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【第2部・完結】男装獣師と妖獣ノエル  作者: 百門一新
第二部 ~第三騎士団の専属獣師になりました……~
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五章 宝を守る大蛇と、砂の亡霊(2)

「なるほど。解決策については、だいたい理解しました」


 話を聞き終わったタイミングで、ユリシスが相槌を打って「とはいえ」と、視線を周囲へと向ける。


「問題は、あの大蛇に辿り着くまでを埋めてしまっている、この蛇の大群ですかね」

『大蛇が現われたのは、いつだ?』

「つい先程ですよ。どうしたものかと話し合う暇もないまま、君達が飛び出してきたんです」


 ユリシスが、聞こえるノエルの声に向かってそう答えた。すると、現場の状況説明を引き継ぐように、続いてヴァンが口を開いた。


「あの巨大なやつが登場してから、他の蛇共も飛びかかって来ない状態が続いている。こっちが動いたら突っ込んでくるんだろうな、という予想はある」

「デカいやつもさ、出て来てすぐ停止してんだ。こっちの様子を窺ってんのか、ボスみてぇに手下の蛇をけしかけるタイミングを待ってんのか、分からねぇ」


 ジンが剣を肩に担いで、そう言いながら緊張した目を大蛇へと向けた。


 姿形が蛇であるというだけで、自分達が知っているような普通の蛇とは違うのだろう。ラビも、改めて大蛇の姿を目に留め、それから体色が流動して常に動いているような、半透明の蛇の群れの様子を観察してそう思った。


 奥にいる大蛇も、周りを固めている蛇の群れも、舌を出してこちらの体温を感知するような様子はなかった。蛇独特の特徴的な呼吸音や、威嚇音も一切なく、それがより不気味で、セドリック達の警戒心も増しているのだ。


『大蛇については、自身が攻撃されているわけじゃねぇから、反撃のスイッチが入っていないだけだと思うぜ。一度手を出せば、息を吹き返したみてぇに動き出すんだろうさ』


 一同の疑問に答えるように、ノエルが大蛇を真っ直ぐ見据えてそう言った。


 セドリックが、声がした方に顔を向けて、ちょっとだけ不思議そうに「こちらの出方を窺っているわけではない……?」と疑問を口にする。


『さっきラビが説明した通り、アレもまた術で作られてんだ。生物にみたいに思考して動く事はしない。その行動パターンは、(あらかじ)め設計された『自動反撃』だ』

「周りで止まっている蛇も、同じですか?」

『違うな。何故なら、術としては別々だからだ。一旦停止状態になっているこいつらは『排除命令』をメインに仕込まれているから、大蛇に向かおうが向かわないだろうが関係無しに、この範囲から外に出た時点で動き出すと思う』


 大蛇は、攻撃を直接受ける事で戦闘開始のスイッチが入る。蛇の群れは、取り囲んでいるこのスペースから一歩踏み出す事で、排除行動を再開し攻撃を仕掛けてくる――ノエルが改めて見解と推測を口にした。


 ラビは、セドリック達と共に真剣な様子で、それについて数秒ほど考えた。普段外で気を引き締めている時の、強気な少年を意識した口調に戻して、彼に確認する。


「という事は、この蛇達が『宝』を抱えている大蛇を守ったり、子分みたいにサポートしたりする事はないのか」

『ない。この蛇の集団は『テリトリーからの排除』、大蛇の方は『攻撃を向けられる事で反撃し徹底排除』で動くだけだ。一見すると、それが協力体制を取っているかのように錯覚する』


 ボスが出てきた事で、じりじりと距離を計っているかのようにも見えるが、蛇達はただ与えられた役目に従って動いているだけだ。生物としての意思は持っていないという事は、互いの存在も認識していないのかもしれない。


 ベック達が「よく分からねぇ……」とぼやいて、緊張疲れのような表情を浮かべた。自分達なりに簡単に解釈し、「つまりここから出たら、また蛇が噛み付いてくるって事か」と兄弟同士の理解を確かめ合う。


 術具を取る事において、蛇の大群は考えて妨害するような行動は起こしてこない。けれど、だからといって、状況の厳しさは変わらないでいた。


「結局のところ、俺らが動き出した時点で、この蛇共も動くってわけだろ。一体ずつなら敵じゃないが、この数じゃ圧倒的にこっちが不利だ」


 ヴァンが、自分達の周りを取り囲んで覆い尽くしている蛇の群れの様子を、じっくり見つめたまま、ここにいる全員の意見を代表するように口を開いた。


「しかも毒持ちもいて、噛まれたらアウト。さっきも、ここに踏み込ませないだけでせいいっぱいの状況だった。そのうえ、あの大蛇まで到達したとして、そいつまで動き出して同時に相手をするってなると、相当きついぜ」

「その通りだ。しかし、一つずつ戦力を削る事も出来ないだろう。大蛇の方をどうにかしないと、この蛇の群れを消せないのも確かだ」


 考え込んでいたセドリックが、ピリピリとした眼差しを蛇達に向けたまま、思案気にそう意見した。


 その時、ジンが何事か思い付いた表情を浮かべた。視線を蛇の方から、ノエルの声が聞こえたラビの隣へと移して「なぁ、ワンコ」と呼ぶ。


「前に氷狼とぶつかった時、黒い炎みてぇなの、ちょっと出してただろ。あれで焼き払う事は出来ねぇのか?」

『俺は犬じゃねぇぞ髭野郎。んなの出来るわけねぇだろ。いいか、あれは魔力――エネルギーとなる『月の石』があったから出来た事だ』


 ノエルが苛々した様子で、『セドリックと眼鏡野郎には、先に説明したが』と言って続ける。


『俺が今出来るのは、こうして【声】を聞かせるくらいだ。それにもし使えたとしても、俺は魔力の消費がバカにデカいっつうか、威力を抑えるのが不得意なタイプの妖獣というか…………。この屋内程度の広さだと、一瞬で酸素が飛ぶ――』

「分かった他の方法を考えるわ!」


 最後の下りで察したジンが、恐ろしい想像を振り払うように、一呼吸でそう言いきった。


 先程も、蛇達の侵入を防ぐのでせいいっぱいで、こちらから押す事は出来なかった。その状況で、向こうにいる大蛇までの道を切り開けるのか。何より辿り着いたとしても、ノエルとラビが、すぐに対応に入れるのかも予測が付かない……。


 セドリックが、鋭い視線を『敵』に向けて、口の中にそう思案をこぼす。同じように考えを巡らせているユリシスの横顔を見て、一番後輩のテトがサーバルと目を合わせ、続いて厳しい表情で考え込んでいるヴァンを盗み見た。


 ラビは、一般的に知られている大型種の蛇が、噛み付くまでの速度を獣師としての知識から引っ張り出した。頭を持ち上げているあの大蛇へ、上から接近するのはリスクが高いだろう。そう考えて、再び視線を床一面の蛇の群れに向ける。


「まさか層になるくらい、蛇で溢れているとは思わなかったしなぁ……」

『同感だ。近づく事が出来れば、術具の位置も感知出来ると思うんだけどなぁ……。後継者を待つために封印されているとなると、術具自体は人間じゃないと取り出せないだろうし、俺だけで飛び込むって手も使えねぇし』


 不意に、ノエルが口を閉じて、耳をピンと立てた。


 ラヒビは親友の反応を察知してすぐ、向かってくる無数の鈍い羽音に気付いた。ハッとして入口の方に目を走らせるそばで、警戒心を煽られたベック達が「今度はなんだよッ」と騒ぎ、セドリック達も素早くそちらに身体を向けて剣を構える。


 その一瞬後、広間の入口から一斉に、通路の上部分を埋め尽くすほどの鳥達が乱入してきた。それはザイードの街の周囲で見掛けた、白い頭の先と羽先に黒い柄のある渡り鳥達だった。


 彼らは群れをなして突入してきたかと思うと、捕食するかのように、次々に翼を収めて床を埋め尽くす蛇に突っ込んだ。


 唐突な侵入者の襲撃を受けて、蛇達が激しく動き出した。けれど鳥達は、怯む事なく屋内を飛び回り、旋回し、嘴と長い足の爪で勢い止まらず襲いかかる。動物の言葉が聞こえるラビは、彼らの意気揚々とした無数の掛け声を耳にしていた。


『たかが蛇野郎に負けるかってんだよ!』

『食べられないのが残念だ、蛇は大好物なんだけどなぁ』

『ハハハ、こんなの食ったら腹壊すよ~』

『こいつらホントに弱っちぃな、何種なんだ?』

『そんなのどうだっていいさ!』

『その通りだぜ! 久々の蛇狩りだッ、イケイケ突っ込め!』


 ラビは、しばし群れでひっきりなしに飛び回って、暴走したかのように暴れ回る鳥達を見つめていた。


 ふと、その中で目立つ一羽がいる事に気付いた。それは首にネクタイという、鳥らしからぬ個性的なファッションをした、先日『年長鳥』だと自己紹介して話してくれた、あのリーダー鳥だった。


 すると、彼がこちらに視線を返してきた。近くまで旋回してくると、またしてもあの時のようにおちゃめな感じで上手なウインクをする。


『やぁ人間の坊や、まさかここに来ているとは思わなかったよ。でもまぁ、この森に害獣がいないって事も分かったし、これが解決したら休憩地点として使えようになるみたいだ。蛇の天敵の鳥代表として、僕らが微力ながら加勢させてもらうよ』

「そっか、蛇にとっては天敵だっけ……。ありがとう!」

『いやいや、どうって事ないさ。そうそう、この『翼もないのに飛ぶ猫』に、なかなか大変な事になっていると聞いてね、それで助けに来たんだ』


 彼は翼を器用に動かして後ろ指をさすと、『じゃあ頑張りなよ』とネクタイを揺らして、再び群れに合流していった。


 呆気に取られるセドリック達の中で、ヴァンが目を擦って「気のせいか」と呟く。


「鳥がウインクしたように見えたわ」

「というかさ、今の鳥、ネクタイしてなかった?」


 テトが、面白そうに呑気な表情で明るく尋ねる。質問を向けられた相棒役のジンが、茫然とした様子で「お前の順応能力には感心する」とぼやいて、こう続けた。


「そもそも翼を、手みたいに動かしていた点を突っ込もうぜ……。けど、そういえば獣師って動物使いでもあったっけって思い出して、ちょっとだけチビ獣師を尊敬したわ」


 彼女が鳥に向かって発したのは、一言だけだ。まるで喋っているようだという違和感も小さくて、見ていた男達の疑問は、獣師という専門の職柄のせいだろうという認識に埋もれてしまっていた。


 ラビは、ジンに珍しくも褒められたとも気付いていなかった。どこからか『俺は猫じゃねぇっつってんだろ!』と聞き慣れた声がして、ノエルと共にその声の主を捜していたからだ。


 ネクタイの鳥と入れ違うように、ふわふわと灰色の仔猫が飛んできたのが見えて、目を見開いた。思わず「あ」と声を上げたら、すぐそこまで来たトーリが、緊張感もない呑気な表情で『よっ、さっきぶり』と片手で応えてきた。


『なぁんか心配だったからさ。俺の方で、協力してくれる『蛇の天敵』を連れてきたぜ。こいつらくらいの中型鳥だったら、この蛇共くらい敵じゃない』


 そう言った彼が、愛らしい仔猫の顔に不釣り合いな、ニヤリとした笑みを浮かべた。

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