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聖女の生まれ変わりだと言われても、自覚も能力もない少女には迷惑でしかない  作者: exa(疋田あたる)
樹海の章

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黄金の瞳、太陽の象徴

 細い窓の隙間から夜空を見上げて、ナオは昼間のことを思い返していた。

 姫巫女の味方につくならば、ナオをここから逃がしてくれるということ。姫巫女が王になり女王とオウシを追い落としたあとに、ナオはこの国に戻ってきて姫巫女の助けとなるということ。


(タハルの話は悪くない。助けって言ってもあたしはそれっぽい服を着て、この目を民に見せればいいだけ。それに、ロウもいっしょにいて良いって言ってたし)


 天気が良いからか、今日のタハルはずいぶんと元気が良かった。

 おかげであれこれ話を聞くことができたナオは、あふれてしまいそうなあれこれを頭のなかでまとめるために、寝床に転がって目を閉じる。


(海辺の村では気味悪がられたこの瞳が、この国では太陽の遣いだって喜ばれるなんて。人間っててほんとうに変な生き物)


 閉じたまぶたに触れてナオが思い返すのは、視線が合ったひとびとの反応だ。


 驚き、嫌悪、拒絶。

 あるいは興味、嘲笑へと移り変わる視線が、大嫌いだった。

 

 それが、天候で体調不良になる巫女が治めるこの国では崇められるのだという。


(崇められる、ってどんなだろ……) 


 ごろりと寝返りを打ったナオは自身の痩せた腕に目をやった。

 孤児のロウと捨て子のナオは、耕す土地も根付く場所も持たずに生きて来た。その暮らしは決して楽ではない。

 

 崇められる暮らしが楽しそうだとは思えないけれど、となりにロウがいるのならナオは幸せだ。


「ここでなら、ロウも苦労しないで生きられるのかな……」


 そうつぶやいた時には、ナオの心は決まっていた。

 寝転んだまま見上げれば、月はずいぶん細っている。新月まではそう時間がない。タハルを信じきるには時間も何も足りないけれど、女王のほうが危険だとナオにはわかっていた。


 *****


「逃げ出すなら新月の夜ね。母上はあなたを殺すためにひと目の無いところへ連れ出すでしょうし、なにより闇があなたの姿を隠してくれるもの」


 翌朝、逃げ出すことを決意したナオに、タハルがひとを紹介するわ、と言う。

 部屋の外で聞いていたのだろう、そのことばに応えるように入り口の布がめくられて、ゆっくりとした動作で入ってきたのは年老いた女だった。


「薬師のおばばよ。昔は母上のそば付きをしていたんですって。わたくしより聖女のことをよく知っているはずよ」

「ばばと呼んでおくれ、娘さん」


 白髪をきれいにまとめた老婆は、おだやかな微笑みを浮かべてナオに近寄る。


「ああ、その顔、その瞳。本当にあの子に、チユさまによく似ておる」

「……似てるだけでしょ。あたしはナオだもの」


 言いながら、老婆がナオの頬に手を伸ばす。

 年寄りと触れ合ったことなどないナオは、老婆の表情のやわらかさに戸惑い、伸ばされた手を避けずに視線だけをそらした。


「知っているとも。あの秘術は魂を引き留めることしかできないからねえ。魂の主に戻ってくる意志が無いなら、生まれ変わりの邪魔になるだけだと、オウシさまにも告げたのだけれどね」


 すまなそうにナオの手をさする老婆の手のひらは、驚くほど固くしわだらけだ。

 けれど暖かなその厚みが心地よくて、ナオはされるがままになる。


「じゃあ、あたしはやっぱり聖女じゃないんだ?」


 何人ものひとに「聖女だ」と言われてもやもやする気持ちを、この老婆ならば晴らしてくれるだろうか、と期待したナオだったけれど、返ってきたのは「いいや」という否定のことば。


「それはわしらにはわからんよ。記憶を置いて来た聖女さまなのかもしれないし、聖女さまの瞳だけを受け継いで生まれただけの娘なのかもしれない。その疑問に答えられるのは、聖女さま本人か死の国の王くらいなものだろうねえ」

「……そう」


 ナオの消沈した声が、静かな部屋に落ちる。

 部屋の四隅で絶やさず燃やされている火は、番をする者がいないせいで燃え尽きようとしていた。

 しん、と冷えてしまった空気をかき混ぜるように、タハルが明るい声をあげる。


「聖女かどうかは、今はどうだっていいわ! あなたが抜け出すためには協力者が必要なのよ。候補はいるのだけど、うまくなかに引き込めるかわからないから」

「協力者? タハルのところのひとじゃないの?」


 ナオがたずねると、なぜかタハルは楽し気に笑う。


「ええ、国の者は誰がいつ裏切るかわからないもの。国の外のひとに頼むつもりだけれど、顔合わせしている時間はないだろうから、新月の日は何があっても逆らわないでいてちょうだいね」

「うん……わかった」


 どこかいたずらっぽいタハルの表情は気になったものの、ナオは彼女を信じると決めていた。

 必ずこの国を抜け出してロウの元へ帰ると決めていたから、深くはたずねなかった。


 そうして、女王とオウシの居ない隙にあれこれ話を詰めておこう、ということになったのだけれど。

 しばらくするとタハルが「頭痛がする」と言い出して話し合いはお開きになってしまった。


「まだ、こんなに天気がいいのに」


 狭い窓の隙間から見上げた空は、青く澄んでいる。涼やかな風がゆるく吹いて心地いい。

 だというのに、顔をしかめたタハルは「日暮れ前には荒れるわ」と言って老婆に支えられ、よろめきながら自分の邸に戻って行った。


「本当に当たるのかな」


 そうつぶやいたナオは、昼をいくらか過ぎたころにタハルの力を改めて思い知ることとなる。

 見る間に曇っていく空。重く垂れた雲から雨粒が落ちたかと思えば、その一滴が引き金になったかのようにあっと言う間に地面は濡れて一段暗い色になり、打ち付ける雨音以外なにも聞こえなくなった。


「これだけ酷いと、きっとタハルも寝込んじゃってるよね」


 湿り気を含んでじっとりと重たい空気に、自身もどことなく身体の重さを感じながらナオがつぶやく。

 ひどい雨は翌日まで降り続いた。

 当然のように、タハルは来ない。噂話をするような者もナオのいる部屋のあたりにはいないため実情はわからないけれど、きっと寝込んでいるのだろう、とナオは納得する。聞きたいことはまだあったけれど、仕方がないと諦めた。

 

 けれど悪天候で困ったのはそれだけでなく、大雨のせいで山向こうの国に通じる道が崩れてしまい、女王とオウシが引き返してきた。


「まったく、太陽の姫巫女だなどと名乗るのなら、もっと早くにこの悪天候を予言しておくべきだろう。そうすれば、ぼくがお前のそばを離れずにいてやれたのに。ねえ?」

「…………」


 帰ってきたオウシは、以前にも増してナオに付きっ切りだ。

 女王からの視線に殺意が混じっていると感じられるようになったのはそのせいか、あるいはタハルから「母上は新月の日にあなたを殺すつもりよ」と聞かされたせいか。


 いずれにしろナオは、オウシのことも女王のことも、もうすぐ別れられる他人として冷めた目で時間が過ぎるのを待った。


 そうこうしているうちに時間は経ち、ついに新月の日を迎えた。

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