エピローグ
魔王を倒してから数か月経ってからである。
バナード魔術学院で最も高いところにある天文台から、俺とカナデは学院の敷地を眺めていた。天文台の管理者であるミーティア師は所用で不在にしている。
学院の敷地から、多くの人間が外に出発するのが見て取れた。今日は学院の卒業式であり、卒業生がそれぞれの進路へ旅立とうとしているのだ。
「皆生き残って良かったな。魔王の被害が出る前に滅ぼすことができて本当に良かったよ」
魔王との戦いで生き残った生徒たちは、故郷に戻ってそれぞれの国の役職に就いたり、研究のために学院に残ったりと各々の道を見つけている。
バナード魔術学院は、魔王復活に備えて設立されたものであり、その魔王は今回完全に消滅した。しかし、これ以降も存続されることになった。
魔王の正体は魔術で合体変異した化け物であり、そいつが異世界から襲来したものだ。そして、同様の魔術で変異した存在は俺の世界にも存在した。つまり、同じような存在がいつまた侵略してきてもおかしくないのである。その日に備えて世界を守る魔術師を育て続けるのだ。
俺の知り合いたちも、それぞれの生き方を見つけた様だ。
クロニコフは、魔王の眷属との戦いでその実力を発揮したため、自信をもって家を継ぐらしい。もう、分家筋の者よりも実力が無いという劣等感は無くなったようだ。
ダイキチは、学院に残って陰陽道を研究し、教えていくようだ。猫妖精という可愛らしい外見に似合わず、陰陽道に対する理解は中々のものだ。また、練丹作りで示したようにダイキチには謎のセンスがある。これから研究していくのは適正があるといえよう。
アマデオは、魔王調査隊に入ることになった。陰陽道の技量と、鬼族の恵まれた体格は、戦闘力を重視する魔王調査隊にもってこいと言える。武術も色々と教えているので、単なる怪力に頼っているのではなく、戦闘力はかなりのものだ。魔術抜きなら俺も勝てないだろう。
そして、カナデは……
「それじゃあ私は、ペペルイの森に戻るから」
ペペルイの森に帰ってエルフの王族としての責任を果たすことになる。これはその生まれから宿命づけられており、特段変わったことではない。以前の魔王襲来の被害もまだ癒え切っていないので、カナデの果たすべき役割は大きいのだ。
ただ、変わったことが一つある。陰陽道の勉強を続けることが許されたのだ。
魔王を滅ぼしたのはこの俺であり、俺は陰陽師だ。つまり、今までほとんど伝説でしかなかった陰陽道が、今まさに復権したのである。
となればそれを王族が学んでおくことは、一族の未来のためにもなる。そう判断されて許されたのだ。
そして、俺は魔王との決戦の直前に九頭刃家を継いだので、元の世界に戻って現在はその家業に追われている。こうしてこの世界に来れたのは、久しぶりの休暇が取れたからなのだ。
また、もうこの世界で魔力切れになることもない。体がこの世界に適合したのか普通に魔力が回復するようになったし、この世界の魔術法則も研究済みだ。もう普通に陰陽道を行使できる。そのため二つの世界の間を行き来することは簡単な事だ。
そんな充実した日々を送る俺だが、一つ気掛かりなことがある。
「あのさ、カナデ。魔王との決戦の時、魔力を使い果たしてピンチだった俺を助けてくれてありがとう」
魔王との決戦で魔力切れになった俺に、カナデは魔力を補充してくれた。口付けによって。
それが無ければ負けていた事だろう。
ただ、問題はそこではない。こちらからカナデに明確な好意を伝えていないのだ。要は話の取っ掛かりを作ろうとしているのだ。
「カナデの魔力を受け取ることで……」
「あら? 私は魔力を譲り渡していないわよ?」
「え? だって……」
口付けは魔術的な絆を結ぶ事が出来る。それによってカナデの魔力を渡してくれたわけではないのだろうか?
「口にヒロポ……ういろうを含んで口移しで飲ませてあげたの。普通に食べられる状態じゃなさそうだったから」
ういろうは皆で作り出した魔力回復の錬丹である。カナデは俺の冗談を真に受けてヒ〇ポンなどと呼んでいたが、俺の抗議を受けてやっと止める気になってくれたようだ。
ただ、問題はそこではない。
カナデの魔力のおかげで勝てたことや、その時の口付けなどの話から、自分の好意を伝えようとしていたのに、その出鼻を挫かれてしまった。
どうしよう?
「どうしたの?」
カナデは不思議そうな顔をして尋ねてくる。だが、その表情に何処となく悪戯っぽいものが含まれている。多分俺の考えていることなどお見通しなのだ。
過去二回の口付けは、どちらもカナデからしたものだ。だからカナデの気持ちはもう分かっている。
「カナデ……」
魔王と対峙するよりも強い勇気を込めて、俺はカナデに口付けをした。




