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罪の色  作者: 鹿島彩斗
1章 憂鬱
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4話 罪の始まり

サライは自分の心臓を生まれて初めて目にした。体から離れていても、ドクンと一定のリズムで脈打っていたのを覚えている。

痛みも感じなければ、暑さや寒さも感じない。

死を覚悟したはずなのに、その死はサライのイメージとは全く異なるものだった。


「起きよ、人間。いつまで寝ておる」


聞き覚えのない、甲高い声に刺激され、サライは覚醒した。


「生きて、いるのか……」


手に、足に、確かに感覚がある。

サライにはどれだけの時間が経っているのか、それを確かめるすべは持ち合わせていないが、時間は大分回っているようで、お陰で視界はほとんど何も写していない。


「言ったはずじゃ、私は百鬼夜行の娘じゃと。私に出来ぬことはない」


「だれ……、だ?」


サライが見た鬼は、人間的に例えて20代前半くらいの見た目をしていた。そしてその年齢に相応しい声を発していた。

けれど今聞いた声は控えめに言っても、見栄を張っても、小学生高学年といった感じだ。

視界がはっきりとしない中、頼る情報は必然的に聴覚となる。

しかしその声にサライは心当たりがない。


「命の恩人ぞ」


鬼はそう言いながら、目を細めるサライを不審に思ったのか、一歩詰め寄った。

その行動にサライは何かが近づいた程度にしか感じない。


「鬼なのか?」


「見えておらんのか、人間。確かに日は沈んでおるが、見えないほどではあるまいに」


「暗闇が苦手なんだ。それよりなぜ僕は生きている?」


サライは確かに自分の心臓を見た。見ながら意識が遠のくのを感じていた。

それなのに五体満足で胸には傷一つ残っていない。


「直すのは慣れておるつもりじゃが、他人を直すのは初めてじゃった。結果はこの通りじゃ」


「この通りと言われても、見えないんだが」


「あまり力は使いたくない、使えないと言った方が正しいか。まぁ良い」


鬼は鋭く尖った爪で自らの手首に傷をつけ、血を数滴地面へと垂らした。

地面に滴った血液がふつふつと煙を上げて、そして炎を燃え上がらせた。


「これで私の姿も見えよう」


火の明かりによってサライは鬼の姿を目視する。

耳に届いていた情報がもたらしてくれていたように、鬼の姿は縮んでいた。

縮むというよりかは幼くなったというのが正しいのかもしれない。


「今、力を使いたくないと言った。それは治すために力を使ったということか?」


「ま、厳密には違うが、そう解釈しもらって構わん」


「助けて、くれたのか?」


「人間、貴様がそれを言うとはのぅ。カカッ、私は貴様が気に入ったぞ。貴様を私の従者にしてやる。というかもうしておる」


「助けてくれたことには感謝しているけれど……、一体全体どういう状況なのか聞いてもいいか?」


サライは何一つ状況を判断出来ずにいる。

鬼の思惑によって助けられたのなら、鬼はサライを利用しようとしている可能性が高い。

些細な理由、気まぐれのような、いっときの感情であるなら、言動一つでサライはあの時の感覚を再度味わうことになるだろう。


――何にせよ、機嫌は損ねない方がいいか。


サライは命を握られていると、そう感じた。

緊張感が常に付きまとう憂鬱な時間が、いつまで続くのだろうかと、思わずにはいられなかった。


「構わんが貴様から……、従者に貴様というのもおかしなものか。敬意を込めてお前様よ、お前様から聞いてくれ。聞かれたことには答えよう。知る限りで、という条件つきじゃが」


「それなら、僕の呼び名が決まったとこで、僕は何と呼べばいい?」


鬼に名前を訪ねる日が来ようとは、サライは不思議な感覚に落ちいっていた。


「私に名などない。私は百鬼夜行の娘、それ以上でも以下でもない。固有名詞が欲しいのなら好きに呼ぶといい」


サライは少し考えた。完全に日が沈み、ほとんど何も見えない状況で、月だけが白く輝いていた。


「なら僕はお前を夜々(やや)と呼ぶ。夜を二度繰り返して夜々、そう名付ける」


「まぁ、よかろう。朝より夜を、陽より月を好む鬼にとって、そうそう悪い名でもないしの」


「夜々はどうしてあんなに傷だらけで落ちてきたんだ?」


「話せば長くなるが構わんか?」


そう切り出した百鬼夜行の娘改め、夜々にうなづき返し話を聞いた。


それはとても長い物語だった。

鬼という存在がありふれていた4000年前の話。

夜々が生きてきた証と、百鬼夜行の偉業、そして滅んでいく鬼。

そして夜々だけか生きながらえる。


「4000年生きているだって?」


「そんな驚くことではなかろうに。現にお前様も死ねない体になったのじゃから。お前様もというのは間違いか、私は今不死身ではないからの」


「死なない体? 不死身? どういうことだ?」


「思い出してみよ、お前様よ。私はお前様の心臓を抜き取り、喰った。それにより私は微力ながらに回復機能を取り戻したのじゃ。ならなぜお前様は生きておる」


「夜々が助けたと、そう言ったはずだ」


「厳密には少し違う、とも言った。私はお前様を従者とした。その結果お前様は生き長らえた」


そのあやふやな言い回しにサライは嫌な予感を感じ取った。


「つまり、僕は確かに死にかけ、何らかの方法で助けられ、その結果夜々がいうところの従者になった、と?」


「そうじゃ」


サライはゆっくりと手を持ち上げ、自身の胸へと押し当てた。

ドクンと、驚いたように脈打つ体。そこには無くなったはずの心臓が確かにあった。


「ここにある心臓は僕のじゃないのか」


それがサライの答えだった。

夜々はあの時、浜辺で死にかけていた時、サライに血液ではなく、生の源である心臓を献上せよと言っていた。

つまり不死身の根源たるは心臓にある、と。


「察しがいいのぅ。ご名答。お前様は今、鬼の中でも頂点に君臨する百鬼夜行の娘の、不死身であった私の心臓をその身に宿しておる。その意味が分かるか、お前様よ」


疑問もある。不死身だという夜々は何故、あの時死にかけていたのか。

しかしそんな疑問に割く余裕は今のサライにはない。


「僕は、人間、なのか?」


荒くなる呼吸、吹き出す嫌な汗、理解していく状況。

全くの無知から、情報を欲していたにもかかわらず、今は、今だけは、思考が止まって欲しいと何よりも願っていた。


「角を生やした生物を、お前様は人間と、そう呼べるかのぅ」


サライはそこで改めて自身の体の変化に気がついた。

そっと手を頭へと動かし、そして芽生えていた可能性を、諦めた。


「今のお前様は、どちらかといえば鬼よりじゃろう。人間の成分が100パーセント消えたと言わんが、間違いなく、人間ではなかろうよ」


夜々は無表情だった。

笑うでもなく、見下すでもなく、無。


「あの時言ったことをもう一度言う。僕は自殺が何よりも嫌いだ。僕を殺せ」


サライは自身の発言に矛盾を抱えていることに気づいていなかった。

それは形を変えただけの――。


「残念ながらそれは不可能じゃ」


しかし夜々は、サライを救ってやることは出来ない。


「どうしてだ」


怒りにも似た八つ当たりを、サライはむき出していた。


「理由は2つある。1つは今の私にそれほどの力はない。人間で言うところの幼女と大差なかろう。2つ、お前様はもう死ねない体になっておる。年は取るが肉体は衰えず、傷は負うが傷ついた矢先修復していく。そこに私の心臓がある限りな」


「ならどうして夜々は、死にかけていた?」


「4000年じゃ。その間私は憂鬱じゃった。それは今も同じじゃが、私はここ数百年、死に場所と死に方を探しておった。そして決行した。じゃがいざ死が近づくと悟ると、怖くなったのじゃ」


夜々自身が憂鬱を4000年間味わい、そして味わい続けているからこそ、今サライが抱いている感情を誰よりも理解出来ているのだろう。


「あの傷は自分でつけたのか?」


傷は自動的に治りはするが、そこに治すという意思がなければ、意図的に遅らせることができるのだと夜々は言う。

不死身とは簡単にいってしまえば、自然治癒力の究極の形であり、そしてそれは脳が命令を出し、心臓が血液を動かすというプロセス

のもとで機能する。


「そうじゃ。四肢を壊し自由を奪った上で、海に飛び込む。完璧な計画じゃったが、恐れには勝てんかった。それに邪魔が入ってしまったしのぅ」


「邪魔が入ったとはどういうことだ」


「さぁな、私にも分からん。じゃがあれは生物ではなかったのう。自然現象にしてもいささか納得がいかん」


「どうして、僕を助けた?」


「お前様は人間ながらに、私と共通するところがあった。それはこの世界に対してのやる気なさ、感情の欠落じゃ。私は4000年生きて行き着いた結果じゃが、お前様は高々十数年しか生きて居らんじゃろ? そこに興味を持った」


「僕に求めるものは何だ。どうすれば人間に戻れる?」


「知らんことには答えられん。言ったじゃろ、私は他人を治すのは慣れておらんかった。お前様が三日三晩目覚めんかった時は、流石に自分の腕を疑ったものじゃ」


「ま、まて、僕は3日間眠っていたのか。寝続けていたのか。いや、問題はそこじゃない。あれから3日ということはもう日が暮れているから、明日かもしくはもうすでに日付が変わって今日が約束の土曜日なのか」


「そういうことになるのかのぅ。お前様の頼み事は何一つ聞いておらんぞ」


そしてサライ脳裏に、ふと菜緒との約束が頭をよぎる。

こんな姿になってまで、菜緒が頭をよぎるとただそれだけで思考は奪われていた。

菜緒にどう思われるか、どう反応されるか、そんなことばかりを考えてしまっている。


生きていて良かったと思う自分。

死んでいれば良かったと思う自分。

菜緒に会えると思った自分。

菜緒に会えないのだと諦めた自分。


サライの心には光と陰が入り混じり、感情という波で大きく揺れ動いていた。


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