0話 オープニングトーク
初投稿の作品です。
未熟者ですが精一杯努めます。
神城サライは、いわゆるいじめられっ子である。それは小学4年生に始まり、中学2年生になった今でも変わる様子がない。
いじめられている理由は主に2つ。
1つは容姿。
サライは母親の血を多く受け継いだらしい。14歳という年齢を加味しても、見る人によっては性別の判断が困難なほど、整い過ぎた顔立ちをしている。
男性でありながら、女性に見間違われてしまうその容姿は、そこらの女子生徒よりも、注目を浴びるだけの差は裕に持ち合わせていた。
原因はピックテールにした髪型にも問題があったのだろう。
短く見せてはいるが、やはり男性の髪型という観点においては極めて少数派であることは間違いない。
そのせいで男子生徒からだけでなく女子生徒からもいじめの対象になっている。
何もせず、ただ居るだけで、妬まれる。ひそひそと、けれど本人に聞こえるように囁かれるそれは、日々を無限に繰り返し、サライを憂鬱にさせる。
さらにサライの不幸は重なっていた。
男性でも容姿だけ見れば女性のように整っている個体は複数存在するだろう。
それをそうさせないのは、男性特有の髪型だったり、男性らしい声だったり、そういった特徴が先入観となり間違えられない要因となる。
――髪が長いのなら切ればいい。
それが普通だ。
けれどサライにはそれができない。
――声変わりには個人差がある。
第二次性徴に伴って、次第に声は低くなる。
けれどサライにはそれがない。
母親の教育方針により、髪を切ることを制限された。
切るときも当然のように母親も同伴し、スタイリストに注文を施す。
サライにとって母親とは、誰よりも絶対的な存在である。
物心つく前から父親の顔を知らず、母親もまた一切語らない。
はじめのうちは病気かそれに類する事で既に他界されているのだとサライは考えていた。
サライには1つ下の妹がいるけれど、2人は暗黙のうちに父親に関しては口にしないように気を使っていた。
父親が他界したのではないとなんとなく察しがついたのは、母親の教育が周りと違うことに気がついたときだった。
一番身近な妹、深月との教育があまりにも異なっていた。
サライはまるで娘のように育てられた。
男らしさというものをとことん遠ざけて、女性の立ち振る舞いから、やりたくもない習い事まで、人間関係を制限されて、運動は怪我をするリスクがあるとかで、それがたとえ体育の授業であっても許されなかった。
無理やり参加させようとした教師に、次の日母親が押しかけたことも多々あった。
許された運動といえば水泳くらいのものだったのだが、これもとある理由で自主的に見学に回ることになった。
そんな毎日はまるでサライを女として作り上げるような、サライから男を消し去るような、そんな教育だった。
――母親は父親を大層嫌っているのではないか。
そう思わずにはいられなかった。
父親の面影をサライから消し去りたいほどに。
家中からありとあらゆる痕跡を消し、あたかも存在しなかったのではないかと錯覚させるほどに、母親は……。
――考えるだけでも憂鬱だ。
いじめにもあうだろう。小学校の低学年であれば大差ない違いであっても、中学年、高学年、ましてや中学生となれば話は別だ。
周りが違いに気がついて、サライだけが異様に浮いた存在になるだろう。
周りに味方などいるはずもなく、守る側の教師すら、まるで存在しない者のように無視を決め込む。母親がそういう環境を無意識に構築している。
サライはただ母親のいうことだけを聞いていた。
ある日、これがきっとサライから全ての可能性を奪ったに違いない。
それは寝て目が覚めたときだ。サライは一瞬で違和感に気がついていた。
天井がいつもと違った。
ベッドの硬さがいつもと違った。
光の差し方が、部屋の空気が、些細なことも鮮明にその違いに気がついた。
病院にいた。
喉にぐるぐると包帯が巻かれ、隣で母親が座っていた。説明はシンプルだった。
「喉を手術したわ。醜い、低い声が出ないように」
それだけだった。
この日を境にサライは周りの色を見る事が出来なくなった。
心因性色覚障害という診断を受けた。視界の全てが白と黒に見えるモノクロな憂鬱な世界に、一体何を見出せるのだろう。
無気力にただ母親の機嫌を損ねないように生活を繰り返す。
こうして出来上がった神城サライの性格が、いじめられる2つ目の理由となる。
何をされても反応を示さないサライを、周りは面白半分にからかった。
唯一幸いだったことが、暴力的な行為がなかったことだ。
サライの容姿を気遣ってか、怪我をさせないという理由だけで学校にさえ乗り込んでしまう母親の影響があったのかは分からない。
そんな母親と喧嘩をするのは決まって深月だった。
それが神城家の日常になっていた。
母親に依存するサライと、唯一正常な思考を巡らす深月。サライにだけ異様なまでの教育を施す母親。
そこに家庭なんてものは存在していなかったのかもしれない。
そんなある日、深月が死んだ。
事故死だった。
夏休みが始まってすぐに友人と出掛け、その最中に事故にあったとサライは聞かされた。
葬儀はすぐに行われた。
母親は壊れてしまったのだろう。
儚く、脆く、その点サライは何一つ変わらなかった。
元から妹など存在しなかったかのような振る舞いは、それはそれで壊れていたのかもしれない。
妹が突然死んだからといって、サライの絶対的存在は揺るがない。
母親が健在である限り、あり続ける限り、サライは操り人形のように指示に従う。
妹が死んで数日後、母親からの指示が途絶えた。
たったそれだけのことでも、サライにとっては一大事だった。
何をすればいいか、何がいけなかったのか、分からない。
どうやら母親に呆れられたらしい。
そのうち母親は、サライと会話しないように口を閉ざし、視線を合わせないように目を閉ざした。
なにもできない。目的もない。目標も使命感も義務感も何もないサライは、考えた挙句に一度経験したことのある1日をなぞるように繰り返していた。
母親に指示され、こなした1日を、それがサライにとって充実といえる1日をなぞる。
といってもそのほとんどが習い事である。ピアノ、生け花、茶道に書道、様々なものを強制されたサライは、皮肉なことにそれらにすがりついていた。
母親に機嫌を直してもらうように、また指示をもらえるように、ただそれだけだった。
それだけがサライを突き動かしていた。
そうして1週間、2週間と月日が流れ、夏休みが終わりを迎えようとしていた。
サライが習い事から帰宅した時、家の前に複数の住人が集まっていた。その中には警察官も含まれていた。
鍵を閉めたはずの玄関は開かれ、中に別の警察官の姿があった。
担架に何かを乗せて、見えないように布で覆っている。
出てきた瞬間に鼻を刺すような異臭が周囲に漂う。
数日前からサライが嗅いでいた母親の匂いだった。
次の日、あるニュースが世間を騒がせた。
『母親の死体を遺棄した中学生』
こうしてサライは母親から解放された。