第1話 告白からの死亡
「結城くん、好きです。……付き合って、ください」
揺れる髪、潤んだ目、震える唇。
その時の顔を、俺は一生忘れないだろう。
それが、俺の体験した人生初の告白だった。
――――
「……え?」
「……」
1998年、高校三年の一学期最終日。
ほとんどの評価が真ん中の通知表を受け取った帰り道。梅雨が明けたばかりの、暑さと湿気と草の匂いの立ち込める校門前で、俺は、同級生に告白された。
――告白された? え、誰が? 俺?
え、ちょっとまって、いや待って。この子今好きですつった? 俺を? いやないわ、それはないわ。てことは後ろに誰か……いない。いないね。むしろ俺を挟んで告白とか斬新すぎるよね。それはさすがの俺も苦笑い……ってことは俺が告白されたってことでいいのかな? いいって言ってくれねえかな誰か。
まあ、とりあえず。
「お、俺……?」
「……うん」
真っ赤になりながら、小さくちょこんと頷く。ポニテにしたうなじの後れ毛が、ふわっと揺れた。
なんだよおい。
可愛すぎだろ。あとちょっといい匂いがした。
風見アカネ。
活発で文武両道、真面目だけど話してみればシャレも通じる、そのくせあまり人と深くは関わらず、休み時間はひとり静かに本を読んだりしている。
普段、特別な接点があるわけでもない。大体全部普通な俺との接点なんかあるわけもない。同じ中学から同じ高校に入って、三年の今、同じクラスにいる。それだけのことだ。
そう、それだけのこと。
だったのだが。
「なんで……?」
「……助けて、くれたから」
「え?」
「中学の時。ボクが、自分のことをボクっていうから、それでからかわれてて……」
……そういえば、そんなこともあったな。ちょっと気になる女子がキツい弄りをされているのを、つい我慢できなくなって止めに入ったんだ。
「……でもあの時、あんまりしつこいからって風見さんがキレて、モップで相手4〜5人をまとめて瞬殺してたような」
「ち、ちがうの! ……あの時は、そういうんじゃなくて」
「お、おう」
ちっさい拳握って熱弁された。
はっとなってちょっと俯いちゃったりね。
……それにしても、随分印象と違ってたな。普段はもっとこう、チャキっとしたキレの良い感じだったけど。
「あの時、止めに入ってくれた結城くんを、他の男子が羽交い締めして、蹴ったりしてたのが見えて、それで……」
俺を、助けるために?
勝手に手出して返り討ちにあってる、無様な俺を?
「……マジか」
「……うん、マジ」
「……そっか」
「……うん」
待て待て待て。
え、いいの? こんないい子が俺のこと好きとか言ってんだけど? やっべぇまたなんか頭が回らねえぞ。ぶっちゃけ好みどストライクだけどド真ん中すぎて全く実感がわかねえ。いやもうその上目遣いとかほんと俺殺しにかかってんじゃねえの? って。
あれ、俺もしかしてそろそろ死ぬ?
どうも、混乱するとあさっての方向に思考が飛ぶな、俺。
「でも、それだけのことで、そんな……」
「んと、それだけじゃなくて。……綺麗だ、から」
「は?」
俺が綺麗? いつも不機嫌そうでおなじみの俺だぞ?
「あ、ええと、見た目じゃなくて……あ、その、見た目も好きなんだけど! あ、いやその、目つきが鋭いのがいいなとかそういう意味であわわ」
あわわて。昭和の少女漫画みたいな慌て方をしつつ、顔色はもう心配になるレベルで赤くなっていた。
「……ん、ん。あのね、これ言うと変な子だと思われるかもしれないんだけど」
「思わねえよ。なんでも言ってみ」
「うん。……綺麗だなって思ったの。結城くんの魂が」
「……魂?」
急にアレな話になってきた。
でも、風見さんの目は綺麗に澄んでいて。
ギャグや冗談で言ってる訳じゃない、てことだけはわかったんだ。
「あ、ご、ごめんね、急に変なこと言って。え、えっと、ほ、ほら! 来年世界が滅亡するって予言されてるらしいし! なんかこう、魂とか、ね!」
取ってつけてる感じがすげぇな。まぁでも。
「いや、構わねえけど。おれにはそういうのわかんねえからさ。どんなんだろうなって思って」
「……引かないの?」
「引かねえよ。俺は風見さんのことまだ良く知らねえけど、嘘つくやつじゃねえのは分かるよ。だからきっと、そう見えてるんだろうって思っただけだ」
「……あり、がと。……やっぱり、いいな……結城くん」
おいなんだこの可愛い生き物は。
正直なところ、もう言うまでもなく即OKなんだが、なんだろうな、こう、なんかちょっとかっこつけたい自分もいたりいなかったり。というかこの感じをもうしばらく噛み締めたい。
その時俺は、不遜にもそんなことを考えていた。
「……あ、あの、さ。えっと、なんて言っていいか、急でおれもさ」
「う、うん。返事は今じゃなくて、いいから。来月の1日、登校日だから、その時に教えてくれると嬉しいかな、なんて。……だ、だめ、かな?」
だめな訳がなかった。
「お、おう、分かった」
「じ、じゃあ、登校日に、ね?」
「あぁ、またな」
小走りがちに去っていく風見さんを見ながら俺は、
「きれいな走り方してんなー、陸上部とかだっけ?」
などと、またしてもまるで関係ないことを思いつつ、俺はといえば、耳どころか首まで破裂するかってくらい、熱くなっていたのだった。
――――
……あぁ。
これを走馬灯っていうのかな。それにしちゃ随分最近の記憶だけど。
もう目も見えねえや。やべぇな、明日は風見さんが彼女になってくれる日なのに。
雨に濡れたアスファルトの匂い。それにオイルと血の匂いが混ざってる。
――まずったな。
7月最後の夜、バイクでレンタルDVD屋に行った帰り道。急に降ってきた大雨にひぃひぃ言いながらタラタラ走っていた俺は、雨でスリップしたのか、急に車線を外してきた対向車に突っ込まれた。ちょっとした時間差で、ドシャッという音と共に、全身がバラバラになるような痛みが走り、その後は――さっきの走馬灯を見てたわけだ。
死ぬのかな、俺。
なんだろう、我ながら妙に冷静だな。そういえば昔からそうだった。
自分の危機に無頓着。家族にはそう言われたりもした。
あぁ、そういえばとーちゃんかーちゃん、ごめんな。先に逝きそうだわ。
言うまでもねえけど、亜紀のこと、頼むな。俺にはもったいねえくらいの妹なんだ。知ってるだろうけど。
みんなきっと哀しむだろうけど、すぐに忘れてくれて構わねえからよ。
あぁ、なんか身体の重さがなくなってきたな……
うざいくらいに身体を叩いてた雨の感触もない。ついさっきまで鉄臭かった口ん中も、今は何の味もしない。なぜか轟々とうるさかった音も、オイルの匂いも、いつのまにか無くなってる。
返事、出来なくてごめん、風見さん……。
感覚全てが暗くなり、闇に溶け込んでいく。
俺の最期の意識は、そこで終わった。
はずだった。
「眩しい……」
空がやたらと明るい。あれ、俺死んだよね?
光が、段々人の形になっていく。あぁ、やっぱ死んだんだな。あれ、お迎えの天使とかだよねきっと。
神々しい光の人が近づいてくる。トッと小さな足音がする。着地したのか。
……ん? 音がする?
五感がある!?
混乱する俺のすぐ側で、天使(?)が微笑んだ。気がした。
そして。
「おめでとーございまーす!! オーディン麾下ヴァルハラ日本支部所属戦乙女風見アカネ、あなたをエインヘリヤルとしてスカウトしに……て、結城、くん……?」
「……へ?」
風見、さん……?





