四章 遺跡編突入(4)とんだ誤算な同行者
思い切り踏み込まれた何かが、押し込められて、ピタリとはまる嫌な感じの音がした。祭壇の近くにいたヴァンが、ひくりと口許を引き攣らせる。
サーバルが、同じようにピキリと身体を硬直させて、「なんか、スイッチを押した……?」とぼやいた。そこから少し離れた距離で、珍しく嫌な予感を表情に滲ませるテトの隣には、ドッと冷や汗をかき始めたジンがいた。
しん、と場が静まり返った。
その数秒後、ガコン、と重々しい音が響き渡って建物が振動し始めた。脆くなっている壁の亀裂が大きくなり、瓦礫の残骸がパラパラとこぼれ落ちる。
床に開いていた巨大な穴の周囲が、更に崩れて落下していく。それでも揺れは大きくなる一方で、「え」と声を揃えて固まっていた三人兄弟の盗賊団も、遅れて異変を察知し、慌ててロープを下に投げて一階へと降り始めるのを、ラビは見ていた。
「というかッ、何これ!? どうなってんのッ?」
『ラビ、そんな悠長に観察してる暇はねぇぞッ。天井の一部も崩れ落ちてくる!』
「ついでに言うと壁もだよ!」
ラビは走り出してすぐ、落下物に気付いて反射的に避けた。
二階から降ってきたのは、頭ほどの大きさの形作られた石で、それが床にめり込む様子を見て「ええぇぇ……」と思わず声をこぼしてしまう。彼女の隣を走るノエルが『当たったら洒落にならんな……』と言った。
高い天井部分も、強くなった振動で、一部素材が剥き出しになった部分から崩れ落ち始めていた。そんな中、祭壇の方は頑丈に造られているのか、被害は少ないようだった。セドリックがそこから、地響きと揺れから発生する音に負けじと集合の声をかけている。
ラビとノエルは、その指示を耳にしてすぐ、進行方向をそちらに変えていた。他の騎士団の男達と同じように、落下物を避けながらそこを目指して駆ける。
ふと、隣に三人の男が並んできて、ラビは一体誰だろうと思って目を向けた。そこには、一流の逃げ足を感じさせるスピードで「おっかねぇッ」と、必死な形相で落下物を避けながら走る、あの強盗団の姿があった。
「というかっ、またお前らかよ!」
事の元凶に目を留めた途端、ラビはプツリと切れて怒鳴っていた。
土埃が舞って視界も悪くなる一方、ベックが気付いて目を向け「あああ!」と、恐怖を覚えた表情で指を差して叫ぶ。
「俺らを容赦なくボコボコにした『少年』……!」
「うるっさい指を差すな! なんて事してくれちゃってんだよ!?」
ラビは、走りながら言い返した。性別を勘違いされるのは、いつもの事だと聞き流していた。
飛んできた拳ほどの石に気付いたノエルが、ふさふさとした尻尾を振るって弾き返した時、盗賊団の一番若い男が「だってさ」と弱った様子で言った。
「そこにスイッチらしきものがあったら、お宝までの入り口だと思うだろう?」
「だからって考え無しで押すの!? バカじゃないの!?」
『馬鹿なんだろうなぁ……』
「兄貴、今、なんか第三者の声しなかった? ねぇ、これ本当にオバケがいたりすんの?」
「俺も聞こえたような――」
そう答えかけたベックが、ハッとした様子で頭上に目を走らせた。これまでにない巨大な塊が降ってくる事に気付いて、ギョッとして叫んだ。
「おい弟達ッ、んでクソガキ! ひとまずバラけて避けるんだ!」
ハッと同時に上を見た。ベックと共に弟達が「ぎゃああああ!」と両手を上げて、落下推測地点から脱兎の如く逃げ出し、ラビは「ふぎゃっ」と珍しく甲高良い声を上げて咄嗟に飛び退いた。それにノエルが俊敏に続く。
祭壇の方から、セドリックとヴァンが、早くこっちにと急かしてくる声が聞こえていた。中央の巨大な穴を避けなければならなくて、けれど広間の周囲に近づくほど、壁や支柱から瓦礫が降ってくる。
再び走り出しながら、チクショーなんでこんな事にッ、とラビは怒りが頂点に達した。落下してくる障害物が比較的少ない場所を、またしても集合する形で共に駆ける事になった三人兄弟の盗賊達を、ギロリと睨みつけた。
「お前らもう盗賊なんてやめちまえ!」
途端にベック達が、声を揃えて「ひでぇッ!」と叫んだ。その向こうから、崩壊した支柱の瓦礫が弾かれて、勢いよく飛んでくるのを見たノエルは『この人間共、緊張感と警戒心がなさすぎるなぁ……』と、代わりに尻尾で打ち返した。
その瞬間、ラビは、不意に足元が消える感覚に襲われた。
言い返そうとして開いた口から「え」と言葉をこぼした。頭の中が真っ白になって、何が起こったのか分からなかった。
頭に被っていた帽子が、その拍子に外れて飛んでいくのを感じた。隣を走っていたベック達が、ハッとして「おいクソガキっ!」と、焦って手を伸ばしてくるのが見える。
なんでそんな必死になってんの、と一瞬の浮遊感の中で疑問を覚えた。
あなた達はただの盗賊で、オレとは今日で二回目に会っただけでしょう。どうしてそんな表情をして、こっちに向かってくるの――
あ、そうか。オレの身体が『落ちて』いるんだ。
ラビは唐突に、自分の足元の床が崩れたのだ、と正しく理解した。下に目を向けてみれば、そこには深い闇が広がっていて、自分の金色の前髪がふわりと宙に舞うのが見えた。
誰もが忌み嫌う金髪金目だ。それなのに、頭にターバンを巻いた男達が「こっちに手を伸ばせ!」と、こちらに向かって手を差し出したまま再び叫ぶ。
だから、その手を取ろうとした。
けれど途中で、ハッとして手を止めた。巨大な瓦礫が、自分達の真上から降ってくる光景が目に飛び込んだ一瞬後、ラビは助けを求めなければならないはずの手を大きく横に振って、彼らに警告を出していた。
「駄目だッ、今すぐそこから離れて!」
「へ……?」
「上からデカいのが来るから!」
怒ったように叫んでみたら、ベック達がようやく気付いてくれて、反射的にその場から飛び退いた。ラビはほっとして、それから――強がっていた表情を解いた。助けて、と言いそうになる口を、唇をきゅっとして閉じる。
その直後、ノエルが穴の中に飛び込んできたのが見えて、つい涙腺が緩みそうになった。彼が『俺の背中に』と言いかけたところで、ふと、下の方へ目を凝らした。
『下から、魔術で遮された空間を感じるな。もしかしたら、そこに何かあるのか――ラビ、ひとまず俺に掴まれ』
「下に着地するの? でもノエル、上から瓦礫がッ」
『大丈夫だ。最悪の場合、ちょっとお前に無理をさせちまうかもしれねぇけど、俺が絶対にどうにかしてやる。だから、何も心配するな』
ラビは、落下の浮遊感の中で、ノエルの豊かな毛並みを掴まえて目を合わせた。
この状況であるのに、彼は慌てもせず、こちらを静かに見据えていた。美しい赤い獣の瞳が、気のせいか、炎のように淡い光が揺れているように見えて――
「ラビィ!」
その瞬間、腹の底から名前を叫ぶセドリック声が聞こえた。起こる地響きと続く崩壊の騒音を裂くような、聞き慣れない力強い声が耳を打って、ラビはビクリとしてしまった。
一体なんだと思って、勢い良く上の方へ目を走らせた。すると、凶暴な風のように突っ込んできたセドリックが、飛び上がって宙で身体をぐるりと捻ったかと思うと、巨大な瓦礫を軍靴の底でしたたかに打って、驚異的な威力で蹴り飛ばしていた。
あいつ、人くらいの大きさの瓦礫を蹴り飛ばしたんだけど……普通、人間の足でそれって出来るものなの?
ラビは、呆気に取られてしまい、びっくりする声を上げる暇もなかった。あっという間に、穴の入口が遠くなっていく中、ノエルが『……まぁ、ひとまずは回避だな』と息を吐いて淡く揺らいだ瞳の光を消し、彼女を背へ引き上げて、一緒に深い穴の底まで落ちていった。




