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雨降り傘

作者: 朧 ゆり

 小学校5年の時。

 夏休み中にその町に引越してきた僕は、ひと月たっても人にも町にもなじめずにいた。

 クラスは夏休みの余韻をひきずっていて、祭りの話にも、プールの話にも、宿題の苦労話にも参加できず、みんなの輪に入るきっかけを失ったのだ。

 友達もなく放課後の時間を持て余していたので、せめて町にはなじもうと、僕は学校帰りにそこかしこの道に入り込むようになった。


 その日、探検していたのは、小高い丘の裏手にある住宅地だった。

 古い家が並ぶ町並みと丘の境の斜面沿いに歩き、薮の中の葉陰に潜むカマキリをからかったり、怪しいけもの道を見つけたりしていた。

 冒険ごっこには面白そうな場所だ。

 そんな折、ぽつりと冷たいものが鼻にあたった。

 直後、鉛色の空から一気に大粒のものが落ちてきた。

 夕立だ。

 僕はあせり、近道してバス通りにでようとしたあげく、見覚えのないT字路に出てしまった。

 T字の中心部分には、石仏をまつった祠がある。

 雨はすぐに本降りになったので、祠のわずかばかりの軒先にひとまず逃げ込み、様子をみることにした。

 けれど、時間がたつほど雨は土砂降りになっていき、帰り道がわからないこともあって、僕は軒下から出ることができなくなった。

 水の壁が、轟々という雨音とともに周囲を取り囲む。

 僕だけが、町から切り離されたように思えた。

 つのる不安と孤独で涙が出そうになった。

 泣くもんか、と思えば思うほど、こみ上げてくるものが喉や目から吹き出しそうになる。

 もう泣いてしまうかもしれない、そう思った時、水煙にかすむ道に黒い傘が現れた。

「すごい降りだねぇ」

 祠の前で立ち止まった黒い傘の主は、小柄な白ひげのおじいさんだった。

「この辺に住んでいるのかな?」

 ニコニコと話しかけてくる。

「あ、えっと、10分ぐらいのところかも。引っ越してきたからよくわからなくて」

 泣きそうな顔を見られたかもという恥ずかしさと、孤独から解放された安心とで妙な受け答えになってしまった。

 おじいさんは二度、深くうなづいて空を見上げた。

「雨あしがゆるんだようだ。今のうちに帰るといい。傘をあげるから持ってお行き」

「え? だっておじいさんは?」

「1本余分に持っているんだよ。だいぶん古い物だから気にしなくていい」

 おじいさんは、傘をさしていない方の手で、大きな黒い傘を差し出した。

 受け取って傘をひらくと、おじいさんが現れてからいっとき弱まっていた雨音が、また強くなった。

「こっちの道を行くとバス通りにでる。さ、お行き」

 なぜおじいさんが、もう一本傘を持っているのか、たずねる余裕もなかった。

 ともかく家に帰りたかった僕は、お礼もそこそこに、傘を手に雨の中へ飛び出した。

 こうしてその日、家に戻ることができたのだった。


 おじいさんの言う通り、傘はかなり古く、色もあせていた。それに、小学5年生の僕にはけっこう大きかった。

 でも、町の人にやさしくされたことがうれしくて、しばらくの間、天気のあやうい時にその傘を持ち歩いた。

 使って気づいたのだけれど、その傘をひらくと必ず雨が降る。降っているときにひらけば、もっと強い雨になる。ちょうど秋雨の季節と重なった偶然かもしれない。でも本当にそうだったのだ。だから当時、傘を干すときには閉じたまま物干しにぶらさげたものだ。

 雨と傘の関係に気づいたのは、僕だけじゃなかった。

学校に傘を持っていくと、

「それ使うと、雨降るんだよなぁ。雨が降ってもゼッタイその傘、さすなよ! 降ったら俺の傘にいれて送ってやるからさ」

なんて言われた。

 それがきっかけでクラスにも溶け込めて、たくさんの友達ができた。

 

 その後、僕はことあるごとにあの祠に行った。雰囲気も好きだったし、なによりおじいさんにもう一度会いたかった。

 でも、その願いはかなう事はなかった。


 あれから30年。

 壊れて開かない古傘を手にしながら、思うのだ。

 あの白ひげのおじいさんは、あの祠のお地蔵様ではなかったか、と。



     <了 >


まだまだ暑さが続きます。お元気ですか?

新型コロナのせいでマスク着用の上、この暑さってもう我慢くらべか、いやがらせかって、空に向かってこぼしたくなります。

予報では、この暑さも今日までとのこと。雨降り傘でももっていたら思いっきりさして振り回したいところですが、わたしには「朝、レインシューズを履いてでかけたら帰りは晴れる」というジンクスがあるのみ。残念です。

明日は涼しくなりますように!

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