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聖女の生まれ変わりだと言われても、自覚も能力もない少女には迷惑でしかない  作者: exa(疋田あたる)
樹海の章

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馬に揺られて、はじめての国

 馬の背に揺られて進むうち、山はゆるやかな丘になり、平坦な道へと変わった。

 ひとの通りが盛んなのだろう。踏み固められた道は草が生えず、大きな石もなく馬の足取りも軽やかだ。

 そんな道をずんずん進み川の浅瀬を超えた先に、開けた高台を囲うように無数の木の杭が並んでいる。


「なに、あの杭」


 ロウとの別れですっかり消沈し、逃げ出そうと暴れてはオウシの腕に抑え込まれてぐったりしていたナオが思わず目をみはるほどに、立ち並ぶ数多の杭は壮観だった。


 杭の太さはまちまちだが長さはそろえられており、地面から杭の先端まではナオが背伸びをして手を伸ばしたとしても、届かないほど高い。

 長く、先のとがった杭がすき間なく高台をぐるりと囲うように立てられたなかを伺うことはできないが、なかで火が焚かれているのか、細い煙がいく筋も立ち上っている。


「獣よけだ。国を狙うふらちな輩も入れない。素晴らしいだろう」

「でも、どうやって中に……?」


 得意げなオウシに、ナオが首をかしげる。

 目前に迫った杭の壁は、馬上にあってもなかを覗き見ることがかなわない。これほどに高くては、馬で飛び越すことも難しいだろう。


 ナオの疑問に答えず、オウシは手綱を操ってさらに壁に寄る。

 すると、壁際に二人の男が立っている箇所があった。


「門をあけよ」

「はっ」


 オウシの命令に、男たちは短く答えて首から下げた笛を鳴らす。

 ぴゅいっ、と高い音を立てる笛を小刻みに吹くと、すぐそばの杭の壁がぎし、と軋む音を立てた。


「え」


 目を丸くしたナオの目のまえで杭の壁の一部が傾いて、地面と平行な形になって止まった。

 突き刺さっているものと思われた杭の下端は尖ってはいるものの、地面に擦れるほどの位置で固定されていたらしい。


 大きく開いた壁の間を通って、オウシは馬を進めた。

 振り返ったナオは通りすぎたその後ろで、巨大な杭の壁のひと塊がずぅん、と音を立てて閉まるのをぼうぜんと見つめる。


 その耳元でオウシがささやく。


「見るがいい。ここがぼくの母上、太陽女王が治める国だ」

「うわあ……」


 耳にかかる生ぬるい吐息の気持ち悪さも忘れて、ナオは感嘆の声を漏らした。

 見渡す限りの視界に建物が並んでいる。


 ナオとロウが暮らす海辺の村にある家々とは比べものにならないほどの建物。そして、そこに暮らす人々があたりを行きかっている。


 その活気は海にナブラが湧いて押し寄せた海鳥が騒ぎ立てるよりもずっと騒がしく、そして熱気に満ちていた。


「国……ひとが、たくさん」

「そうだ。村よりも大勢のひとが集う場所を国という。この杭に囲まれた内で暮らす者はみな、母上の統治する国の者たちだ」


 愉悦を含んだオウシの声を聞きながら、ナオは国のなかを馬上から眺める。

 ゆっくり進む馬を避けながら、荷運びの男たちが走っていく。かごを抱えた女たちは洗濯をするのだろうか。

 ナオが目を向ければ、なだらかな下り坂になった丘の先に川が見えた。先ほど越えてきた川の一部が杭の内側になるよう、壁をつくっているらしい。


 ナオの視線が川を向いていることに気づいたのだろう。

 馬を器用に操りながら、オウシが建物の向こうを指さした。


「川だけではない。田もある。獲りすぎた魚を放す池もある。収穫した米をしまう蔵もあるのだ。太陽の機嫌が悪い年であっても、国が潰えぬだけの蓄えもある」


 彼の言うとおり、建ち並ぶ家々の向こうには広い田が見えた。揺れる緑の葉の合間に作業する人びとの姿もある。

 家の合間にある床の高い見慣れない建物は、米をしまうための蔵なのだろう。


「なんて、なんて大きなひとの集まりなんだろう」


 呆然とナオが見渡す先のどこにも、ひとがあふれている。

 人びとの装いは豪奢でこそないが、かつてのナオのように獣と大差ない薄汚れ具合の者は見当たらない。

 誰もがじゅうぶんな物を持ち、じゅうぶんな食料を得ているのだろう。

 しっかりと肉のついた身体をした人びとは明るい顔で、それぞれの仕事に精を出している。


 豊かな国だ。

 ひとも物も海の魚よりもよほど多い、豊かな国だった。


(もしも)


 自身の知る暮らしとのあまりの違いに、ナオは思わず夢想する。


(もしも、あたしにきちんと親がいて、陸地に住むことを許されたなら)


 村に住む土地を与えられなかった孤児のロウと、どこからか流されて来た赤子のナオでは手に入れられなかった夢を見る。


(飢えることなく、貸し与えられた土地を耕して食べていられたのかな。毎日おなかいっぱい食べられて、凍えることなく眠る場所があって、そんな場所で暮らしていられたのかな……)


 ナオが思い描いた空想のなかで、ともに土地を耕すのはロウだ。山と盛られた飯を差し出す先に座るのもロウであり、寝床で寄り添うのもロウしかいない。寒くなくとも、狭くなくとも、眠る自分のとなりにはロウがいるべきだ、とナオは信じている。


「……どんなに豊かな場所でも、ロウがいないならあたしは」

「忘れろと言っただろう」


 ぐ、とくちと言わず顔の下半分をわしづかみにされて、ナオはことばを途切れさせた。

 片手で馬を操りながら、オウシはナオの顔をつかむ手に力を込める。


「ぼくと再び出会ったあの瞬間に、お前は生まれ直したんだ。それまでのことは忘れろ。忘れられないというのなら、すべてなかったことにしてやってもいいんだぞ」


 ぬらつく声が耳に吹き込まれて、ナオはぞわりと肌を粟立てさせた。

 あたりは明るい陽射しに包まれて活気に満ちているというのに、ナオにはすべてが遠く感じられる。ひとりきり、樹海の暗い穴の底に落とされたような心地だった。

 

(脅しじゃない。こいつは本当にやる。あたしのこれまでを消すために、ロウを……)


 ゆっくりと外されていくオウシの手を感じながら、ナオはぎり、と歯をくいしばる。

 助けを求めたいその名を胸の奥底に沈めて、その名を呼びたいと開かれた唇を震わせて、ナオは声もなくただ前を睨み据えた。


 オウシを視界に入れたくない一心で見据えた先に、背丈の低い杭が立っているのが見える。

 国を囲うものより短い杭で区切られたその向こうは、ここまでの賑わいが嘘のように静まり返り、ひとの姿もまばらだ。


 そのぶん、建ち並ぶ家はひとつひとつが大きく、蔵も立派である。

 いくつかある建物のうち、いちばん奥に位置するひときわ立派な建物のひとつの手前で、馬が脚を止めた。

 

 いちばん奥の建物には劣るが、じゅうぶん大きく立派な建物だ。ナオの顎をつかんだオウシはその建物にナオの顔を向けて耳元でささやく。

 

「さあ、着いた。あれがぼくの(やしき)だ。今日からは、ぼくとお前の住まいとなる場所だ」

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