爆弾解除
世界って平和だと思ったら、意外と不意打ちで脆くも崩れ去る。
呼称もっとも愛すべき彼女は二つのマグカップを持っていた。
桃色のマグカップと黒のマグカップ。
最近、戸棚に入れたばかりであるそれらは僕の所有物ではない。違う。所有物ではあるのだが、僕の知らぬところでそうなったのである。
はあ、そういうことしちゃうんだ。
由美さん、それはないんじゃないの?
浮気相手の思惑に、困惑する僕。
「ねえ黙ってないで聞かせてよ。これって先週なかったものだよね。なんで同じ柄で同じ形状のマグカップがあるのかな。だってこれじゃあ他に誰かいるみたいじゃない? ピンクって普通男が買わないよね」
この爆弾ってどうやって解除するのかな。考えてみよう。爆弾は冷凍してとりあえず保留しておく手段もあるがたぶん無理だ。その前に彼女のヒートアップが止まらないのでこの手の現実逃避はよくない。秒数残り五カウント。間が伸びれば疑心暗鬼で即お陀仏だ。
「それは、この前、君へのプレゼントで買っておいたんだよ。最近、同棲を考えてたんだ」
「えっ、そうだったの? だってしばらく結婚とか考えてないって先月言ったばかりじゃない」
その通りなんですが、僕はわき腹三十ポンド量り売りした。
「結婚と同棲は別だよ。だって籍を入れる前にお互いの事を試してみるっていうのも手だからね。僕なりにじっくり考えてたんだよ」
いや、本当に今決断しましたよ。これ、後でどうするんだ僕。同棲すら考えてなかったんだけど。ビバ独身生活だと思ってたんだけど。
「良かった~。私もう三十だしこれからのことどうするのかが不安だったの。あなたがそこまで考えてくれてるなんて私、嬉しい」
「僕もいい年だからね。そろそろ人生観考えなくちゃ、格好つかないだろう」
彼女が柔和に微笑んで抱きついてくる。冷や汗で塗れた背中がわからないといいんだけどな。彼女を抱き返すとほのかに暖かい。温度差があり過ぎるな。距離は近いけど、別種の生物みたいだ。
「嬉しい。じゃあさっそくこのコップ使ってみるね。なんか寒そうだったから、暖かい飲み物入れるね。コーンスープ一緒に飲もうよ」
「ありがとう。これからもよろしくね」
彼女が粉末を入れてお湯を注ぐ。
我ながら男ってこれだからダメなんだろうなって考える。今まで数々の芸能人が浮気会見をしたのを思い出す。なんか今なら感情が共有できる。女は直情的なくせに、浮気についてはシャーロックホームズに並みの観察眼を持つ。しかも私刑を提案した後、過去いく年してもその罪をなじってくる。なんともおぞましい。虫歯を治療せずにことあるごとに痛みを与えるようなもんだ。
蒸気を上げたコーンスープは卵色の溶液だった。僕は息を吹きかけながらゆっくり飲み干す。
すると、マグカップのそこに文字が浮かび上がってくる。
どうやら熱量を上げると表示される仕組みらしい。
大好きだよ。マー君
ハートの片割れ付きで表示されている。
遅る遅る僕は彼女の表情を見る。引き付け笑いの驚愕の震え。物的証拠を見つけた警察官がそこにはいた。
なにが書いてあったかは知らないが、爆発までほど遠くないだろう。
いっそこの世から消えたい。