第2話 死亡からのスカウト
「結城くん……?」
「風見、さん……?」
急に光がさしたと思ったら、それは風見さんになった。
我ながら何言ってんだかわかんねえ。
「どう、して……」
「いや、それは俺のセリフなんだけど」
「い、いや、ボクは超強力な“戦士の魂”が身体から抜け出たから、それで……」
「戦士? よくわかんねえけど、これやっぱ死んだのか、俺」
まぁ、そうだとは思ってたけど。でもアレだな、今まで信じてなかったけど、死後の世界ってあるのな。
生きてた頃なら、驚愕のあまりに例によって思考が旅立ちそうな話だが、今の俺はなぜか落ち着いている。というか、常に頭が回っているのが自分でもわかる。あれかな、死んじゃったハイ。知らんけど。死ぬの初めてだし。
で、風見さんはといえば。
「そっかぁ……結城くん、死んじゃったんだ」
死んだ俺の身体を前にして、胸の前で手を合わせてナムナムと拝んでいた。なんだろう、なんかすごい違和感。
ここで、俺は気づいた。
――俺はなんで、俺を見ている?
そんな光景に戸惑いこそすれ、俺はなぜか、それ以上特にこれといった感情を持たなかった。
「あの、風見さん、俺ここなんだけど……」
「あ、ごめん!」
声を掛けると、風見さんは『俺から目を離し』、『俺に向かって振り向いた』。眼に溜まった涙が光って散る。いや、ナムナムしなくていいから。
あぁ、やっぱ綺麗だなぁ。などと思いつつ、俺は立ち上がった。ってことは今まで座ってたのか。死にたてだと色々気づかないことが多いな。
「えっと、大丈夫……なわけないね、死んじゃってるもんね。んと、どこか痛いとかない?」
「あ、ああ、それは大丈夫だけど……っていうかさ」
風見さんは、なぜか鎧を着けていた。
兜や胴体は中世ヨーロッパの鎧にも見えるが、肩のあたりは戦国時代の甲冑みたいだ。腰からはひらひらとした巻きスカートが膝の下までを覆い、脚は硬い革のようなブーツを履いている。
さっき戦乙女って言ってたな。言われてみれば、その言葉がしっくりくる。かっこいい風見さんってのも、なんかこう、グッとくる。
「その格好……それに死んだ俺が見えてる……?」
「あ、じゃあそこから説明するね。……コホン。おめでとーございまーす!!」
「いやそこからかよ!?」
「あはは、まぁまぁ。……んと、ちょっと待ってね」
風見さんはそういうと、
「結城ハガネ、18歳。1998年7月……つまり今日、レンタルビデオ店からの帰り道、車線を超えてきた車と接触。借りたDVDは、たわわなお姉さんの誘わ」
「ちょーっと待て!」
「……ん?」
俺は慌てて風見さんの口を塞いだ。
いや、ていうか!
「なんで風見さんが、俺の厳選したDVDのタイトル知ってんだよ!」
「あれ」
彼女が指差す方を見ると、そこには煙を吹いて止まっている車や、スクラップになった愛車に混じって、借りたばかりのDVDが袋からコンニチハ……っておい!!
「俺のお姉さんがぁっ!!」
「知らなかったなー、そーか、結城くんはきょにうのおねいさんがお好みだったのかー。ふーん」
「いや待って待って、誤解、誤解だから!」
そう、別に俺は年上の巨乳が好きってわけじゃない。そもそもあーゆーのに出てる女の人なんて絶対俺より年上じゃん。きょ、巨乳なのはまぁ、始めてそーゆーの借りるんだし、せっかくだし、あとせっかくだし。
だからその、ゴミを見るような目で俺を見るのはやめて。うっかり目覚めるから。
「どうせさ、ボクなんかさ、そんなに大きくもないしさ、おねいさんでもないしさ……」
「待て待て凹むな、俺が好きなのは風見さんだけだし!!」
……あれ?
俺今、なんて言った? なんとなくえらいことを口にしたような……。
風見さんを見る。あ、なんかぽかんとしてる。目が合ってるのに合ってない、そんな感じ。
やっちゃったかなこれ。
「……ほん、と?」
「ん?」
「ボクを、好きって……」
「うっ」
やっぱりやっちゃってたか。
……まぁ、いいか。
勢いで出ちゃったとはいえ、気持ちは本当だ。
死んでなければ、明日には同じ返事を返していた。
「……あぁ。明日、そう返事しようと思ってた」
「……結城、くん」
「好きだ、風見さん。……まぁ、死んじまったから付き合ってとは言えないけど」
「ううん! そこは大丈夫!」
涙を溜めながら元気よく答える風見さんは、満面の笑みを浮かべていた。
――やっぱり可愛いんだよなぁ。
「戦乙女はね、アース神族……要は神様の敵と戦う戦士、エインヘリヤルをスカウトするっていう役目があるの。で、その戦士の中から、相棒として一緒に組んで戦う人を選べるんだ。……だから、結城くん」
そう言って、少しはにかみながら笑う風見さんを見た俺は、なんというか。
「風見アカネの、ボクだけの結城ハガネになってくださいっ!!」
この戦乙女を守りたいと、本気で思ったんだ。
――――
「……でも、良かった」
「え?」
「あ、ごめんね、悪気があるわけじゃないの。でもね」
俺と風見さんは今、並んでガードレールに腰掛けていた。目の先では、俺だったものを運ぶ救急車や事故処理のためのパトカー、消防車が何台も停まり、激しく人が出入りしている。
俺は今、俺だった肉体から完全に抜け出て、魂だけの存在となっているらしい。意識は全部こっちにあるわけだから、向こうで転がる肉体は、言ってみれば洋服の様なものなんだよ、と風見さんが教えてくれた。
「前から決めてたの。もし死んでしまったら、絶対キミをスカウトするって」
「へ……」
少し頰を染め、上目遣いになった風間さんが可愛い。
「風見、さん……」
「あの、ね、その……!」
「どうした?」
それまで少し潤んでいた風見さんの目が、急に鋭くなった。目線を辿って振り向くと、道の先が闇に溶け込んだ様に暗く黒くなっており、そこから現れたのだろう何かが、ゴマ粒のように小さく見えていた。
「……なんだあれ。人?」
「もう、来たんだ」
闇に溶ける街道を睨みつける風見さんの手には、いつの間にかオレンジ色に光る、大振りな槍が収まっていた。
「……黄泉比良坂の住人。平たく言えば、亡者よ」
ヨモツ、ヒラサカ?
それって、古事記だか日本書紀だかに出てくる、あの世だっけ?
「そういえば、風見さんはオーディンって言ってたけど……」
「あ、そうか、そうだね。……でも、考えてみて。日本ほどたくさんの宗教が、戦争もなしに存在する国ってそうそうないと思わない?」
たしかに。宗教戦争って言葉はすごく縁遠い感じがする。数年前に新興宗教がやらかした時にも聞いた気はするけど……。
「詳しいことはボクもよく分かんないんだけどね。でも」
風見さんはいつしか、全身が綺麗なオレンジ色に輝き始めていた。
「今の日本は何でもあり。そして、本来の日本の神話世界、高天原は、……あいつらに、やられちゃったんだ」
「……え?」
「色んなことはあとで。……今は、ボクが、結城くんを守るよ」
その時の風見さんの表情を、俺は決して忘れないだろう。
「あの時、ボクを守ってくれた、結城くんのように」
「……風見さん」
好きな女の子に、そんな表情をされたらさ。
「わかった。けど、守られるだけってのはなしだ」
「え?」
「俺を見込んだっていうなら、俺は自分を試してみたい」
「結城、くん……」
一瞬呆けた様な顔をした風見さんは、すぐに元のように顔を引き締め、俺の目を見つめながら、強く微笑み、うなずいた。
「教えてくれ、どうすればいい?」
「キミの武器は心の強さ。それは、魂だけの存在となったキミにとって、最強の武器になる。……ボクは知ってる。キミの強さも、優しさも。……想像して。キミの最強の武器を。思いの強さが、キミを無限に強くするから」
「思い……」
「それまで、絶対、キミを守ってみせる」
そう言って亡者を睨む風見さんの横顔は。
思わず見惚れてしまう程美しく、強かった。