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聖女の生まれ変わりだと言われても、自覚も能力もない少女には迷惑でしかない  作者: exa(疋田あたる)
樹海の章

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16/39

取り残された男は、その名をくり返す

 海辺の村では、村人たちがいつものように日々の営みをくり返していた。

 湾の内側に位置するおかげで、ぜいたくはできないけれど食うに困ることも潮に家を流されることもない暮らしは、穏やかな雰囲気となって村を包み込んでいる。


 けれど、その浜辺ではひとりの男が苛立ちまぎれに砂を蹴り上げ、意味もなく水際を歩き回っていた。


「ナオ、ナオ、どこにいる。ひとりで泣いてないか。眠れているか。俺にはナオがいなきゃだめなのに。ナオには俺がいなきゃだめなのに」


 ぶつぶつとつぶやきながら周囲をにらみつける男、ロウはやわらかな陽射しの下であることを忘れさせそうなほど暗い瞳をしている。

 潮で傷んだざんばら髪と気を配ることを忘れた着古した服のせいで、二十代半ばであるはずのロウの姿にはすごみが増していた。


 暗いけれど鋭い瞳は、愛おしいひとがそこにいるのではないかとでも思っているかのように、石の影や盛り上がった砂、膨らんだ波の下へと忙しなく移っていく。


「おーい、ロウ!」


 そこへ、村を通り抜けて駆けて来る者があった。

 遠目にもわかる赤い髪を長くのばし、馬の尾のように後頭部でくくった男が、浜辺を練り歩くロウの元にたどり着く。


「……ナオは」


 膝に手をつき息を整える赤髪の男、アカをねぎらうこともせず、ロウが短くたずねる。

 乱れた息にことばが出ないアカは、顔をあげることもできず手のひらを向けてすこし待て、と伝えた。


「……はあ、はあ……ロウお前。そんなに無愛想だとナオに嫌われるぞ」

「ナオは俺を嫌わない。たとえ嫌われたって俺とナオはずっといっしょだから、問題ない」


 ようやく息を整えたアカが諭すように言うけれど、ロウにはまるで効果がない。

 疲労とはちがう疲れを覚えたアカは、がっくりと肩を落としながら身体を起こした。


 親子ほどに年の離れたアカの目じりのしわに喜色が含まれているのを見てとって、ロウが眼光をいっそう鋭くする。


「ナオが見つかったのか!」

「待て待て、落ち着け。本人じゃないが、関係のありそうな話を聞いてきたんだ」


 今にも駆け出しそうなロウをなだめて、アカがあたりを見回した。

 開けた浜辺に彼ら以外の人影はない。


 それでもどこにひとの耳があるかわからないから、とアカは苛立つロウの背を押して村から離れた浜辺の岩陰に移動した。

 ロウとナオが筏をつないで暮らしていた岩にほど近い、岩場だ。


「この湾に流れ込む川をさかのぼると、大きな国があるのを知っているか」

「いや、知らない」

「村よりよほどひとが多く集まる集落のことだ。女王が治めている、豊かな場所だ」


 岩に座らされたロウは、はやく本題を話せとアカをにらみつけるけれど、アカは腰に下げた水袋の中身をあおって続ける。


「その国にほど近い村が、化け物に襲われたらしい。襲われたといっても死人は出ていないが、物を盗まれけが人が出たという聞いた」

「まさか、ナオがけがを!?」


 血相を変えて立ち上がるロウに、アカは手のひらを向けて呆れたような顔をする。


「落ち着け。本人じゃないと言ったろう。けが人はもともと村に住んでいた女だ。食料を運んでいたところを化け物に襲われ、食べ物と服を奪われたらしい」


 襲われたのが村人だと聞いた途端に、ロウの目が興味を失って遠い水平線に向けられる。昼日中にも関わらず暗いその目には、見つけられない少女が映っているのだろうか。

 愛しいひとを奪われたと知ったときの青年の取り乱しようを知っているアカは、ひそかに心を痛めながらもそのことに触れはしない。


「その化け物の唸り声が『聖女』と聞こえた、という話があがっているらしい」

「っナオは、その化け物のところにいるのか!」


 食いついたロウを真っすぐ見つめ返して、アカが深くなずいた。

 真剣な顔をしたアカは、刻まれたしわに見合っただけの落ち着きを備えた声で告げる。


「ああ。化け物に心当たりがある。そいつが聖女を求める理由も、たぶんわかる。襲われた村の位置から、寝ぐらにしているだろう場所にも見当がつく」

「行こう! いますぐ。ああ、ナオ。ナオ。得体の知れない男にさらわれて震えているだろうと思ったのに、化け物に捕えられているなんて! 泣いていないだろうか。こぼれる涙も俺のものなのに」

「待て待て待て」


 すぐにも化け物の元へ向かおう、と立ち上がったロウの思考がナオでいっぱいになるのを留めたのは、アカだった。

 なんだ、と問うことすらせず不満でいっぱいの視線をくれるロウに、アカはいよいよため息をこらえるのも諦める。


「なぜ『聖女』がナオとつながるのか、なぜ俺が化け物に心当たりがあるのか、とか聞くべきことはあるだろう」

「ナオは特別な子だ。金の瞳をひとの目に晒すのは危険だと教えたのは、あんただったろう」


 むすり、と答えた青年に、アカは少なからず驚いた。

 青年にそのことを伝えたのは、少女がまだ赤ん坊であったころ。海で拾った乳飲み子がようやく目を開けたときだった。

 贖罪のために浮浪児のことを気にかけていたアカは、ふたりの穏やかな暮らしを守るためにそう告げたのだけれど、青年になったロウがしっかりと覚えていたとは、と瞬きをくり返す。


「聖女だとか化け物だとか知らない。どうでもいい。あんたがナオの情報を持ってきた。俺はナオを迎えに行く、それだけだ」


 暗い光を宿した、けれどひとつの想いだけを抱くロウの目を覗き込んで、アカは息を飲んだ。青年の想いのまっすぐさがまぶしかった。


「……そうか」

 

 喜びとも悲しみともつかない表情を浮かべたアカがうなるように声をもらす。

 すでに遠くに視線を向けたロウの横顔を見つめたアカは「そうか」ともう一度つぶやいてから、膝を打った。

 

「わかった。寝ぐらの場所は教えてやれる。化け物の言う聖女がナオなら、そこにいるはずだ。だが、丸腰ではだめだ。お前さんの大切なひとを奪い返すためには、武器が要る」


 ロウの顔をしたから見つめて言うアカの顔からは感傷的な色が消え去り、そこにあるのは戦うことを決めた者の潔さ。

 かつて武に生きたころのアカが持つ力強さが、しわの刻まれた顔に宿っていた。

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