張る誰かが支度のために駆け出したのだろう。


 オウシはその物音など聞こえないかのように、ナオを見つめてうっとりと微笑む。伸ばされる指に触れられたくない、と咄嗟に思ったナオは、けれどそれも今日までだと思えば我慢できた。


「お前のためにすぐ戻ってくるからな」

「……気をつけて」


(せいぜい気をつけてゆっくり進んで、あまり早く戻って来なければいい。せめてあたしが逃げ切るまで)


 そんな想いを込めた見送りのことばにもオウシは舞い上がる。


「ぼくが戻るころには、お前の記憶も力も戻っているかもしれないな。そうなったら、今度こそ夫婦になろう。母上もきっと祝ってくれるだろう」


 浮かれたオウシは山向こうの国で土産を探して来よう、などと言う。

 ご機嫌なオウシが出かけた、しばらく後の昼過ぎ。


(あいつがいないと静かでいいな。これで波の音が聞こえればもっと良いんだけど)


 ぼんやりと窓の隙間を眺めていたナオは、邸の廊下が騒がしくなったのに気が付いた。

 目を向ければ入口の布がはらわれ、女王が姿を現す。


 その後ろに続いた薬師のばばが引き連れた男たちの姿を見て、ナオは目をみはった。


「あら、何を驚いているの。お前のために次の満月を待つほど、わたくしは暇ではないの。オウシも、こんな小娘の何が良いのやら」


 ぶつぶつとつぶやく女王をよそに、ナオの目は女王の後ろに立つ男たちを見つめて動かない。

 黄金の瞳が映すただひとりにちら、と視線を向けて、女王はうれしそうに赤い唇を吊り上げた。


「あらあら。お前、そういう男が好みなのね? それは今日からわたくしの付き人にした者よ」


 嘲笑うような女王の声がナオの耳を通り抜ける。

 ナオの意識はすべて、瞳に映したそのひとりに向けられていた。


 いつもはぼさぼさの髪をきれいになでつけて、きちりと着こんだ服は擦れもなければ穴も開いていない。ナオに向けるときだけとろりと溶ける目尻が、今はきりりと吊り上がって冷たい光を宿している。


(ロウ……!?) 


 その名を声に出さずに済んだのは、奇跡だった。

 見間違うはずがない。それは、ナオが求めてやまない最愛のひとだ。

 姿こそ見慣れたものと違っているが、間違いなくロウだった。


 ロウを見つめて身動きの取れないナオをよそに、薬師のばばが女王に近寄ってくちを開く。


「深い地の底へ落とすには、好ましく思う相手に絶望を与えられるのが一番でしょうな。異国の術に頼らずとも、女王の願いを容易に叶える法じゃ」


 それを聞いた女王は、若い娘のように目を輝かせた。


「そうね。新入りの忠誠を試すためにもちょうどいいわ。お前、ロウと言ったかしら? 今夜、お前がこの娘の胸に剣を突き立てなさい。それをもって、わたくしの付き人として正式に認めましょう」

「仰せのままに」


 女王の弾んだ声に返すロウの声は、固く低い。


(ああ、ロウの声だ……!)


 それでも聞きたくて仕方のなかったその声は、ナオの心を浮き立たせた。

 思わず涙ぐむナオが、恐怖から泣いていると思ったのだろう。女王はますます満足気に笑う。


「逃げられるとは思わないことね。邸の外の見張りに、この子たちも加わるのだから」

「女王、そろそろお支度を。新月の夜に死の穢れを振りまくのじゃから、どれほど用心してもし過ぎることはありませんからな」


 薬師のばばに促されて女王が部屋を後にする。機嫌の良い笑いのそのあとを追うように、男たちもぞろぞろと出て行く。


「あ……」


 最後に背を向けたロウに思わずすがりそうになったナオの手を取ったのは、しわくちゃの手だった。薬師のばばだ。


「闇夜に紛れて、ふたりでお逃げ。これは闇を祓う呪いを込めた短剣じゃ。持っておいき」


 ちいさくささやいた薬師のばばは、ちいさな刃物をナオを手のひらに握らせる。

 片手で握り込めてしまうようなそれは、短剣の形をしてはいるが実用性はないらしい。


 固めた樹液と鉱石が入り混じったような短剣は、ナオの手のなかできらりと黄金色に光った。


「……ありがとう」


 ナオのつぶやきが届いたのか否か。

 薬師のばばは振り向きもせず、ゆったりとした動作で部屋を出て行った。


「ありがとう」


 誰もいなくなった部屋のなかでもう一度つぶやいて、ナオは短剣を強く抱きしめた。

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