第21話 黒幕からの覚醒
「稗田阿礼って……古事記書いたやつだっけ?」
「書いたグループの一人な。あんなもんたった一人で書けるかよ。やつは古事記を作ったあと、それを自分の思うように書き直すために、制作集団を全員殺害した。今残ってる古事記は、稗田の野郎が改ざんしたものだ」
ひでえ。
「やつはさらに、イザナミをはじめ、高天原の神々に嘘を吹き込んだ。改ざんした古事記そのままに。だからイザナミは、俺を復活させたら、自分の手で消滅させようとするだろう」
「まあ、騙されてるならそうだろうな……」
「それに気づいたのがロキだ。やつは、自分の世界を崩壊させるきっかけを作った。それだけ聞けば大罪人、そうでなくても大罪人だが、やつはそれを悔いていたらしい」
「……まぁ、態度はともかく、悪いやつではなさそうだったな」
「オイタがすぎるんだよな。でも嫌いになれないタイプでな……」
そうだな。
信用は出来ないが、なぜか嫌いにもなれない。
「やつにしてみれば、贖罪の気分だったんじゃねえかな。……まあ、そんなわけで、ロキはひとまず、イザナミに協力して俺を復活させることにした」
「……そういうことか」
今まで、なぜロキが日本神話の神と手を組んでるのかが分からなかったが、これで合点がいった。
「なあ。今、日本神話の神々はどこにいるんだ?」
「……知りたいか」
「知りたい」
「……稗田を倒せば分かる」
「どういうことだよ?」
「稗田を倒せば解放される。……稗田の魂からな」
「な……」
「イザナミみたいな例外もいるんだがな。やつに言いくるめられて、結果やつの一部になった神が山ほどいる。……つまり、今の稗田は、捏造された日本神話そのものだ」
……まじか。
「復活して、それからどうすんだ?」
「イザナミとより戻すに決まってんだろ。黄泉の国のあの溶岩帯な。あれはイザナミの心の内が投影されたものだ。あれを、楽園に変えるんだよ。そんで、黄泉の国に留まり続けるなら、生身の人を喰う必要もない」
「……わかった。なら、俺も覚悟決めるわ」
「お?」
「稗田阿礼の討伐だよ」
「……言うと思ったよ。さて、そろそろお別れだ。お前の魂、悪くなかったぜ。今度はお互いの魂として会おう」
「おう。世話になったな」
「じゃあな」
イザナギの気配が薄れていく。
そうか。
戻るんだな。
――最後に言っとく。俺のせいでお前の魂縛っちまって悪かった。お前を縛るものは、もう何もねえ。
「え?」
――暴れな。
――――
浮遊感。頭上に感じる光。
この感じ、どこかで……。
あぁ、そうか。生き返る時の感じだ。つい最近まで毎日のように見てきた光景だが、すっかり忘れてたな。
ただ今回は、ちょっとだけ勝手が違う。
いつもなら目を覚ますと、苦笑交じりの笑顔で、膝枕をしたアカネが出迎えてくれるんだが。
俺がヴァルハラで意識を取り戻した時、周りには誰もいなかった。
「薄暗いな……」
まだ夜明け前なのだろう、ぼんやりとした薄明かりが窓から入ってきている。
早朝特有の、水分多めな空気の匂い。
まだ新しいと言ってもいい、畳の匂いと感触に、懐かしさを覚えてしまう。
「アカネは……まだ帰ってないのか?」
とりあえず俺は、アカネに念話を送ってみることにした。
『アカネ、聞こえてるか?』
『……へ?』
『いや、へじゃなくて。帰ってきたー』
『は、ハガネ!? どこにいるの!? すぐ助けに行くから!!』
『落ち着けって。今部屋で目覚めた』
『!! ……なんでボクはこういうときに』
なんかどったんばったんしてるな。念話は電話とは違い、周囲の音は聞こえない。
『アカネはどこにいるんだ?』
『ヴァルハラにいるよ!! ヘイムダル様と一緒に軍議してたの』
夜通し!? ……まさか、俺のためか。
『でもハガネが帰ってきたならその必要はなくなったから!! すぐに戻るから待っててね!!』
『ああ、どこにもいかねえよ』
ほどなくして帰ってきたアカネに、俺は思いっきり飛びつかれていた。
「ハガネ! ハガネ! ハガネ! ハガネ! ハガネ!」
「はいよ、ただいま」
俺の胸ぐらを掴み、そのまま顔を押し付けてくる。
「ハガネ! ハガネ! ……ハガ、ネ?」
「いや俺だけど。なんで最後疑問系だよ」
「だって、なんか雰囲気違うよね……?」
「ああ、それ多分あれだ」
「イザナギがいなくなったからだろ」
――――
「……で、久しぶりに我と手合わせしたいと、そういうことか」
「です」
あの後、部屋でたっぷりといちゃついた俺たちは、ヘイムダルの元へ向かった。
イザナギの欠片がなくなったことで、俺がどうなったのかを知るためである。
「……手加減はせぬぞ」
「……もちろん」
ヘイムダルが大鉈のような剣を出す。懐かしいな。
ここで最初に死んだのは、このヘイムダルと戦ったときだ。
あの時、俺は見事にボコボコにされ、背骨をへし折られ絶命した。
それから何度も戦ったが、一度として勝てたことはない。最後にはきっちり殺され、目覚めれば朝になっている。
今の俺がどこまでやれるのか。
イザナギの欠片どうこうでなく、俺もそれは知りたいところだ。
「……イージス」
呟く。俺の周りに藍色に輝く粒子が集まってくる……っておいおい。
多くないかこれ?
「!」
「ハガネ……すご……!」
俺に集まってくる粒子は、それまでの比ではなかった。左の掌に集まった光は腕へ、さらに肩、胸と、全身に拡がっていく。
やがて俺の身体は、藍色と山吹色のツートンの鎧に覆われていた。
「……なんだこれ」
「その質感は……アダマンタイトか。イージスと同じく、ギリシャのものだな」
鎧は頭、胸、腰、肘から先、膝から下に装着されている。アカネの鎧と同じ部位で、形もなんとなく似ている。
そして。
「お、抜ける」
イージスの先に付いていた杭打機が、取り外せる様になっていた。
抜いて右手で構えると、ただの杭だったものが、両刃の剣に変わる。
「RPGの勇者みてぇだな」
「シ……」
「ヘイムダル様?」
「シグルズ……」
ヘイムダルは俺を見て、口を大きく開けて驚いている。
「しぐるずってなんだ?」
「……かつて、北欧の大地に名を轟かせた英雄だ。またの名をジークフリートという」
聞いたことがあるようなないような。
「……まあいい。その姿が嘘でない証を立てて見せろ、ハガネ」
ヘイムダルが両手で剣を構える。俺は左手のイージスを前に出し、身体を少し横にしながら、右手の剣を握りしめた。
「……俺は、アカネの盾だ。もう誰にも負けるつもりはねえ!」





