車窓から差す陽は彼女を照らす。
「はぁ……やってられっかってんだーーッ!!」
とある居酒屋のカウンター席で俺は首を垂れる。
「そこまで大声上げなくてもいいだろうに」
一緒に飲んでいるこいつは俺と同じ会社の同期、田永。
意識がふわふわとしてきている俺にはボリューム調整なんて出来ない。さっき頼んだビールが届く。
「まだ飲む気か?」
田永は俺の意識があることを確認しながら訊いてくる。
「当たり前だろ!? 明日は休みなんだ……ちょっとくらいは……なッ?」
ジョッキの側面に滴れる水滴をなぞりながら言った。
最近、仕事の内容が濃すぎて忙しすぎる。上司からは変に期待されるし、同期の奴らは気の抜けた応援しかしやがらない。
この会社に入社し5年……今年が末期とも言えよう。デスクに積み重なっていく書類の山々に、確保が出来ない休憩時間、残業は当たり前。
この田永にはお世話になっている。何と言ってもちょくちょく、俺の抱えている仕事を手伝ってくれたりして、本当に感謝している。
「でもどうせ会社行くんだろ? すげぇよな、休日が取れないって」
田永は少し他人事のように言った。
まぁ今俺のしている仕事は田永とは別件なのだから他人事になってしまうのも当たり前なのだろうが、何故か腹立たしく思える。
その感情をビールと共に呑み込んだ。
「明日はやめとこうと思う。こんなに飲めば明日は昼まで寝るだろうし」
飲み干したジョッキ数は多分、10に近い。
深くため息をつき、酒のつまみともいえる【きゅうりの浅漬け】を頬張り、ビールで気分が可笑しくなっていくのを和らげる。
「それがいいさ。これからかなり忙しくなるから気抜くんじゃないぞ。俺もこれからが本番みたいなもんだし」
田永が携わっているプロジェクトは俺より後に決まったモノで、次期ズレで慌ただしさを見せる。そのサイクルのせいか、年中社内は緊張が走っている。とは言っても、仲が悪いみたいなことはなく、皆結構フレンドリーな対応で仕事外では、はっちゃけていたりしている。
まとめると思うほど居心地は悪く無い。だろうな。
「俺の方が楽になったときは手伝ってやる」
「そりゃどうも。でもその頃には部下とかついて、手伝うとか出来なさそうだけどね」
田永は俺の方に手を置きながら微笑んだ。こいつに手伝ってもらっている分は返さねばと思って言ったのだが、「心配するな」と言われているように思えた。
確かに田永の言う通りかもしれない。時期は2ヶ月経てば桜の芽が出てくる頃だろう。そんな時期。
「一層不安が高まるんだが……俺死んだりするかな」
「何言ってんだよ、安国。過労死で死にそうになるころには、お前のプロジェクトも終わってるだろ」
田永はおかしく笑い、二人でつまんでいたきゅうりの浅漬けの最後を箸で掴んだ。
「俺は奥さんいるから、仕事後もそう苦労しないし、その存在に助けられたりしている。けど安国は独身で彼女もいないから大変そうだよな」
俺は少し残っていたビールを一気に喉に通しながら横目で心配そうな顔をしている田永を見た。
俺は基本仕事づけで正直、恋愛している時間が取れない。だからといってどうでもいい相手を見繕うこともしたくない。きっちりしたい性格ではないが、譲れない何かは持っているものだ。
これだから彼女がいたこともないんだろうけど……。社内恋愛をしている奴はちらほらと見かけるが、別に自分もそうなったほうが楽に相手が見つかるし……と思ったことはそう無い。
きっと恋愛に対し貪欲でないのかもな。
「俺に好きな人ができたなら……仕事に精は出ると思うか?」
「どうだろうな」
肩をすくめながら田永は言葉を続ける。
「精が出るかは知らんが、モチベは高まると思う。現に俺はモチベがあがるし」
流石、婚約したまであるか。
生活面を聞く限り田永は幸せそうなのだ。家に帰れば嫁さんが待っていて、家事もしてくれ、癒しにもなっているとか……羨ましいにも程がある。
「俺も彼女欲しいかも」
空になったジョッキを眺めながら思うと言葉が零れてしまった。
「今日は俺のおごりにしてやるからさ」
俺の表情が悲しく見えたのか、田永が会計を持ってくれた。
二日間の休日(仮)も平然と過ぎ、気づけば新社員が入社する時期だった。俺の部署に配属された新入社員は計5人。他の部署に比べて少ないほうだった。忙しさを鑑みれば妥当だと思う。
俺の時代は俺合わせ3人だったことを思い出す。
「もう6年目かな、俺達」
隣のデスクの田永が部署内の時計に目をやりながらぽつりと呟いた。
「ほんとそれな。それにしても新人多くて困るな」
「教育とかに周っちゃうと仕事に支障出かねないしな。でもそろそろ俺達の側近部下とかってありそうじゃね?」
ニヤリとした表情の田永を俺を見てくる。質の悪い顔だ。
「だからどうした?」
「いやぁ……もし女性だったらワンチャンあるかもなってこと」
「あぁ……無いだろうけどな。だって俺もう26だし。今年27だぜ?」
自分の歳を気にするのは大事なこと。会社の飲みとかになると一層に気にしだす。歳の差というのは結構面倒なものだった。なんというかジェネレーションギャップもあることだし、気を遣わなければならないのが一番の難点。
だからそういう飲みの場では端で飲むことにしている。
「じゃぁそれぞれの上司を発表するから、呼ばれたら迎えに来てくれ」
課長が直々に名を呼んでいく。俺はこんな式みたいなものには目をやらず今後の方針を脳内で考えていた。俺は最近多忙だ。これからも……と考えれば下がつくことは無いだろうと思えたからだ。
「最後に【有岸 優菜】さんの上司を発表する」
今回の狙い目か、周りの男たちは「俺にこい」と言わんばかりの表情をしていらっしゃる。
確かにカワイイほうなのだろうな。と今年27になる俺は心にしまった。
「安国くんよろしく」
一瞬静寂が入ったのを感じた。「なんでお前なんだ」と皆思っているだろうが俺も同様だ。何故自分が呼ばれるのかわからなかった。
「安国くん、どうした?」
「あ、はいッ」
男たちからくらう嫉妬の視線は俺の背中に突き刺さっている。緊張のあまり迎えにいく姿勢はなんだかぎこちなく、上司っぽく見えないだろうなと自覚した。
目の前あたりに着くと有岸は俺に作り笑顔をした。それに合わせてみたが、俺の場合崩れた作り笑顔となった。
「よろしく、有岸さん」
「お世話になります、安国……センパイ?」
呼ばれもしない単語に敏感となって肩があがる。
「あ、あぁ……」
有岸が作り笑顔なのはすぐにわかった。長年こんな腐った業界に身を置けば表情で大体がわかってしまう。翻弄されそうになる気持ちを鼻から息を漏らすながら一緒に外出させ、上がった肩を静かにおろした。
「おい有岸ッ」
有岸が入社してから何ヶ月経つだろうか。そんなある日のことである。緊迫している部署内でそれは起こった。
有岸から提出されたレポート及び、頼んでおいた現在のプロジェクト上での細かな予算の見積もり、簡単なプログラミングの確認をした結果。
「はい。なんでしょうか、安国センパイ」
「全然違う……どうすれば出来るようになるんだッ」
緊迫を上乗せしてしまったのは俺だった。
わざわざ有岸のデスクまで行き、有岸のデスクに提出元となる書類を叩くように置いた。
「どこが違ってました? 直したと思うんですけど」
「これっぽっちも直っていない……言ってしまえば悪化している。しっかり確認したのか!?」
「しましたよぉ」
俺が眉間にシワを寄せているのにも関わらず、まるで気にしていない様子の有岸。ヘラヘラと顔の前で手を振る。
「してこれって……どうなってんだよ」
「また直しますけど、期限とかってあります?」
俺がデスクに叩くように置いた書類は若干散らばっていて、それを整頓し始める有岸はやはりなめたように見えた。
「今日中だ」
「それはきついですって……明日いっぱいはどうですか?」
「は?」
微笑み方の上手い部下だった。きっとこんな表情をすると許してもらえるだろうとか、他の上司であればこれで乗り越えれたからとか甘い考えをしていそうだ。
「今日中だ。出来なかったら上と相談して外してもらいに行くしかなくなるからなッ」
「マジですか!?」
「マジだ」
有岸に人差し指を向けながら続ける。
「今日中だからな」
「はぁーい」
有岸は気の抜けた声で答える。
会社も癒しが欲しいとは言え、ここまで酷い産物をいれるとは……大丈夫か?
「大変そうだね」
自席に着くと田永が作業しながら目をこちらによこした。
「無理だな。再提出が多すぎる……これで5回目だ」
クスクスと肩を揺らす田永を横目で見ながら舌打ちした。
「落ち着けって、プロジェクトの人数増えたらしいじゃん? だから新人にも手を付けやすいし、先日よりかはいいだろ?」
俺は部下がつき始めてから、他からの仕事を任せられるということが減った。理由は一つでやはり教育期間だからだった。
そのため最近の休日は有意義あるものに感じれている。平日に戻ると途端に気持ちが落ちまくるのだが……。
「さぁ始めるか」
やる気の起きない声で呟きPCモニターに目をやると、後方から俺の名を呼ぶ声がした。
「あのぉ安国センパイ」
始めようとした手を止め、振り返ると有岸がそこには立っていた。
「えぇっと……」
言葉を詰まらせている有岸を見ながら待つ。
「そのぉ……簡単に教えてもらってもいいですか?」
「は?」
何の会話をされているのかわからない俺の脳は真っ白になる。
「あ、すみません。やり直してもダメで……それなら一層もう一度教え込まれたほうが良くないかと思いまして……ですね」
キーボードの打つ指を止め、肩を揺らす田永を視界に入れながら俺は首を傾げた。
「やり方知らねぇのか?」
「まぁそうなりますね」
深く長いため息を吐き出した。
「早く言ってくれよぉ……椅子持って来い」
俺は顔をすくめながら有岸の椅子に指を差した。
「お疲れ様でーーすッ!!」
新社員を交えた飲み会……とある居酒屋を貸し切りに。俺はため息をつきながら、いつも通り田永と端へ腰をおろした。
「あれ安国センパイ、そっち座っちゃうんですか?」
中央らへんに腰をおろそうとしている有岸がきょとんとした顔で俺に訊いてきた。
「お前は適当に座ってろ」
シッシと手首を返すが、有岸はおろそうと腰を持ち上げ俺の隣まで来る。
「じゃぁとなり失礼しますねッ」
そう言いながら、思う以上に至近距離まで攻めてきた。
「近すぎだ。もう少し離れろ」
有岸は首を傾げながら手を顎に置く。
「でも安国センパイって彼女とか、嫁さんとかいないですよね?」
グサッとくる一言に俺は舌打ちをしてしまう。有岸とは反対側の隣に座る田永が肩を揺らして笑った。
俺は移す視線を見つけることが出来ず、目の前に置かれたおしぼりに視線をやった。
「いなかったら近くてもいいということではない。節度をたもて」
「私にドキドキしてます? 顔少し赤くないですか?」
異性に寄られてドキドキしない異性はいない。それがまた可愛らしい奴だと尚更ではないか。
「暑いだけだ」
俺はそう言っておしぼりに手を伸ばす。
有岸は本当にプログラミングなどの経験が浅く、出来ないでいたらしい。最初の方は先輩にねだる様に教えてもらったり、やってもらっていたらしい。
それを知らない俺は、出来ると思い込みどんどんと仕事量を増やしていった。それがここでボロを出すとは……最悪なのか、早い段階じゃないか。どちらを自分に言い聞かすか……困惑中だ。
「安国センパイとだけ飲み行きたかったんですけどね」
有岸は俺を横目で見ながら言った。
「嘘っぽい顔してるぞ。それにお前と行って何が生まれるのやら」
俺は呆れた顔を有岸に見せつけながら言う。
「それにしても安国は有岸さんのせいで色んな名前付けられてるみたいだよ。鬼畜安田とか。あ、これ俺ねッ!」
田永は面白、おかしく俺に楽しそうに喋るも俺は、細い目をして眉間にシワを寄せていた。その表情に田永はまた笑った。
「安国センパイは何にします?」
メニュー表を有岸が寄せてきた。今日はソフトドリンクで良かったのだが、開かれてページが酒類だけだったため酒を頼まざる負えなくなった。
そこでふと疑問が湧いた。
「有岸は酒飲むのか?」
有岸はきょとんとした表情を俺に向けた。
成人を過ぎているのは見るからにわかるのだが。こう……飲んでも弱そうだから、基本飲まない人。ってな感じが強かった。
「何言ってるんですか。バリバリ飲みますよぉ……カクテルですけどねッ」
威張った。有岸はカクテルで威張りやがった……俺は頭を掻きながらメニュー表に目を通す。とは言っても俺はビール主体なものだから飲みにしてもやはりビールだ。
「まぁビールかな」
「瓶でいいですよねッ!」
飛びつくように勢いよく有岸が寄ってきながら訊いてくる。その圧力に負け、コクリと頷いた。
瓶ビールが目の前に運ばれてくるも有岸は、グラスのほうを俺に押し付ける。
「はいどうぞッ」
「いや別に自分で注ぐから」
俺は鼻の頭を掻き、照れながら言うが、有岸は止まらなかった。
結果、有岸は泡を上手く立てながら注いでくれた。
「すごいねぇ。有岸さん上手だねぇ」
横でビールを注ぐのを見ていた田永が覗き込むようにこちらの会話に参加する。田永に褒められる有岸は愛想笑いを浮かべた。
「これはもしかしたら安国のお嫁さんになれちゃったり……なッ」
田永の続けた言葉に有岸は動揺を隠せなくなった。
「そ、そ……それって……も、も。もしかしたら。ですよ……ねッ!?」
さっきの愛想笑いとは一変して顔を赤くしてちょっぴり真剣そうな表情で有岸は田永に訊いた。二人はいったい何を……ついていけなくなった俺は、ビールを泡を眺める。
「えぇそれではみなさん、ご起立お願いいたします」
課長の言葉に皆はゾロゾロと片手にグラスを持って立つ。
課長様の短い「祝いの言葉」てきなモノを聞かされ、最後に乾杯の儀式。
「カンパーイ!!」
それぞれお偉いさん方にグラスを交わしにいく。俺は別に行くようでもない距離のため、今回も交わさなかった。それは田永も同じであった。
「お二人はよかったんです?」
お偉いさんとグラスの交わしを終えて戻ってきた有岸が訊いてくる。
「別にいいかなと思って」
俺と田永は口をそろえて答えると、有岸が驚いた表情を見せた。まぁこんな奴ら普通会社にいたらダメな奴らだろうとはわかっている。マナーが悪いみたいな? 認めはするが、行かない。まず俺達二人くらいわからないという話しだ。
「では、安国センパイ」
有岸は俺にグラスを傾けた。それに答え俺もグラスを手に取り杯を交わした。
飲み会が開始され軽く1時間くらい経とうかする頃だ。いきなり隣の有岸がしゃっくりを繰り返し恐る恐る横に目をやると顔真っ赤な有岸がこちらを眺めていた。
「お、おまッ……酔ってんのか?」
有岸に驚いた俺は慌てて自分をグラスを置き、次に有岸の手からグラスを放し机に置いた。
「安国センパァ~イ……私、ちょっとよっちゃいましゅた」
ベロベロだった。
このタイミングで部長が俺のもとへ寄ってきた。
「やぁ安国くん」
「あ、あぁお疲れ様です。すみませんこいつ酔ったみたいで」
「そのままでいいんだ」
部長は俺が有岸の肩をゆすり立ち上がらせようとするのを止めた。そして言葉を続けた。
「まぁキミも隣の田永くんも交わしてくれなかったから来てしまったよ」
と部長は片手にしていたグラスをこちらに差し出した。
俺と田永は互いに顔を合わせ一つ頷いた。
「それでは失礼します」
言葉を揃えながら交わす。
部長の表情を伺うと上機嫌だと伺わせるほど晴れた顔だった。
「二人とも頑張ってくれてるから期待してはいるけど、頑張りすぎるのも些か心配もあってね……それにしても可愛らしい部下を持ったものだね」
部長は隣で酔っ払っている有岸に目をやりながら言う。
有岸はそれを聞いていたのか酔って朦朧とする中俺の腕にしがみ付いてきた。
「センパイはいい人でぇす」
恥ずかしくなり首の後ろをさすりながら何度も部長に俺は頭を下げた。
「いいんだよ。別に社内恋愛はいいんだし。ちなみに……婚約してもいいんだよ」
部長は小声で俺にそう呟いた。この人でも可笑しなことを言うのだと安心と共にこいつも酔ってる説浮上してるぞと心配にもなった。
「それは……」
俺が苦笑しながら返すと部長は軽く手をあげた。
「じゃぁそろそろ御いとまするよ」
「あ、はい……ありがとうございます」
しがみついたままの有岸は俺の耳元まで這い上がって小声で呟いた。
「センパイ……送ってください」
と――。
始まって1時間で帰るのは尺ではあるが、部下がこれだけ酔われると俺の品位にも問題が出かねないしな。
「あぁ……すまん田永、こいつを送るわ」
「いいよ。上司とかには何とか言っとくよ。変なことはするなよ」
田永は冗談交じりにそう言った。俺は鼻で息を漏らしながら立ち上がり、有岸の肩を揺さぶる。
「おーい、立ち上がれるかぁ?」
有岸は肩を揺さぶられるも目を閉じてしまったままだった。それでも微かには意識があるようで、俺の腕を持ち立ち上がろうとする。だが力が思うように入らず、産まれたての小鹿みたいでなんだかおかしかった。
「俺の肩に腕回せ」
「ずみばえん……」
すみません……と言いたかったのだろう。
やっと立ち上がるも足は力が入っていないように見え、床を擦っている。俺は一つ深いため息をついた。そう仕方なく負ぶることにしたのだ。
とりあえずは会社の人たちの影のないとこまで、足をひこずらせた。
「お前大丈夫か?」
「やうくいセンパイはやざしいですね」
「俺が優しい? 馬鹿かよ。半分は俺のためだ。それよか俺の背中にこい」
俺がそういうと有岸が赤面しだす。照れているのか、酒が回っているだけなのか……俺にはわからなかった。
俺が背中を渡すと有岸は小さな声で。
「ありがとうございます」
と、呟きながら乗っかってくる。女性を負ぶるのはこれが初であった。そこに感じたのは胸の感触……などではなく、単純に女性とは思っていたより軽いのだと感じた。
まぁ有岸の体型は男性目線から見てもスタイルの良いほうである。身長も160くらいで、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいる……。モテないわけがない。そんな体型だし、顔も悪く無いと思おう。
「センパイ……あっちゃかいです」
「ちゃんと会話はできないもんかねぇ」
呆れた態度を見て有岸は俺を誘惑するように胸を強調する。背中に自分の胸を当てた。
「私、センパイのこと……シュキなんです」
いつの年代だって、きっと告白されることは嬉しい事だろう。そして有岸のようなカワイイ子にされたら一層嬉しく思う。それは俺だけではなく。
「本当だと有難いな。どうも」
俺は曖昧な返答をしてみせた。その返答がお気に召したのか有岸は、自分の頬を俺の頭に擦りつけた。
タクシーで帰らせようとしたが、あまりにも有岸が酔っていたため飲み会から近かった俺の家に上げることにした。
帰宅後は有岸をベッドに寝かせ、俺はリビングのソファーで寝ることに――。
翌日、休日というのに早起きしてしまった俺は、二人分の朝食を作ることに。
朝食のいい匂いに鼻から覚ました有岸はおろおろとしながらもリビングに姿をみせる。
「えぇっと……」
「どうしたその顔は、顔洗ってこい。そこの先に洗面所あるから。タオルもそこに置いてる」
有岸は目を擦り、大きくあくびを漏らしながら俺の示した洗面所まで行った。
俺が朝食の支度を済むころには帰ってきていて、ベッドにまた寝っ転がっていた。
「おい、朝食だぞ」
「はぁーい」
有岸は頭をかきながらリビングに戻って、椅子に着席した。
「味噌汁と白米。それから鮭の塩焼きと卵焼きだ」
「ど、どうも……安国センパイでも料理できたんですね」
朝起きてからの有岸のテンションは低く、声もカスカスだった。
手を合わせ合掌し、朝食タイムへ。
俺は温かい味噌汁を口にやりがながら有岸を見た。
「な、なんですか……」
俺の視線に気づいた有岸は鮭の骨を取り除きながらこちらを向いた。
「調子はどうだ?」
「最悪な二日酔いです」
気持ち悪そうなのが顔から滲み出ていた。
俺はカレンダーに目をやり思い出した。今日から三日連休だということに。
「今日も泊っていくか」
「え? いえ、それはいいですよぉ」
「でも気分悪いだろう」
「まぁ」
骨を取り除き終わった有岸は箸を止めた。
「あのぉ……私と昨晩やりました?」
有岸の言葉に俺は味噌汁を口から吐き出しそうになってしまった。変に気管に詰まってしまい咳が止まらなくなった。
「大丈夫ですか!?」
慌てて有岸はテーブル上の水が注がれたグラスを俺に手渡してくれた。
俺はグラスを一気に空にさせる。
「はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「やるわけがないだろ。スーツのままだし考えろよ」
「あぁ確かに」
「わかったならさっさと朝食を終えろ」
「は、はい」
そこからは朝食に専念。互いを気遣う素振りもなく普通に食事をした。思ったより有岸と摂る食事は温かく感じた……かもしれない。
昼くらいになってずっと寝ていた有岸が身体を起こした。
「あのセンパイやっぱり今日帰ります。なんか頭も治ってきたので」
ソファーで横になっていた俺に有岸はそういった。俺はきっと寂しいのかもしれないと感じながらも首を縦に振った。
「その前にセンパイ!」
いきなり俺のソファーまで寄り添い、俺の顔に有岸は自分の顔を近づけた。
「んだよ」
俺が訊くと有岸はニコニコと笑みを浮かべた。
「ショッピングしませんか?」
「は?」
「だから、ショッピングです」
ショッピングモール……スーツ女性と私服の男性……どんな関係性!? と疑える視線で見られていそうだ。
「で何買いに来たんだ?」
「私が買いたいものですよ」
と、有岸は俺の腕を掴みあざとく上目遣いをキメて見せた。
「いいから離れろ。同じ会社の奴いたらどうすんだよ」
「いいじゃないですか。どうせ安国センパイには彼女の妻もいないんですし」
返す言葉も無く俺は有岸を細い目で見た。しかし有岸はきょとんとした表情で俺を眺めるのだった。
「どこに行くんだ」
俺はただ有岸についていくだけ。
有岸が入る店はどれも男性モノの店ばかり。好きな奴でもいるのか? そんなことを考えていると、昨晩の有岸の告白を思い出してしまう。あれが本気であるならば、俺ももう少しいい返事を返さないといけなかったな。と悔みながら小さな有岸の背中をみつめた。
「昼になりましたし、軽く食事をとりません?」
フードコートを指さしながら有岸は問いかける。確かに朝食は結構早く済ませたし、いいころ合いだな。
「あぁいいぞ」
「何にします?」
フードコートを周っていないのに訊かれても……と思いながら目を配らせ、適当に選んだ。
「あの、うどん屋でよくないか」
「じゃぁそうしましょっか。さぁいきますよ!」
有岸はまたも俺の腕を掴み先導するように歩いて行った。傍から見たら単なるカップルのようで気恥ずかしくなるも、有岸はそんな素振りなど一切なく逆に堂々としていた。この時の有岸は俺よりも大人に感じた。
「お前本当に俺と一緒にでよかったのか?」
「いいじゃないですか。同じで。センパイのうどんが美味しそうだったから一緒にしたんですよ」
笑顔を絶やすことなくうどんを啜る有岸を見てはうどんに目を置いた。
「普通のきつねうどんだぞ……」
なんの変哲もない、ただのきつねうどん。まぁいいか。と何も考えることなく有岸の前でうどんを啜った。
そして後半戦? といっていいのだろうか。
有岸の買い求めていたものが見つからず、探索が続いた。
「このお店も違うみたいです。次行きましょう」
「結構回ったけどな。男性モノはあと何件かくらいだろう」
「そこにかけるんです! いいから行きましょう」
長く続く通路を指さしながら俺の前を歩く。
「ハッ!?」
有岸が店前で何かに魅了されているような表情を作った。
俺は恐る恐る近づき尋ねた。
「どうした?」
「これです!」
店前に飾られた見せ物のネクタイ。それに魅了されていたらしい。
「これですよッ! 安国センパイ!」
「何がだよ……」
有岸は店の中に入っていき店員と何かを話している。俺は近くの腰をかけれる椅子を見つけ、腰をかけることに。
少し経ってから有岸が店から出てきた。
「はい、センパイ!」
「えぇっと……なにこれ?」
有岸から貰ったのはちょっぴり高級そうな袋。中には細長い箱が入っていた。
「さっきのネクタイです。これは感謝の意です。受け取ってください」
照れ顔を浮かべながら有岸は言った。
受け取らなかったら何か言われそうだし、こいつのこの満足気な表情を無駄にはできないか。
「あ、ありがと。受け取っておくよ」
「は、はい!」
「買い物は他にないのか?」
椅子から腰を浮かせて尋ねると、有岸は少し考える表情になった。
「えぇっと……これだけですかね」
「こんだけのために来たの?」
「まぁ……」
どんだけ俺は有岸に感謝されてんだか……自分がかっこ悪くも見え、鼻で笑った。
「じゃ帰るか」
「そうしましょう!」
この為だけに電車にのってショッピングにくるとは思わなかった。電車内の椅子の背もたれに思いっ切りもたれため息を吐いた。
「センパイ」
俺の腕を摘まんできた有岸のほうを見ると、有岸は外を眺めていた。夕陽は赤く肌の白い有岸を赤く染めていく。瞳は夕日を移し有岸が有岸でないようにも見える……それくらい魅了させられた。美しいと――。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
画になっていた有岸に俺は見とれ、有岸からの言葉が耳を通ってどこかに行く感覚に陥った。
「こういうのもいいかもしれないですね、センパイ」
ふっくらと柔らかそうな、小さい口で笑顔をつくる彼女に目を奪われた。瞬きをしても見てしまう……これは罪だな。
「あ、あぁ」
そんな返ししかできない自分が情けなく感じた。
「それからセンパイ……私好きな人がいるんです」
そこで昨晩のを思い出す。俺は唾を呑み込んだ。
有岸はかなりの間を開けて小さな口を開いた。
「秘密ですけど」
俺はそこで軽く息が零れる。昨晩告った相手に「好きな人は秘密」なんておかしいだろう。きっと彼女は酔っていて本当に覚えていないのか、それも計算なのか……女性の考えは男性にはわからない。
だけど……これでもいいかと思える自分がいた。
だから俺は有岸にこう答えるだった。
「知ってるよ」
と――。
ロマンチックであれ、これはきっとお互いがお互いを思っているし、自身的にこの関係が良かったのだと思った。
だから有岸は驚いた表情一つ見せなかった。
三連休もあっという間に過ぎ、気づけば会社だ。
「よッ安国。そのネクタイどうした?」
「新調したんだよ、どう?」
「似合ってんじゃねぇ? まぁ三連休の一日目でショッピングにでかけ、部下に買ってもらったネクタイだもんなぁ」
な……な、な、なぜ! 俺は冷汗を背中に流しながら田永を見た。
「そんな驚くなよ。たまたま見かけただけだって。周りみたけど会社の人いなかったし」
「それは本当に内緒なッ」
若干震える右手を必死で抑えた。
「それはどうかなぁ」
田永は俺に子馬鹿な顔を見せながら脅す。
「今日の昼……おごるからさ」
「じゃぁおっけ!」
思ったよりもあっけなくて変に肩に力が入ってしまった。立ち上がり手洗いでも行こうかと立ち上がると同時に有岸も立ち上がった。
同時に部署から出た。
「センパイ! おはようございます!」
「なんでそんなに元気なんだ」
有岸は俺のネクタイを摘まんで見せた。
「やっぱり見合ってますね! 良かったです。つけてきてもらって」
「一応貰い物だしな。ってか何しに出たんだよ」
「飲み物を買いに行くんですよ。ではここで」
有岸と別れ、手洗いを済ませて自分の部署へ。
先に戻っていた有岸が俺のデスクにいた。
「どうした?」
「ここのとこ教えてください!」
見るとかなり簡単な、それも前回教えたとこだろうとこを俺にみせてきた。
深いため息をつき、俺は重い腰を椅子におろした。
「なんでこんなとこもわからないんだ……いいか! 聞けよッ!」
そんなこんなで変わり映えのない……いや、なんやかんやあった。
……が、今日も今日とて俺は有岸優菜という覚束無い新人の教育係を務めるのであった――。