第19話 拉致からの取引
ハガネが攫われちゃう。
ボクは、震える身体に活を入れ、蜻蛉切を構えた。
「弁慶さん、ハガネを」
「心得……うおっ!?」
「えっ、なに!?」
「消えた……」
驚いて振り向くと、そこには呆然と立つ弁慶さんがいるだけで、ハガネとロキ様の姿はどこにもなかった。
「……ハガネはどこ」
「黄泉の国に連れて行った。なに、用が済めば返してやるわ」
「魂の欠片というやつか」
「そうじゃ。あれを取り出すには、ある儀式が必要での。その儀式が終われば、あの小童は用済み。『えいんへりやる』というのは、殺せば翌日生き返るのであろう?」
そこでイザナミはニイイ、と口の端を吊り上げた。
「まぁ、欠片を抜き出しても魂の形を保てれば、じゃがのぅ」
「!」
イザナミの言葉に、ボクは心当たりがあった。
ハガネの生前、ボクは彼の魂に強い関心を持っていた。
それまでに見たことがないくらい、綺麗な深い藍色。
なのに、すごく透明感があった。限界まで澄んだ水が、深海の深さまで続いているような、そんな感じ。
ハガネ自身にはもちろんだけど、ボクは、そんな彼の魂にも惹かれていた。
彼が死んだ時もだ。超強力な魂が肉体から離れたことを知ったボクは、それがハガネとも知らずに迎えに行った。
それがハガネだと知った時、ボクはもちろん驚いたけれど、同時に納得もした。
そして、今。
日本神話の神、イザナギの魂の欠片が、ハガネに入っている。
それを取り去ってしまったら。
彼は、エインヘリヤルでいられるのだろうか。
「あの小童を手に入れればここに用はないわ。さらば」
「待って!」
「……なんじゃ」
「あなたは、イザナギ様の魂を揃えて、何をするつもりなの!」
「……何かと思えば」
もう後ろを向いていたイザナミは、首だけをボクの方に振り向かせてニタリと笑った。
「やり直しをするのじゃ。……日本神話を丸ごと、のぅ」
出てきた時と同じように闇の中に消えたイザナミ。追わないといけないのに、ボクも弁慶さんも、その場から一歩も動けなかった。
――――
――熱い。
溶岩が地面を這っている。
火山の中のような大きな空洞だった。俺は意識を取り戻したものの、身体は重い。動けないことはないが、多分歩くのがやっとだろう。
どうやら俺は拉致られたらしい。
なんとなく、誰かに担がれた感じがしたのは覚えている。
「……で、どこだここ」
「黄泉の国だよ」
俺の頭の方から軽薄な声が聞こえる。
「本体でははじめまして、結城ハガネくん」
「あんた、ロキ……」
「せいかーい。ここまで運んできたことの感謝はいらないよー」
「誰がするかよ……ってて」
俺はゆっくり身体を起こす。まだ足は痺れてまともに動かない。
「俺を連れてきてどうする気だよ」
「決まってんじゃん、お前からイザナギの芯をいただくんだよ」
「イザナギの芯?」
俺は、自分の身体の、いや魂の秘密を聞いた。
何それ、イザナギの欠片ってどういうことよ?
ていうか俺の一部を切り離すとか、俺はどうなるのよ!?
色んなことが俺の頭に浮かんでは消える。
――結果、俺の出した結論は。
「勝手に俺のもん持っていくんじゃねえよ馬鹿野郎」
「……! は、はは、はははははは!!」
ロキは一瞬あっけにとられた顔をして、それから大声で笑った。それは、嘲るでも憐れみでもなく、本当に楽しそうな、面白いものを見るような笑いだった。
「何笑ってんだよ」
「はははは……あぁ、ごめんごめん、お前が余りにも不遜なもんだから、つい」
「神だからってだけで敬うわけねえだろ。……アカネは無事なんだろうな」
「わかんない」
「あ゛!?」
まあまあ、とロキは俺を宥めるような仕草をする。うぜぇ。
「お前をここに連れてきてからどうなったのか知らないんだよ、本当に。……無事だと思うけどね」
「なぜ分かる?」
「興味が無いからだよ。イザナミを見たかい? 君が倒れた時に出てきた、この国の女王様なんだけどね」
「見てねえよ。なんとなく会話は聞こえたけどな」
「なるほどぉ。あのね、今回現世に出た目的は、お前たちをおびき寄せて、中でもお前、結城ハガネをこの黄泉の国に招待すること。そして、お前の中からイザナギの魂の欠片を取り出すことだったのさぁ」
「……余計な面倒は起こさないってか」
「まあね、面倒くさいからね。あとはまあ、最強クラスに育つエインヘリヤルを人質にしておいて、一気にヴァルハラ侵攻、とかね?」
言うだけの実力はあるんだろうな。こいつ、ヘラヘラしてるようでその実、相当な実力者だろう。
「……とまあ、それが黄泉の国の思惑、なんだけれど」
「あ?」
「僕の思惑はまた別にある、ということさ。彼女の目的はイザナギの復活。僕の目的は違うけれど、高天原を手に入れるっていう所で利害が一致したんでね、ちょっとお手伝いしてたってわけさぁ」
「あんたの思惑はいいわ。で、目的はなんだよ?」
「お、鋭いね。……お前を助けようと思う。って言ったらどうする?」
「利用する」
俺がそう言うとロキはまた楽しそうに笑った。
「お前が利用されてるのかもよ?」
「俺はアカネんとこに戻れればそれでいい。あんたが何企んでいようが、そんなこた知ったこっちゃねえよ」
「……兄貴によく似てる」
「なんて?」
「いや、なんでも。仲良くなれそうだ」
「俺にそんなつもりはねえけどな。で、どうすんだ」
ロキの兄貴ってのがなんなのか知らねえが、とりあえず帰れるなら構わねえ。
俺がエインヘリヤルだってのはこいつもわかってるんだから、最終的には殺されることになるんだろう。で、次の日にはヴァルハラで生き返るってことになる。
「女王様はイザナギの欠片が手に入ればいいんだ。だから、お前の中からそれを取り出す」
「……それだけか?」
「そうだよ」
こいつの意図が掴めない。やることは結局イザナミと一緒じゃねえか。
「まあ、その後お前の魂がどうなるかは分からないけどね」
「どういう意味だよ」
「生まれてからずっと持ってる魂の一部を取り出すんだからさ。最悪、原型を留めず、輪廻の川にも入れずだね」
「そうするとどうなる?」
「消滅」
手の平を上に向け、ぽん、と弾けるような仕草をする。
「ただ、わかんないんだよね、エインヘリヤルから取り出すのって初めてだからさ。……で、どうする? とは言え、選択肢なんてないのは分かるよね?」
「ここでうん、と言わなければどっちにしろ無理やり取られるんだろ? 逆らって戦ったところで勝てる相手とも思えねえしな」
「やっぱり賢いね。それに冷静だ。普段が雑で適当なのはポーズかな?」
「ほっとけよ。……いいぜ」
どっちみち引けねえんだ。
だったらもう、諦めるしかない。
「じゃあ、やろうか。あ、そうそう」
ロキはふいに思い出したかのように、俺にこう告げた。
「これは勘だけどね。お前は、お前じゃなくなる気がするよ」





